第10話 ウォー・クリミナル①
人の国の王城内部。冬馬が駆り出された後も訓練を続ける生徒達は現在、休憩時間を迎えていた。休憩スペースの一角に集まった男女達。始まりは一人の生徒が風に問いかけた疑問だった。
「そういえばさ…先代の来訪者ってどんな人達だったんだろうね?」
「あ〜ちょっと気になる。誰か200年前の来訪者について教えてくれません?」
気になって仕方ない風が周りに呼びかけるとわらわらと人が群がって来た。中には風と同様に興味の湧いた生徒達も居る。大勢が一つのテーブルを中心に集まると一人の戦士が語り出した。
「200年前の来訪者は全部で三人。一人目はカンナギチサ。世界中に存在する巫商会や巫工房の元締めで人の民が他種族に技術や交友を進歩させるのに一役買ったり、当時災厄の軍勢と戦う異種族連合軍の総大将だったり、逸話や伝説を多く持つ偉人だよ」
「そんなスーパーガールが一人目……」
男の戦士が語り終えると横に居た女性の戦士が話を続ける。
「二人目は夏目秋。彼の逸話はたった一人で三百万の軍勢を倒しきり、彼の立つ戦場に死者は生まれないと言わしめた幸運の象徴だね」
「また途方もない人…それなら三人目はどれだけ凄い人なんだか……」
風を含めた生徒達の期待は最後にとっておかれた三人目へ集中する。しかし、今まで語っていた二人以外にも他の戦士達は皆微妙な表情へと切り替わる。
「いや…その三人目は名前知らないんだよ」
「何でですか?」
「知らないというか、教えられてないし本にも記されてない。ただ、三人目は200年前に大きな過ちを犯して災厄の軍勢をこの世に残した大戦犯とだけ伝えられてる」
大戦犯とだけ残された三人目。他の戦士達も大戦犯という異名と戦争時の記録は知っているようである。
「機の民の人に聞いた話だと彼等の正確な情報記憶装置にも名前は残されないで大戦犯として記録されてるらしいよ」
「森の民は戦争の大戦犯としか知りません」
皆一様に同じ程度しか知らないというのも不自然だった。風達ですら人の民と機の民の文化レベルが違うことに気づいていた。何千年も生きるエルフですら目の前に居るのに誰も名前を知らないのは異常事態である。
「逆に気になって来た…最後の一人の名前」
「むしろ何をしたんだろうね」
ああだこうだと各国の戦士達が自身の推論を述べていると、一人の戦士が詳しく語り出した。彼は風の友人である明美のパーティに所属する人の民で風とも仲の良い人物であった。
「人の国では有名ですよ。大戦犯は勝利目前で巫と秋を裏切り、災厄の軍勢をこの世に残したまま二人共々帰還した。それ以外にも各戦場で彼が居ると死者が出やすいとか何とか…とにかく彼のように仲間に迷惑をかけるな、が教官の口癖でした」
今の話の通りの人物ならば大戦犯は風達が転移させられる原因を残した元凶とも言える。悪名だけが残る逸話や自分達への被害を考えると少しは恨みも出てくる。
そんな中、休憩スペースにコツコツとヒールが床を蹴る音が届いてくる。反射的に風達の視線が入り口へ向かうと、そこには初めて会った時と変わらず変わった猫のような耳型のヘッドギアを頭に取り付けたアリシアが立っていた。
「面白い話をしてますね」
風達に大戦犯が裏切り者と伝えた戦士が丁度良いと言わんばかりにアリシアへと詰め寄る。
「アリシアさん! そうだ貴女は当時を知ってますよね? 大戦犯はどんな…人で……」
城内の壁に亀裂が走る。風達は冷たい刃で一度首を斬り落とされたような錯覚に陥り、何名かは過呼吸になって床に倒れていた。その場全てを潰すような黒いオーラを発して圧をかける張本人は笑顔をしているだけである。だがしかし、喋りかけた彼の口を途中で澱ませていた。
「気にしなくて良いのですよ。えぇ、大戦犯は大戦犯。それ以上が必要ですか?」
「いえ…それは……」
引き攣った笑いで後ずさる戦士はそのまま腰を抜かして尻餅をつく。だが誰も彼を笑えない。それほどに今のアリシアは恐ろしかった。それでも鈍感で平和慣れの日本人には通じづらい部分があるのか、はたまた日頃から肝っ玉が座っているのか、風は椅子から立ち上がり、震える喉に力を入れて声を出す。
「私…は気になりました——その人は私達と同じ地球の人で多分日本人だろうから、同郷なら大戦犯なんて呼ばれ方は可哀想って思います」
何言ってるんだお前はと全員が視線で訴える中、アリシアは風の顔をまじまじと見つめる。やがて、全員を威圧していたオーラを抑え込み休憩スペースに真の平和が訪れた。
「なるほど。風…さんでしたね。思いやりのあって純真ですね……ですが必要ありません。今の貴女達は認められた柊木冬馬のように早く一人前なる事です。その時になってもまだ知りたいなら教えてもいいでしょう——ほら休憩時間は終了です。訓練に戻りなさい」
何も言い返せず訓練に戻る生徒達の中、風はアリシアがやけに感情的な事が気になっていた。彼女らしくなく嫉妬のような口振りは何処から来た物か。それを知るには風が彼女を知らな過ぎた。
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