第7話 ワンサイド・ゲーム①

 キュルス王国と災厄の軍勢が争う最前線となる場所は王国の西部にあるグリッソム領と呼ばれる地域である。何十年も前から人の民と災厄の軍勢はここで戦い続けており、戦線は膠着状態になっていた。


「報告! 先の砲撃により敵軍は半壊状態!」


 グリッソム領の司令本部。戦場から少し離れたこの場所では作戦立案や部隊編成が行われていた。その中枢、幹部が集まる部屋に一人の兵士がハートの光弾による爆撃被害を報告しに来ていた。


「あ〜ご苦労さん。帰ってええよ」

「失礼します!」


 若い兵士を労ったのはボサボサの髪に伸びた髭を手で弄る男であった。彼はグリッソム領の参謀で名は『ガンプ』という。ガンプは渡された書類に欠伸をしながら目を通す。一通り読み終えると、卓を囲んだ他の面々の方へ視線を移した。


「どう見ます? こんな攻撃しでかすのは機の民だけだと当方考えておりますが、飛んできた方向はキュルス王国…あそこってアリシアさんぐらいしか機の民は居ませんよね?」


 ガンプが言うように現在の『人の民』の国キュルスに『機の民』はアリシアのみとされていた。当然、マークハートは存在自体が隠されている。


「ねぇよガンプ。それはねぇ」


 一人の女性がガンプに意を唱えた。日焼けで焦げたように黒い肌と刈り上げられた黒髪。彼女は何本もの葉巻を同時に吸うベビースモーカーで煙はモクモクと部屋に充満していた。煙で咳込む幹部の視線は気にもせず、全ての葉巻を吸い殻に押しつけ理由を語る。


「あの悪女はお役御免で国から廃棄されたゴミでしょ? あり得ないっての」

「言うなぁカラナさん。でもアリシアさんは顔が広くて外交関連の要なんだけどねぇ〜」


 葉巻を吸う彼女の正体はキュルスを守る兵士達が所属する軍の最高司令官『カラナ』である。風達に付いた戦士達は上下関係無く個々で活動するのに対して、カラナが指揮する軍は隊列を作り集団で対応する。日々前線で戦う兵士達を束ねる長というだけはあり、アリシアの事も立場という点では判断しない。


「歳食っただけのババアだろ」


 難癖をつけ続けるカラナに呆れたガンプは何か思い付いたようで、卓の奥に座っていた男へ声をかける。


「そうだ…領主殿はどう思います? 確か貴方もアリシアさんぐらい長生きしてませんでした?」


 木椅子に腰をかけているのは獲物を狙う獰猛な野獣のような眼光を睨み効かせる『河童』であった。青白い肌に痩せこけた頬、死人のような彼は声すら生気が抜けていた。


「あの爆撃には見覚えがある…」


 河童の静かな一言に卓周りの幹部達は一切に興味を惹かれる。


「ほぉ…出来れば思い出して頂きたい」

「敵の魂まで焼き尽くす業火。おそらくは…」


 河童の言葉を遮るように再び伝令が本部に入ってくる。


「報告! 王国より遣わされたと述べる人の民の集団が門の前に来ております。先頭は銀の鎧を見に纏い自分を来訪者と名乗っています」


 先頭を歩く人物の特徴を聞いた河童は僅かに眉を上げ目を見開く。そして、頬口を緩めると生気のある声で命令した。


「銀…来訪者‥そうか、覚悟を決めたかキュルス王よ。通せ、先頭以外は丁重に扱え。先頭は引きずってでも連れてこい」


 冬馬達は出発後直ぐに巫教団の手によって前線であるグリッソム領へと移動した。鋼の門を取り付けて要塞と化した領主邸の前で衛兵に事情を伝えて待っていると門が開き始める。


「領主様の場所へとご案内します」


 鎧を着た衛兵に連れられ冬馬達は司令本部の前に通される。扉をくぐれば着くと言ったところで巫教団の教団員達は足を止める。


「我々はここで待っております。冬馬様とハート様のみでお進み下さい」

「分かった。ここまでありがとう」


 教団員を残して二人が中に入ると、ガンプやカラナを含めた幹部達が囲む卓の奥で河童の領主が睨みつけてきた。


「ガンプ、カラナ、それにお前達。少しの間でいい席を外せ」


 領主の言葉に不満そうな幹部達だったが逆らうことはせずに皆出て行く。三人だけが残された所で最初にハートが口を開いた。


「『ロジュウ』、本当に領主なんてやってる。貴方『川の民』ですよね? 故郷は?」


 グリッソム領主『ロジュウ』。『川の民』で河童らしい見た目は種族特有の肌と骨格に起因している。彼もかつて冬馬が転移した際の仲間で、『冬馬と契約した人物』である。そんなロジュウはゆっくりと口を開いて答えた。


「問題無い。柊木との契約が切れるまでだ——それにしても、あの爆撃は貴様か8号機。戯れが過ぎるぞ」

「人の民が脆弱で傲慢なのが原因」


 そう言ってハートは隣に立った冬馬の鎧をコンコンと叩く。白兜を脱いだ冬馬の顔を見るロジュウは実に200年ぶりの再会であった。


「ロジュウ、頼みがある」

「来訪者は貴様だけか柊木冬馬? 巫達はどうした?」


 ロジュウは冬馬が戻れば、かつて共に転移した彼等も来たと思っていた。


「居ない…俺と初めて来た人が30人くらい」

「多いが使い物にはならん」


 ロジュウは卓の上に置いたお茶を啜る。来訪者が直ぐには戦力にならないことを冬馬達で経験している彼の言葉には重みがあった。


「だから、今のうちに決着をつけて帰る手段の模索だけに集中させたい」

「決着…200年前の時点で負けたのにか?」


 その言葉を聞いたハートは冬馬の顔を見上げる。だが、冬馬は全く動揺した様子が見られない。


「皆で負けた相手にもう一度挑もうとするのは可笑しいかい?」

「策が無いなら愚行を言わざるを得ない」


 必ず聞かれると想定していた事に冬馬は一呼吸おいてから自分の考えを話すことにした。まだ、確実でもないが高い確率で未練を終わらせられる方法を。


「一応ある…地球で契約してきた。巫とシュウの力を借りた。後は、当時の仲間と今の精鋭を集めればアレを『殺せる』」


 かつての転移者が揃わなくても一人に集約させれば申し分ない力は使える。人の民と違ってロジュウのような他種族は長命なことも多く、かき集めれば昔を越えることも容易い。


「ふむ…あの契約に貴様自身のとやらがあるなら……不可能と切り捨てるのは難しいか。とすると、今日は部下を貰うために奴らを全て葬る気か?」

「そのつもり。終わったら力を借りても良い?」


 ハートの爆撃を隠し通すぐらいなら、それを利用し冬馬はこの前線で起きている戦いそのものを終結させることにした。不可能に見えて馬鹿げていると判断されかねない宣言でも、ロジュウは鼻で笑うことなく聞き入れた。


「聞きたいこと、気になることはまだあるが……殲滅でここが平和になるなら、今は良かろう」





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