第4話 ソウル・コントラクト

 機の民。人や動物の形をしながらも中身は鋼鉄の機械兵器。人の国からはるか東に浮かぶ空中要塞に彼等は住んでおり、現代の地球より進んだ科学技術で日夜世界に蔓延る黒き化け物を文字通りに消去している。ただし、自分達の技術は他種族に理解されることが無く、200年前から今に至るまで世界全体の技術力推進には貢献できていない。


「柊木冬馬、お前が消えて200年経ったことは聞いたな?」


 生徒達がいなくなった事でアリシアから機械らしい抑揚の無さが消える。元々、機の民は感情が希薄な一族である。冬馬達と共に過ごしたアリシアは感情という物がそれなりに芽生えているも、見ての通り言葉遣いや性格は氷の女と言える。


「巫教団って人達に会った時に聞きましたよ。あっちじゃまだ半年しか経ってないのに…」


 軽口で答えるとアリシアに睨みつけられる。ばつが悪い冬馬は少し目を逸らした。


「200年前に現れた災厄の根源を討伐も出来ず、あれだけの爪痕を残して今更何をしに戻ってきた?」


 威圧感を含んだ物言いに冬馬の雰囲気が上に鉄塊が載せられたように重くなる。それでも冬馬はアリシアと目を合わせた。


「残してきた事を終わらせに……勝てる見込みは充分ある」


 低い声で静かに告げた冬馬をアリシアの翡翠の瞳がじっくりと見定める。暫くの沈黙の果てにアリシアは目を閉じて一息吐く。再度目を開けた時には品定めしていた時の気負った雰囲気はどこか遠くへ消えていた。


「まぁ、根源は任せる。私が聞きたいのは、お前が片っ端から結んだ契約のせいで不幸になった仲間達の話だ」

「……やっぱり皆さん怒ってらっしゃる?」


 かつて、結んだ契約は決戦に備えた力の譲渡であった。他の来訪者に比べて弱かった冬馬が最終決戦を戦いぬくには怪我や事情で戦場に立てない仲間から力のみを借りるしか無かった。その時に彼等と契約を結んだ。


『柊木冬馬が災厄の根源を倒すまで契約者は力を使う事を許さず』


 終われば返される契約の筈が、未討伐のまま強制帰還した事により契約満了を迎えられないまま200年も履行していたとなる。つまり200年の間、敵は居るのに仲間達は一般人として暮らす苦渋の生き方を選ばされていた。更には、当時の契約者は寿命が長い種族ばかりの為、ほぼ全員が今も生きている。無論、同胞が死にゆく中で己は戦えない歯痒さを感じたままで。


「——因みに、アリシアさんとも結んでましたよ……ね?」


 アリシアとの契約は、機の民が持つ球体状のエネルギーバリアを冬馬が使用できる契約。その分、アリシアは冬馬が根源を倒すまであらゆる力が使えない。影のある笑顔で頷くアリシアに冬馬は恐怖を抱いていた。


「お陰様で今の私は身体が機械の一般人だ。当時の国王に秘書として雇われなければ今頃……」

「もう少しだけ待っていただけないでしょうか」


 謝るのは当然だが、許されるなら決着がつくまでは力を貸していて欲しい。

 その場で即座に正座した冬馬を見下ろすアリシアは口元を隠しながら小さな声で笑う。


「冗談だ。私としては今の暮らしを好いている。200年も国に仕えれば色々と思い出も残る……が、私以外は知らないぞ? 本気で恨んでいるかもな」

「冗談に聞こえない…」


 胃が痛くなるのを精一杯堪えていると、アリシアは腰を下ろして冬馬の腕を掴み無理矢理立たせた。


「とにかく、お前は成すべきことを成せ。この世界に来た事は隠しておく。聞きつけてこの国に世界中から戦力が集められても困る」

「根源討伐より世界が一致団結されるの…」


 それだけの戦力が集まるなら根源討伐に使って欲しいと願ってしまう。


「それだけ、愛されているんだ」


 他人事のようなアリシアの言葉を聞くと覚悟を決めるしか無くなった。はなから災厄の根源を討つつもりだ。その後の事は煮るなり焼くなり好きにしてもらっていい。


「分かった、こっちも急いでるんだ———そういえば巫教団っていうのは結局何なの?」


 突然、冬馬の前に現れた巫教団と名乗る人々は200年前には存在しなかった。記憶に間違いが無ければ自分を殴った教団員はこの国の姫ミーナである。そうなると、一国の中心人物まで取り込んだ巨大組織と捉えられる。

 アリシアは伊達眼鏡の位置を直すと、腕を組み答える。


巫椿沙かんなぎちさの置き土産。お前と共に来訪した彼女がお前の為に作った支援組織だよ」


 巫椿沙は、柊木冬馬と同時にこの世界へやって来た来訪者の一人。200年前、共に肩を並べて戦った人物で、大勢を巻き込んで前に進むタイプだった。


「本当に彼女の部下なんだ…」

「彼等は世界中に点在している。毎日監視されてると思えば良い。彼等はどこの国にも属さず巫に仕える。巫はお前にも仕えるようから言うことは聞いてくれるだろう」


 所々物騒な言葉が耳を挟んだが、要は自由自在に動かせる諜報部隊を貰えたようなものだ。他の生徒達の動きを把握しやすいのは便利である。


「それから…旅立つお前に贈り物がある」


 アリシアが指を鳴らすと、王座の椅子の下が突然開いて椅子が収納される。その代わりに宮殿様式の部屋に似つかわしくない機械椅子が昇ってくる。機械椅子には小学生くらいの小さな少女が座らされていた。


「ん? あ、ああっ!! こいつってまさか」

「どうだ? お前の護衛にはピッタリだろう?」


 ただ、彼女は普通の人間ではなく、耳の部分に巨大なチューブが取り付けられ、腕や脚には小さく色とりどりの配線が備え付けられていた『機の民』。肌と呼べる部分の一部が鋼鉄の部品に置き換えられたサイボーグのような少女。

 冬馬は彼女をよく知っている。200年前の戦いで共に戦場に立ち、冬馬が契約しなかった機の民。そして、対根源決戦兵器第8号機。


「200年前よりお前を待ち眠り続ける我が同胞『マークハート』。それが贈り物だ」


 椅子より下まで伸びた桃色の髪と首筋に刻まれた8の文字が怪しく光り輝く。

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