第6話 ノンスタンダード・ガール

 軽い準備体操を終えた冬馬は右手に訓練用の木刀を持って構える。その際に少しのおまじないを自分に施す。これで、契約した仲間の一人の能力『高速思考』を使用可能となる。


「おまじない終了、よし行こう!」


 訓練用の硬い木刀は重くも無いし軽くもない。それでも歴戦の戦士が振るえば打撲どころでは済まない。


(それなのに、誰も骨折してない所を見ると、手加減…いや無いか。なら皆の肉体は強化されてるっぽい。昔はそんな事無かったな)


 子供の徒競走のように手を広げて走って距離を詰める間、冬馬はちらりと覗き見た生徒達の様子からそんな事を考えていた。


 一歩、また一歩と距離を詰めると向かいに立つ戦士が剣を持った左手を引いて構え始める。狙いは冬馬の武器を弾いて空いた胴体に一発を入れる袴田と同じパターン。


(あの人は俺が片手で持ってる剣の柄を下から弾いて「剣はしっかり両手で持て!」とか言うつもりなんだろうなぁ…


 冬馬はこれ見よがしに右手を振り上げて剣を振りかぶる構えを取る。戦士はほくそ笑んでゆっくりと振り抜く軌道を修正している。二人の接触まで後数歩の所、周りで見ている他の戦士達は袴田と同じ光景が再び起こると想像していた。


(残り数歩の距離…ここっ! 『加速』!)


 踏み込んだ瞬間、撃ち出された矢のように冬馬の身体は前に飛び出る。1メートル程あった距離は瞬く間にゼロ距離へと変わり、上段に置いた剣は振り下ろせば戦士に当たる。


(この人凄い…焦ってない……)


 戦士の表情に焦りも驚嘆も無い。予想の範囲内と言わんばかりに剣の握りを強めて即座に振り抜こうとする。


(どうしよ…じゃあ。『防御結界』プラス『加速』横っ飛び版!)


 冬馬の身体は戦士が構える剣に吸い込まれるように寄せられる。流石の戦士も自分から当たりに来るとは予想してなかったようで、動きを止められない。結界、振り抜く瞬間の速度も威力も不充分な箇所で抜いた剣は冬馬の横っ腹へ届いてしまう。


「あぁっもうっ! やっぱ痛い!」

「な、何故…」


 痛がりつつも姿勢は崩さない冬馬と訳も分からぬ現象に驚くばかりの戦士。威力が減衰した状態で冬馬が張った極薄の防御結界を突き破り、最小限の威力で脇腹から下へズラされた一撃は、普通の人間がお腹を殴る程度の痛みに抑えられる。すかさず、冬馬は右手で戦士の左手を掴むと、隙の出来た身体に置いていた剣を振り抜く。


「一本! 柊木冬馬!」


 いつの間にか審判役をしていたアリシアがどこからともなく取り出した旗を掲げる。戦士は何が起きたか分からず自分の手を見つめる。


「柊木君が一本取ったって〜」

「え〜あいつ運良いだけだろ…」


 周りの観客の内、生徒達は感嘆の声を上げ、戦士達は困惑の表情。ハートは「いつものことか」と涼しげな表情を崩さず、肝心の冬馬は脇腹を抑えながらその場にへたり込んでいた。


「痛い痛い…休憩しよ」


 横っ腹をさすりながら冬馬は訓練場の端に移動する。その後は生徒達の訓練を眺めるだけで時間を使い果たした。


「——これにて今日の訓練は終了とする!」

「「「ありがとうございました!!」」」


 挨拶を終えた生徒達は王の部下達に連れられて訓練場を去って行く。冬馬もついて行こうとすると、先程一本取った戦士に呼び止められる。あれから、彼は集中できなかったようで終盤には訓練初日の筈である冬馬以外の生徒から一本をもらう機会が幾度かあった。見ていた冬馬としては罪悪感もあり直接話すのは気まずい。


「教えて欲しい…何故ぶつかりに来た?」

「その方が確実に隙が生まれそう…だったから?」

「しでかした本人が疑問に思うのか? そもそも僕は君が吹き飛ぶ威力で振った。幾ら力を入れ始めた瞬間だとしても、あんなに弱くはならない! 何かが途中で引っかかる感触が手に残ったんだ…あれは何だ?」


 どこまで言うか冬馬が悩んでいると、見かねたアリシアとハートがやって来る。


「あまり来訪者を困らせるものではありませんよ。彼等は強くて当たり前なのですから」

「経験として蓄えれば良きことなり。人の民の戦士、疑問は己で考え答えを出す方がためになるぞ」

「ハートのその喋りはアレか? プログラムのせいか? またあの人のせいか?」


 戦士からすればハートはいきなり現れた少女型の機の民が尊大な態度で励ますように見えている。無論、良い気分では無い。そのため、少し荒っぽい言葉で怒鳴るように言い返した。


「誰だか知らないが、撃つしか脳のない機の民は引っ込んでてくれ! これは人の民の問題だ」

「カッチーン…」


 怒りをわざわざ言葉で表現する所が機の民らしいが、感情の薄い彼等も今のは憤怒するのに充分な理由になるようだ。

 ハートは左腕を誰も居ない壁に向けて突き出す。ナノマシンで構成された彼女の左腕は一つ一つの生き物が制御されるように隊列を乱さず決められた場所へ移動していく。やがて、手の部分は放出口になり腕の部分が銃身となった銃腕へと変形した。


「私達は…ただ撃つだけの民じゃない。効率的に敵を倒す方法がコレだと知っているから使うのだ。ただのうのうと棒切れ振るう貴様より……」


 放出口に光が溜まり始め、空気が震える程の振動が冬馬と戦士の二人に伝わる。


「……この方が圧倒的に絶対に嘘偽りなく


 ハートから放たれた光の弾は音を置き去りにして訓練場の壁を突き破り、城の外壁を突き破り、空を越え、山をくり抜き、遠く遠くの平野に着弾する。光弾は周囲の熱を吸い取って爆発し、辺りを焼き尽くす炎風と雷鳴より重く巨大な爆音を響かせ、訓練場に居た冬馬達から見ても分かる程大きな爆炎を立たせた。


「アリシアさん、あの国すら無くなりそうな爆発に人が巻き込まれたりは…」

「ご安心を。ハートが狙ったのは災厄の巣窟。敵のみ滅ぼしていますので」


 冬馬達の所に音が届いたのは爆炎が空を突き抜けた頃だった。規格外過ぎる火力を間近で見せられた戦士は言葉を失っていた。


「良いな人の民。二度と機の民は銃バカと呼ぶで無い。我々は人の民よりも進んだ種族なのだ。文字通り格が違う」


 呆けている戦士に興味を失ったハートは訓練場を立ち去った。残された冬馬はアリシアに尋ねる。


「結局、俺の力は示せた?」

「ハートの砲撃が今で良かったですね。大勢の前で撃てばお前は霞んでいました。妥協点です。明日にはこの国から出立して戦場へと向かわせます」


 そして、翌日。アリシアに冬馬を含めた生徒達は会合用の部屋へ集められた。


「さて皆様、王命が下されました。来訪者の内、柊木冬馬は先行して王国内の前線へ派遣となります。該当地域の領主と合流し、先に発生した謎の砲撃で混乱した敵部隊を殲滅して下さい」

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