第13話 ドラゴン・スナッチ

 龍の国の上空。空を飛ぶドラゴンな巫教団員の背中から冬馬は200年経った国を見下ろしていた。かつて訪れた時は宝石や財宝が石ころ感覚でそこら中に積まれ、ぐうたら龍の姿で寝てばかりいた種族の世界。無駄にハイスペックな身体のせいで雨風凌げる場所は必要ない。しかし、時が経ったことで国の文明も流石に進化しているようだ。


「龍の民、人の姿に変身するようになったんだ。プライドに関わるとか言ってごねてたのに」


 そう言った冬馬に三人を載せていた龍が答える。龍人は尻尾と翼を残して変化している人から完全に人の姿をとる者、それ以外にも龍要素を強く残した人型龍と言える者もちらほら見えた。


「その方が国を広く使えたり、他種族と交流しやすいと国民が望んでそうしておる。龍王は一人拒んでおるが、龍の姿は宮殿に入らぬので仕方なく人化しておりますな」


 冬馬とハートは王が誰か知っているので、二人揃って龍王に納得してしまった。プライドに関わるとごねていた龍が今の話に出た龍王のことである。200年前から変わっていないことは、出発前にロジュウから聞いていた。そして、彼女が人化を拒む理由はもう一つある。


「そういえば姫様は龍王に会ったことあるの?」


 冬馬は自分達の後ろに控えていたミーナに尋ねる。


「私は一教団員でミーナ姫ではありませんが…」

「そういうのいいから答えて」

「……いいえ。龍の国は常に王弟殿下が代理出席しています。200年間その形は変えられていませんので、そもそも会ったことのある人が僅かしかおりません」


 予想通りの回答に冬馬は怪訝な表情になる。対して、ハートはそんな冬馬を揶揄い出した。


「あ~あ。本当に彼女と会ったら冬馬殺されるんじゃないの?」

「……マジでどうしよう」


 不安が頭の中を駆け巡る内に龍王が待つ龍魔殿りゅうまでんについてしまう。


「では、某はこれにて。巫様のご加護が有らん事を」

「巫まだ生きてるからね!?」


 さらばと言って飛んでいく龍を背に冬馬達は龍魔殿りゅうまでんに足を踏み入れる。龍魔殿は柱から壁まで全ての金で作られていたので嫌でも目を引く程に輝く宮殿になっていた。門の前に居る番兵から中で働く使いまで全員が尻尾と翼だけは龍の姿を維持した半人半龍。ここまで連れて来てくれた龍と交代で案内役を務めてくれた男性の龍人曰く、無いと違和感が生じてしまうからとのこと。彼に連れられて冬馬達は煌びやかな通路を進み、龍が掘られた門を潜り抜けて龍の国の玉座に到着する。


「ここに龍王様はいらっしゃいます……お気を付けください」


 その先は絶対強者である龍たちの王が座すべき場所。意を決した冬馬を扉を開けて中に入る。ここまでの派手な通路と打って変わって余計な装飾品は無く、地味な灰色の壁紙を貼り付けたシンプルな部屋。そして、床に敷かれた赤い絨毯を目で追っていった先の木材チェアに彼女は腰掛けていた。開幕に攻撃される程怒り狂ってはいないので少し安心した冬馬だったが、向こうはこちらを客人とは思わぬ殺意のこもった視線で睨みつけていた。お陰でミーナは部屋の入り口で気圧されてしまい、大汗を掻いていた。


「おい、何か言うことは?」


 開口一番、威圧ありきの彼女の台詞に冬馬は慎重に言葉を選んで返す。


「え~200年間、契約しっぱなしで…ごめんなさい。その……手土産に苺ケーキ買ってきたけど……食べる?」

「あ”? そんなものでオレが喜ぶと思ったのは何故だ?」

「女性や子どっ……女性に人気の商品だったので」


 子どもと言いかけた冬馬はすぐさま言い直したが、もう遅い。龍王の逆鱗に呆気なく触れてしまった。


「テメェ! やっぱりオレを子ども扱いしたな! この姿はテメェのせいだろうが!!」


 龍王『ザフキエル』。見た目はくらいの身長をしているが、れっきとした王である。彼女がそんな姿になったのは200年前に冬馬が契約で彼女から尊厳に関わる物を借りていたせいである。最終決戦に重症で参加出来なかったから成立した契約だったが200年は流石に長すぎた。


「ザフキエル久しぶり。私よりちっちゃくない? 70センチある?」

「それ以上言ったら解体するぞ…」


 お願いだからハートよ、彼女の怒りを助長しないでほしい。


 ザフキエルは冬馬を睨み付けながら、ぷにぷにの手を前に出して指さす。


「冬馬、お前との契約はオレのだ。お陰で200年間この姿で生きてきた。生まれたばかりの幼児や弟に延々と頭を撫でられる屈辱が貴様に分かるか!? いや分かってたまるか! 殴らせろ!」


 ザフキエルが足の着かない椅子から飛び立ってトテトテ走り出した瞬間、背後から現れた青年に彼女は抱えあげられる。彼女は短い腕を振り回してほどこうとするが、抜け出させてもらえず最後には諦めた。その青年は爽やかな笑顔で三人に声をかけてくる。


「やぁ冬馬にハート。とりあえず、こっちに来て。は僕が抑えておくからさ」


 突如現れた青年は部屋の外に居た使いたちに、テーブルと椅子を用意させて自身はザフキエルを抱きかかえたまま腰を下ろす。流れで冬馬たちも彼の用意した椅子に座ることにする。ザフキエルが落ち着いたことと、見知った顔が現れたことでミーナも息の詰まった状況からようやく抜け出せた。安堵した彼女はうっかり彼に顔を隠さず礼を言ってしまう。


「お、王弟おうてい殿下…助かりました……」

「あれ、ミーナ姫ですか? その格好…巫ちゃんの所の子だったんですね」


 最初ミーナは何故分かったという表情をしていたが、自分が頭巾を深く被らず彼と目を合わせて話していることに気がついてしまう。


「あ、あのっ…このことは内密に…」

「一国の姫が別の国の王族に借り作ってどうすんの」

「いや、でも、柊木様…」


 慌てふためくミーナは最終的に頭を抱えて机に突っ伏してしまう。


「王弟殿下アズラエル。このことは聞かなかったことにしてくれない?」

「冬馬には一個大きな借りがある。手土産のケーキとそれで相子にしようか」


 その言葉を聞いたミーナは震えながら頭を上げて三人を見上げる。一方、冬馬の方には一切覚えがない。


「アズラエルに貸しなんてあったっけ? ザフキエルの身長を奪ったことぐらいしかしてないよ?」

「テメェ! それオレの貸しだろうが!!」


 再び怒り出すザフキエルだが、アズラエルに抱きかかえられた状態では手も足もでない。


「それが、冬馬への借りだよ。こんなに可愛らしい姉さんを200年間も見れたので充分借りさ」

「アズラエルッ! この裏切り者!」


 アズラエルは姉の暴言に眉一つ動かさず、丁寧に彼女の頭をなで始めた。そっと優しく慣れた手付きに冬馬たちは200年間ずっとこの二人はこんな感じだったのかと理解する。ザフキエルは龍である自分の身長が幼い龍よりも小さいことをコンプレックスに感じて宮殿から出ず、力はそのままの龍王を唯一止められるアズラエルは、姉可愛さに現状維持を望んでいた。二人だから為せる200年だったのだろう。


「そうそう、冬馬が戻ってきたから巫ちゃんの置き土産をやっと渡せるよ」


 急に話を切り出したアズラエルは部下の使いに小さな箱を持ってこさせる。目立った装飾のない小さな箱には、鍵穴がついていない代わりに親指の形に掘られた楕円形の窪みが12個付けられていた。


「指紋認証式の箱? 12人分って誰の…もしかして?」


 冬馬が確認の意味も兼ねてアズラエルの方へ顔を向けると、彼は力強く頷いた。


「多分、最終決戦に参加した面子全員が居ないと開けられない。昔、勝手に開けようとしたら一人だけ合う指紋の主がいなかった……きっと、最後の一人が君だよ」

「正に奇跡の箱だな。オレがテメェを殺さないのはコレのお陰だと肝に銘じろ。そして、身長を返せ」


 箱に触れた冬馬はここには居ない彼女へ向けて目を閉じて感謝の念を送る。そして、瞼を上げて強い眼差しをアズラエルたちへ向けた。


「連合会議に向かおう。色んな所を回る暇は無さそうだ」

「そうだね。姉さんも行くから…えと、200年ぶりの同窓会の始まりだ」


 二世紀ぶりの同窓会に胸を膨らますアズラエル。果たして、彼女が残した箱には一体どれほどの奇跡が眠っているのか。

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