第9話 ワンサイド・ゲーム③
冬馬が右手を前に突き出すと、反射的に黒騎士は地面を蹴って飛びかかる。本能的に危険を察知したのか正面を選ばずに上空からの奇襲を選んだ黒騎士だが、この場合は不正解である。
「『力場操作』這いつくばれっ! 化け物がっ!」
冬馬が右手を力一杯下へ振り抜くと、空中に居た黒騎士は吸い寄せられるように地面へと叩きつけられた。やがて、鎧は地面にめり込み、モヤで出来た鎧には不思議なことにヒビが入り始める。風たち転移して来た生徒組が見ればあやふやな形のモヤが金属のようにヒビが入る事を不自然に感じるだろう。そして、遂に鎧から重力で凹み軋む音が鳴り始め金切声にも似た不快音が戦場に鳴り響く。それはまるで、黒騎士が痛みに堪えているようにも聞こえる悲痛な音であった。
「キィィ…ギィィ…」
「今日が俺たちとお前たちの前哨戦だ。例えお前に意識が芽生えていても『化け物』として葬る…『河童水術』奥義星割!」
冬馬は伸ばした右手を握り潰す。すると、水源など無いはずの荒野の中心でめり込む黒騎士の元へ四方八方から雲と大地の間を一本の糸のように貫き結ぶ水流が引き寄せられて集まってくる。五十もの水流は動くこともできない黒騎士の体の上を通り、彼の身体をバラバラに引き裂いていく。その光景は正に鉱石を削り取るダイヤモンドカッターのようである。水流が消えた後には鎧の破片すら見られず、重力操作により凹んだ窪地に僅かに残されているだけであった。
「呆気ない。これはきっと私の砲撃で弱っていたから勝てた」
「ハートさん厳しすぎません?」
「これでは冬馬は完全無欠のスーパーマンにしか見えない。それは困る、私もアリシアも非常に困る。黒騎士の出現は私のミスを帳消しに出来た人材なのに」
「困る事はないだろう。何が不満なんだよ?」
「冬馬はここで苦戦してロジュウの部下の力を借りて漸く勝たなければいけない。何故なら世界から見た貴方は来訪して三日目の子供。強過ぎる筈がない……え、待って。本気でこの戦線を今日終わらせるつもり?」
ハートの言っている内容が上手く頭に入ってこない。彼女は何を心配して何を危険視しているのか。冬馬は胸に抱いた疑念の正体を確かめる。
「今、終わらせれば柊木冬馬の名前は世間に出るだろうさ。どれだけ危険かは承知している。けれど、もう城に戻らなければ災厄な軍勢をこの国から遠ざけられる」
「貴方は何を言って…普通、敵国のエースが国を出たら攻め時になっていって……」
そこまで言いかけたハートは口をつぐんだ。
「それなんだよ、相手が普通じゃない。きっと…あの人は俺個人を狙うよ。あの人は俺が悲しむ姿や怒り狂った姿を見るよりも会いに来る。相手を知ってるからこんな賭けが成立している」
「災厄の軍勢唯一の欠点。柊木冬馬達への執着心を利用して他の来訪者達が訓練する時間を稼ぐ気?」
「案外二、三年は稼げたりするかもな。こんなにも防衛力が低いのは人の民だけだ。ハートやアリシアさんの機の民やロジュウの川の民は一般兵士が人の民の上位クラスだからこんなに苦労しないよ。もう少し、人の民に協力してくれれば、ここも安全なんだけど」
「私達は『巫』と彼女が守る貴方達にしか興味が無し。それ以外の人の民は死のうが結論は些事」
「きっと他の民もそんな感じだろうね…人の民に協力してくれるのは故郷を出た旅人くらいさ。皆拠点で力を蓄えながら巫が帰ってくるのを待ってる」
いつだってそうである。巫は皆を引っ張り護る力があった。彼女の人柄と力に惹かれて他種族も人の民に協力してくれたぐらいだ。恐らくはどの種族も今は200年前に地球へ帰った巫が再びやってくるのを待っている。残念ながら、帰還したのは冬馬なのだが。
「だから、俺が帰ってきた事は俺が自由に動けるタイミングでバラすべきなんだよ。転移初日に言ったらあの人達逃げられない状況で問い詰めてくるから。行方不明で探せない状態にしてこっちから交渉しに行く。今日の黒騎士戦で災厄の根源を倒す算段はついたしね」
「……尚更、ロジュウの部下の協力が必要。もしや、戦線を終わらせる代わりに自分の雲隠れの協力をさせる気?」
「ハートは…機の国に帰ってても良いんだよ? 正直言って、俺とだとロクな目に遭わないと思う」
200年ぶりに目覚めた少女への気遣いのつもりだった。しかし、仮にも決戦兵器だった機械少女に気遣いは無用だと言うことを直ぐに話からされる。
「脅迫は不要。最初に入れた巫プログラム通り、私は貴方が生きる為に生きている。貴方がロクな目に遭わないなら私もロクな目に遭わない道を選ぶ——決戦兵器第8号機は災厄に勝利するまで降りる予定はない」
「…ありがとう。ハートが最初の仲間で良かったよ」
これから考えている事に巻き込む罪悪感は何を言われても多分消える事はないだろう。それは、他人がどう思うと関係無く冬馬自身が勝手に抱くものなのだから。だが、冬馬がこの先の旅でハートに対してこの件で悩む事は無い。それは、彼女の赦しを得たという事実が今、胸に刻まれたからである。
「肯定。他の決戦兵器達は貴方へレーザー砲撃を行うでしょう。私は特別ですから」
「うん、そうだ。特別だったな……それじゃあロジュウの所へいこうか。残った雑魚は…」
冬馬は再び右手を前に突き出すと今度は空高く挙げる。約束を果たすにはまだ残党が残りすぎている。
「綺麗に掃除しよう。『理想銃庫』感射感撃雨霰っ!」
掲げた右手の先、空には無数の銃が召喚される。砲塔は皆残された災厄の軍勢へと向けられていた。一発の小さな発砲音から始まった銃弾の雨霰はバズーカの轟音やマシンガンの連発音で土砂降りの雨のように強く叩きつけ大地を抉り取る。銃弾はただの一発たりともロジュウ達には当たらず、全てが無駄なく災厄の軍勢を撃ち抜いていた。
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