第8話 ワンサイド・ゲーム②

 ロジュウと約束を取り付けた冬馬は本部を出た先で待っていた教団員達に今後の話をすると、ハートを連れて戦場へと赴く。移動中、周りに人が居ないのを見計らったハートが冬馬に尋ねた。


「巫と秋の二人と契約したって本当?」

「したよ…もう戦いたくないだろうし」


 巫椿沙と夏目秋は冬馬と共に転移した人物で二人が使えるようになった能力は紛う事なきチート。クセのある冬馬のチートに比べてシンプルに応用の利く便利なモノだった。


 しかし、ハートから見ればその二人が冬馬に契約してチートを託すとは思えなかった。恐らくロジュウも同じ事を考えていると察したハートは自ら問いただす。


「ロジュウも感づいてるけど、巫と秋は貴方と契約するような性格じゃない。むしろ、貴方を椅子に縛り付けて薬物投与して昏睡状態にしてからこっちに来る」

「……二人の評価酷くない?」


 それだと軽く犯罪を犯しているが、巫の方は善意でやってそうと思ってしまった自分が恨めしい。


「それぐらい貴方愛されてた。特に巫、あの人は契約なんて禁術を使った貴方を守る為に私を製造した」


 ハートは首筋に刻まれた8の文字を片手で上から触る。雑に彫られたその字は巫が完成時の記念に付けたモノらしい。感情の希薄な機の民とはいえ女性。肌に付けられた傷を快く思う筈が無い。


「……もう戦場に着くから後でな」


 ハートの頭に手を置いた冬馬はポンポンと優しく叩く。


「直ぐ終わらせて。拷問の続きやるから」

「じゃ、話題の二人の力で終わらせますか」


 楽しげに笑った冬馬は眼前に広がる災厄の軍勢を前に強く己の脚を地面に叩きつける。


「『力場操作アルキメデス』グラビトンショック」


 瞬間、災厄の軍勢は視界に広がるモノだけでなく、遥か向こうのモノまで皆一様に空へ弾き飛ばされた。空中15メートル付近で彼等は無重力空間に居る宇宙飛行士のようにふわふわと浮かんでいた。


「『力場操作』……秋の能力。熱や磁力、引力を書き換える」


 ハートが呟く通り、今のは力場操作で重力を弄り、地球から範囲一帯の敵のみを反転させた重力で吊り上げて、ゼログラビティで押し留めている。それによって、無防備な姿を晒した災厄の軍勢達を狙い撃ちできる。


「やっぱりそうだ。こいつは標的の前に来ない限り、身体をイカみたいにクネクネするだけだな…」


 黒いモヤをとぐろの様に巻いて武装する彼等の知力は低い。愚鈍に動く個体も多く、見た目の混沌さで戦う人々に恐怖を与えては鋭利な手足で突き刺している。


「もうこの辺りに居るのは私の砲撃で生き延びた雑魚。ロジュウ達が長い間勝てないなら、奥に相当強いのが待ってる筈」


 ハートは両手をガトリング砲に変形させると手当たり次第に発射して化け物達に風穴を開けていく。彼女に雑魚の殲滅を任せて冬馬が奥へと進む。災厄の軍勢だらけの丘を登り詰めると、見下ろした先には下っ端化け物である人型以外にもう一体『人型を生み出す化け物』が窪地の底に居た。


工場型ファクトリータイプか」

「醜い見た目の割によく耐える奴。中途半端じゃ落ちないよ」


 蛸のような吸盤の付いた触手が複雑に絡まり合うことで形作られた球体の天辺に小さな人型が合体していた。グラビトンショックも吸盤を地面に伸ばして貼り付けることで浮かび上がるのを必死に耐えていた。球体の中からは怪しく萌黄色の光が輝くと、地面に新しい人型が産み落とされる。しかし、冬馬のグラビトンショックは永続的に発動しているので、産まれた直後に宙へと浮かんでいた。


「あれじゃ、生き物というより産むだけのシステムだ…知性は相変わらず無くて反射で行動するくらいか」


 冬馬は地球の特殊部隊が使っていそうなスナイパーライフルを何処からともなく取り出した。


「それって巫の能力だよね?銃を呼び出して改造する」

「そうだよ『理想銃庫ライフルパーティー』、巫は銃に好きな力を一つ付与出来た。例えば…こんな風に『石化の魔弾』」


 それは、転移直後に風を救った魔弾。対象を完全に石へ変えてしまうシンプルかつ強力な魔弾である。

 スコープでしっかりと照準を合わせた冬馬は工場型の頭を狙うと引き金を引く。荒野を木霊する発砲音が消えゆく頃には被弾した化け物の体は何の変哲も無い石に変貌していた。


「芯まで固めた。ハート、砕いてくれ」

「了解」


 丘を滑り降りたハートは麓で飛び跳ねると、握り拳を作った右手で勢いそのままに殴りつける。一撃でヒビ入った工場型だった石は砕け散り、小石の破片がその場に転がっていた。

 そして、周りの敵を確認するために、過去に巫が打ち上げ自身のバックアップサーバーとなった軍事衛星にアクセスする。


「『カンナギ8』に接続中…衛星映像とリンク……付近に工場型無し。増援はこれ以上認められず」

「ありがと。最初の砲撃で何体か倒してたのかもね。後は掃除でもして……」

「っ! 警告!! 猛スピードで接近する物体アリ!!」


 冬馬はそれを聞いた時、背後から迫り来る強烈な殺意に鳥肌が立った。振り返る途中、視線だけが間に合った時、そこには黒いモヤで精巧な鎧を作り上げた黒騎士とも呼べる存在が黒い炎を刀身から噴き出す剣で冬馬を斬りつける直前だった。


「冬馬!………返事が無い……死んだ?」


 黒い炎は冬馬をいとも簡単に包み込み、業火の海に沈めていた。ハートは冬馬の心配をするどころか平然と死亡扱いにしているが、そんなに簡単にやられる程ヤワじゃない。咄嗟に『防御結界』を何重にも重ねて全身を包み込んだ冬馬は炎の中から転がり出てくる。


「生きてるよっ!」

「知ってる。サーモグラフィーで感知出来たので心配してない」


 黒騎士は黒いモヤで出来ているはずの鎧で実物のようにカチャカチャ音を立て近づいてくる。彼が歩いた道は花が枯れて剥き出しの荒野が顕になる。また、黒兜と鎧の動きが連動せず、黒騎士の中には生き物が入っているとは思えない。だが、黒兜の隙間からは悍ましい輝きを放つ赤紫の瞳が見えていた。


「はは…結構強そうなの出てきたねぇ」

「どうする? 撤退?」


 冬馬はハートの提案に冗談じゃないと鼻で笑う。


「撤退したら約束破ることになる。ここは…一方的に叩き潰す」


 此方に戦闘の意思がある事を察したのか黒騎士は空に向かって唸り声を上げる。


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