第5話 マーク・ハート
眠れる機械少女の起動スイッチは腕や脚に繋がれた配線が集約された先に爆弾の押し込みレバースイッチのような形で取り付けられていた。
冬馬はレバーに両手を掛ける。
「今までずっと眠っていたから200年ぶりの起動になる——気をつけろよ」
「了解…ふんっ!!」
冬馬がレバーを押し込むと、配線が光り輝き大量のエネルギーが機械少女に流れ込んでいく。とめどなく注ぎ込まれるエネルギーに耐えきれなくなった配線が焼き切れ、最後には電気椅子のように黄色いエネルギーがマークハートの身体から溢れ出した。余剰エネルギーは周囲の物体に飛びかかり、冬馬達の元まで雷となって伸びてくる。腕で顔を押さえながら冬馬はアリシアに尋ねた。
「熱っ! これ本当にマークハート耐えられるの!?」
「機の民が誇る決戦兵器を舐めるな——ほら、目覚めるぞ」
少女の身体を構成する鋼は破壊されず、エネルギーを溜め込んだ合図で閉じられた瞼が持ち上がる。彼女は、はち切れんばかりのエネルギーで真っ黄色に輝かせた瞳を見せる。
光が収まると、マークハートは瞳にプログラムを羅列させて、視界の確保と状況の確認を始める。
「再起動プロトコル実行——地上サーバーアクセス…エラー……オフラインで実行。マークハート起動」
身体中に取り付けられた配線を無理矢理引きちぎり、椅子から立ち上がったマークハートにアリシアは駆け寄って布を纏わせる。今までは配線だらけで気がつかなかったが、今のマークハートは服を着ていない裸の状態であった。芸術的なラインで作られた身体にほんの一瞬視線を奪われた冬馬だったが、アリシアが動いた事で正気に戻る。
「再起動成功——マークハート、現状の確認は必要か?」
マークハートは身長以上の長さを誇るピンク色の髪を靡かせ首を縦に振る。
「肯定です。アリシアに現状の説明を要求します」
アリシアはマークハートに冬馬が再転移したこと、200年経ったことを説明する。話を聞いている間の彼女は質問もせずに受け入れるだけだった。説明が終了するとマークハートは口を開く。
「状況把握。結論は柊木冬馬が危険と判断。巫プログラムより柊木冬馬を最優先保護対象に認定」
「巫プログラムって何?」
教団に続いてまたも現れる巫関連の言葉に冬馬は呆れ混じりに尋ねていた。その答えはマークハートではなくアリシアが受け持つ。
「巫プログラムは、決戦前に巫が作り上げた機の民がお前を守るように仕向けるプログラムだ」
「そんな事してたんだ……」
「それだけでは無い——マークハート、衛星サーバー『カンナギ8』にアクセス。必要なデータをリンクできる」
マークハートは言われるがままに耳の部分に取り付けられたヘッドギア型アンテナを変形させてアンテナを中から出すと通信し始める。
「カンナギサーバー……」
「巫が打ち上げた軍事衛星だ。マークハートの支援専用に作られている」
「衛星打ち上げって…巫さんマジ凄い」
巫の伝説に疑問より尊敬を抱くようになる。
「アップデート終了。言語プログラム最適化……久しぶり、アリシア、冬馬。昔のように当機のことはハートと呼称して」
200年人の国で暮らしたアリシアよりも人らしい自然な笑みはどこぞの天才が決戦前に作り上げた血と汗と涙の結晶だろう。
「ハート、俺の為に力を貸してもらえないか?」
腰を下ろした冬馬はハートと目線を合わせると手を差し出す。
「喜んで。冬馬の目的が根源討伐の間は決戦兵器の力を思う存分に活用下さい」
ハートは小さな子供の手で握り返し握手する。こうして、冬馬は共に旅する仲間を得た。直ぐにでも根源討伐に向けて国を出ようとした冬馬をアリシアが引き止める。
「一度他の奴等と合流する。直ぐに動いてもらう前に、彼等が怪しまない口実が必要だ」
「口実?」
首を傾げる冬馬にアリシアは当然の事を言うように語り出す。
「柊木冬馬は訓練に参加せずいきなり旅立つ——それは不自然だろう。旅立つ理由は此方で用意する。力量を示せ」
◇◇◇◇
ハートを連れた冬馬はアリシアに案内されて他の生徒達と合流する。彼等は戦闘についてのレクチャーを受けている最中であった。男子は身体を動かし、女子は座学を中心に訓練を進めていた。
「アリシアさん、訓練はどのくらいやる予定なの?」
「そうですね…少なく見積もって一ヶ月は必要かと。一部の方は直ぐ戦えるでしょうが大半の方は身体の動かし方から学んだ方がよろしいでしょう」
人前用の喋り方になったアリシアの言うように、只の高校生がチート一つで戦場に立てるはずも無い。その証拠に、一列に並んだ生徒達が一人ずつ前に出ると、転移時に何故か貰えるチートを使う。だが、戦士には通じず完膚なきまでに叩きのめされていた。千切っては投げ千切っては投げの繰り返しで生徒達も脚がすくみ始めていた。
「冬馬が勝てそうな人の民が居ない…不安」
「ハート、俺は経験者だよ? 流石にチート無しでも負けないって」
「冬馬は今でも技術は底辺だから。一番チートに頼って生きてた人間だから」
機械故の遠慮なく鋭い言葉のナイフがまたしても突き刺さる。とぼとぼと冬馬は訓練の列に並ぶ。最後尾に並ぶと前に居た生徒の一人が声をかけてくる。
「あ…柊木君。仲間は見つかった?」
「見つかったよ……ええと、君は?」
黒縁眼鏡を掛けた彼は筋肉が一切付いてな痩せ型で運動とは無縁に思える。
「僕、
「袴田、災難は今の状況だと思う」
冬馬は背後で暇そうにしているハートと冷たい視線で睨んでいるアリシアの圧が背中に重くのしかかっていた。
「確かに…僕も仲間がそこで見てるから負けられないよ」
袴田の視線の先には可愛らしい獣の民の少女と森の民の女性が手を振っていた。
確実にこの袴田を制御するため、彼好みの人選でチームを組んでいる。嫌な予感がして周りを見渡すと、生徒達と相性の良さそうな人選でチームが組まれている。
冬馬が記憶を思い起こすと、あのチーム決めでは悩む生徒にアリシアが声を掛けていた時があった。そこで都合よく選ばされたのだろう。思わず冬馬は袴田を憐れみの目で見てしまった。
「うん…頑張って」
袴田は雄叫びを上げて木剣を構え、突っ込むが簡単に剣を弾き飛ばされて横っ腹に一太刀浴びると、戦士の膂力でホームランのように打ち上げられる。
「足腰が弱い!! 次っ!」
「いや、ろくに振れないなら素振りから練習させればいいのに…」
飛んでいった袴田に同情し、適当過ぎるカリキュラムを組んだアリシアを恨みながらも、力量を示すため冬馬は戦士に立ち向かう。
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