第2話 Иллюзия(イリュージア)前編
○日本国高知県沖約23海里 輸送艦しもきた艦内 201X年8月某日1303i
よく晴れて雲一つ無い太平洋の青空の下、 2002年3月12日に就役した“おおすみ”型輸送艦2番艦の“LST-4002 しもきた” が、穏やかな波にその身を任せている姿がある。
おおすみ型3番艦くにさきと同じ京都府舞鶴市の
現在その輸送艦しもきたの露天甲板には陸上自衛隊の軽装甲機動車、高機動車、73式中型トラックをベースに製造されたアンビ(1トン半救急車)の他、高機動車をベースに製作された“衛星単一通信可搬装置 JMRC-C4”等の車両もしっかりと固縛されている。
「なるほど、これが2佐になった高崎副長が最近乗ってる輸送艦しもきたかぁ。行きに乗った輸送艦のいわしろとそっくりに見えるんね」
1等陸尉で第12旅団第12通信隊指揮所通信小隊長の
「通信小隊長……」
10度の敬礼を新町へ行い新町はそれに答礼したのだが、鳴神の元気のない声と表情に気付き顔を覗き込む
「どうしたん、支援小隊長?」
「通信小隊長は……その……船酔いはしていない……のですか?」
その質問を聞き、新町は鳴神の元気のない理由に気付く。
「私?行きで慣れたみたいだから、もう大丈夫みたいなんよ。それより支援小隊長は船酔いなん?顔、真っ青だけど大丈夫?」
「行きで慣れたと思ったのですが……やはり船は駄目なようです……」
鳴神は言い終えると右手を口元へ持ってきて、軽く横を向きながら口元を抑える。
「我慢しないでさっさと診てもらって、酔い止め貰って
「了解しました……失礼します」
鳴神は手を一旦体の横に着けて10度の敬礼を行うと、再び右手で口元を抑えながら艦内へと入った。
(私も、行きは船酔いしちゃったから分かるなぁ)
すると、新町から見て艦内通路の左の方から、作業衣姿で2等海佐の女性が鳴神へ話しかけながら右に向かって走っていく姿を見かける。
新町は少し気になり、扉から鳴神のいる左側の方へこっそりと視線を向ける。
2海佐が何かを話しているのだが、新町の耳まで届くような距離ではなく、二人の様子を伺うだけとなっている。
鳴神は、2海佐に背中を軽く
「陸の方……大丈夫ですか?」
「通信支援小隊で2尉の鳴神と言います。大丈夫です。ご心配おかけしてすみません……」
「鳴神2尉?そう仰いますがだいぶ体がふらついていましたよ?船酔いですか?」
そうに話しかけられた鳴神は、青白くなった顔に無理矢理笑顔を浮かべて返答する。
「申し訳ありません。そのようですが、これから第2科員区画にいる衛生に診てもらいますので、大丈夫です」
「ここからでしたら、第2より医務区画の方が近いです。そちらへすぐに行きましょう」
擦る手を止めて鳴神の顔を覗き込んで、2海佐は右手を差し出す
「お気遣いありがとうございます。ですがまだ自分で歩けますので、だいじょう……ぶです。海の方にご迷惑を……うっ……くっ……かける訳には……」
こみあげてくる吐き気を無理矢理に飲み込むと、鳴神は一人で第2科員区画へ向かおうとするも2海佐に腕を掴まれる。
「無理をしないで下さい。貴方を先に医務区画に連れて行って衛生士に診てもらいます。その後、第2にいる陸の衛生の方を私が医務区画へ連れて行きますから」
「ですが……」
鳴神は2等海佐へ迷惑をかけているという気持ちで遠慮をしたつもりであった。
「私は2等海佐です。少なくとも艦内では私の言う事に従いなさい、鳴神2尉」
だが2海佐はそんな鳴神へ業を煮やしたのか、目を少し細め威圧するかのように声を低めて鳴神へ命令する。
「了解しま……うっ……した……」
「さぁ、急ぎましょう」
2海佐に支えられながら歩き始めた鳴神の背中を見ながら、新町は一人心の中でごちる。
(彼に話しかけてるあのWAC(ワック)……じゃなかった、海自はWAVE(ウェーブ)だったいね?あれ誰だろ?ちらって見えた階級章は確か2等海佐だったと思うけど……どこの
新町は鳴神達の姿が見えなくなると、一度高崎達がいるであろう艦橋を見上げる。
その視線の先には数名の海曹士が話し合っている姿があり、更に視線を上に向けるとマストで回転しているOPS-14C対空用レーダーが視界に入る。
(さぁて忙しくなる前に、同期の高崎副長に挨拶しないと。それに……しもきたの通信関係も気になるし、その辺を色々と“今のうちに”見せてもらわないとね)
新町は少し目を細めて笑みを浮かべると、艦内に入りラッタルを登って行った。
○同所 同艦内 同日1315i
新町が艦内を上がっていった7分後のCICこと戦闘指揮所では、艦長である1等海佐の
「ミサイルシーカー探知!方位315度!」
『空自より通告。空自追跡中の国籍不明機3機が、小型飛翔体を
黛は
「小型飛翔体発射確認、了解。空自の報告とシーカー探知並びに追跡報告より、目標は我をターゲットとするミサイルと認む」
黛はそこまで言い切ると区切りのためなのか軽く息を吸うと、後に続く船務長として発するべき言葉を紡ぐ。
「対空戦闘用意!」
黛は報告を受けて即時に対ミサイル戦闘を宣言し、それを艦内へ向けて海士が放送する直前、視線を目の前のコンソールから離さず右手を横の操作卓へ乗せる。
『対空戦闘用意!』
そして、右手を少し横へスライドさせるように動かすと、中指に触れた透明のプラスチックカバーをそのまま跳ね上げて押さえ、そこへ間髪入れずに人差し指を突っ込んで『一般警報』と表示されたスイッチを押す。
すると艦内外に電子式のアラーム音が一定間隔で鳴り響き、乗員達はそれを受けて正にスズメ蜂の巣でも突いたかのように、大慌てな様子で突然走りだす。
ある乗員区画に目を向けると、当直明けの為寝ていた航海員の海士長がそのアラームを聞いて飛び起き、着替え始めていた。
「なんだよ!?訓練かよ!?」
航海員が作業帽を被りながら走り始めようとすると、艦内通路から応急員の3曹に声を掛けられる。
「おい!急げ!!」
「了解です!!」
二人はラッタルへ向けて全速力で駆けていくと、航海員は艦橋へ向かって上っていき、応急員は操縦室兼応急室の方へと下って行った。
(勘弁してくれよ。まだそんなに寝てねぇっていうのに……だいたい、今何時なんだ?)
艦橋へと到着した航海員は、頭の中でぼやきつつカポックと鉄帽を着用して、時計に少し目を向けると自分の配置に立つ。
艦内の他の場所へ目を向けると、ある者は水密隔壁の横に立つと数人が隔壁の開口部を抜けていくのを確認してから水密扉を閉めてロックし、またある者は通信室へ飛び込み自分に割り当てられた席に座る等の姿があった。
「電測、捕らえてる?」
黛の問いかけに、電測員が報告を入れる。
「はい、しっかりと。速度830kt(ノット)(≒1,530km/h≒マッハ1.24)、
「了解。艦長、チャフとデコイの発射と同時に回避行動を行います」
「了解、行え」
電測員の報告を確認すると、黛はそのまま幸島へリコメンドを行う。
幸島は
黛を再び見ると、少し大きく息を吸い込み少しだけ目を細め、自分を落ち着かせるかのように開いていた左手を握り拳にして落ち着いた口調で下令する。
「チャフ、デコイ発射始め。回避行動始め」
『チャフ、デコイ発射始め。回避行動始め』
「チャフ発射始めよし!」
「デコイ発射始めよし!」
チャフと、デコイことMk.36 SRBOCというミサイル回避攪乱用囮の発射シーケンスを聞きながら、今度は回避行動の指示を艦橋へと行う。
「艦橋、両舷前進最大
『両舷前進最大戦速、面舵一杯』
「チャフ、デコイ発射
黛の発した行動命令への艦橋からの復唱を聞くと同時に、チャフとデコイの発射命令が発動したことを聞き取りながら、旋回で艦が傾斜するのに備えて足に力を入れながら操作卓の端を掴んで備える。
しかし、黛の思ったタイミングになっても傾斜が始まらず、一瞬肩透かしをくらったように感じた次の瞬間、しもきたが傾きだして右回頭を始めた
(うおっ!?おっとっと!?危なかった……しもきたの
黛がそう思った次の瞬間、彼女の耳に想定された悪い報告が入る。
「目標、針路修正しつつ本艦へ向かっている。本艦到達まであと1分15秒」
「了解」
(デコイにもチャフにも惑わされない、か。当然と言えば当然よね。早く次を仕掛けないと)
報告を聞き渋面を作った黛であったが、内心ではすでに対抗策は決定しており、残るは自身の口でそれを発動させるだけであった。
「ミサイル、射程に入り次第 CIWS(シウス)で対処する」
次の作戦を宣言すると、黛は右後ろを振り返って幸島へリコメンドを行う。
「艦長、CIWSにて迎撃します」
「了解、迎撃せよ」
黛は艦長の承認を聞き正面をすぐに向きなおして、息を整える間もなく指令を発する。
「対空戦闘、近づく目標、CIWS攻撃始め!」
対空レーダーを監視しているレーダー員の視線の先には、6つの光の点が画面の中心へと近づいてくるのがはっきりと確認でき、それぞれの点に“ UNKNOWN ”という文字も映し出されている。
「目標、CIWSの射程に入るまで10秒前、9、8、7、6」
カウントダウンが淡々と行われている最中、CICには通信からの報告や艦橋操舵や操縦室からの報告などがひっきりなしに入って来る。
「5秒前、スタンバイ」
「衝撃に備え!」
『各員衝撃に備え!』
黛は待ち構えていたように艦内の全員に耐衝撃姿勢を促す命令を下すと、自身もコンソールの下部を掴んで“その時”に備える。
「ターゲット射程に入った!ターゲットキル4!サーバイブ2!」
(誘爆込みでキル4。これならサーバイブした2(ふた)目標もキルは可能ね)
黛は特に表情には出さないものの、ミサイルのキル報告に手ごたえを感じる。
『艦橋、右100度で爆発閃光複数視認!』
「CIC、閃光複数視認了解!」
「ターゲットキル2!全弾、
『艦橋、右100度再び爆発閃光視認!
「CIC、閃光、
黛が座ったまま軽く背を伸ばして大声で呼びかけると、レーダー員は画面を確認してから黛の方へ振り返る
「船務長!現在、我の探知圏内に近付く対空目標ありません!」
「了解!」
(よしっ!第1戦速に戻して左165度回頭させたらここの海域を離脱し……)
黛がミサイルに追跡されたことによる遅れを取り戻すため、位置を再確認して予定針路へ しもきた の艦首を向けようと命令を発する直前、彼女にとって、またCIC各員も想定していなかった艦内放送が飛び込んでくる。
『艦橋至近で衝撃が発生した』
「衝撃発生!?なぜ!?安全圏で全弾
黛が思わず吐き出した言葉に反応したように、各員の微かな動揺として困惑した空気が広がるのが感じられる。
さらにその重苦しい空気へ、駄目押しをするかのように艦内放送が続く。
『ミサイルの爆発、
「どういうことですか!?」
黛は右手を椅子の背もたれに手をかけながら振り返り、幸島へと目を向ける。
彼女の目に映っている幸島は、腕を組んで正面を向いたまま微動だにせず、沈黙を保ったままなのであった。
第2話の登場人物紹介(順不同、敬称略)
※注意:各登場人物たちの階級・役職等は、当作品と出演作品では異なっている場合があります。
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企業紹介
△NR関東(第1話):かつての国鉄が民営化され分割した各社の内の1。横須賀線の管轄を受け持つ会社でもある。アデリーペンギンらしきイラストが入ったIC乗車カードは、月夜野出雲と三月琥珀達のお気に入りでもある。
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