この広き海原に集う防人達

月夜野出雲

第1話 きっかけ

 交わらざる者達がこの広き蒼穹の下へと集う時、新たなる物語が幕を開ける


 たがう世界の防人達が邂逅する時、新たなる世界が生まれいずる


 どちらでもあり、どちらでもないこの世界


 大海原の中の港と港が航路で繋がるかのように


 二つの異なる世界が


 今


 一つに繋がる


 第1話 きっかけ


〇日本国神奈川県逗子市沼間 ◇R東日本横須賀線 JO-05 東逗子駅 203X年8月某日


 夏のある日、東逗子駅に到着したJ◇東日本横須賀線に投入されて十数年になったE235系11両編成は、ホームに待っていた乗客を乗せるとゆっくり出発をした。

 新車として配備されたE235系1000番台も、十数年経過していることもあり流石に少しではあるが経年劣化が見られるようになり始めている。

「もうすぐ横須賀……久しぶりだなぁ」

 11両目のロングシートに座っている、夏物の薄手のジャケットにチノパン姿の女性は、そう言うとペットボトルのジュースを飲み干す。

 そして、空のペットボトルをバッグに仕舞うと、代わりに封筒を取り出す。

「『招待状 発:月夜野つきよの出雲いずも 宛:和蘭芹ぱせりわこ様』ってあるけど……これ、ボクが代理で本当に大丈夫なのかな?まぁ和蘭芹から頼まれてる事だし、それに砕氷艦しらせと久しぶりに会えるから、彼女には感謝なんだけどね」

 そう言うと、女性は封筒の中身を確認する。手書きの紙が1枚と横須賀駅までの切符が1枚入っているだけで、他には何も入っていないようである。

 そしてこの女性は和蘭芹わこという人物の関係者で、横須賀駅へは小説家の月夜野出雲と会うために向かっていると判明する。

「とりあえずボクは横須賀駅で、この手紙に書いてある『月夜野の代理人』って人に会えばいいのかぁ……というか、和蘭芹も月夜野も代理だけど……まぁすぐに会えるらしいから、いっか」

 女性はそう呟くと、カバンへ封筒を戻してファスナーを閉める。

 E235系は東逗子駅の一つ隣である田浦駅に到着し、女性の車掌が扉を開けると何人かの乗客が降りていく。

 乗客の女性が振り返って駅名標を見ていると、扉は閉まりE235系は田浦駅を出発した。

 ホームを離れたE235系の11両目がトンネルの中央部へ差し掛かった瞬間に突然停車し、車内の照明が消えて空調が止まる。

『この先の踏切より防護無線が発報されました。現在安全確認を行っておりますので、お急ぎの所大変申し訳ございませんが暫くそのままでお待ちください』

 突然の事に驚いて立ち上がった女性だったが、女性車掌の車内アナウンスを聞いて座るとSNSを使って和蘭芹へ到着が遅れる事を連絡する。

 暗くなった車内にはこの女性だけが乗客として座っており、彼女が操作するスマホの明かりだけが彼女の周囲を少しだけ明るくしている。

 女性が運転再開を待っていると、女性宛てに『月夜野には私が遅れるって連絡しとく!だから三月は慌てないで行動して?』と返事が書き込まれる。

(こればっかりは仕方ないんだけど……和蘭芹、ごめん!)

 暗くなった車内で一人スマホを操作し始めたこの女性こと三月みつき琥珀こはくだったが、ふと操作する手を止めて顔を上げる。

(あれ?防護無線の発報で停電?……そんな事、あるの?)

 女性は何げなく車掌のいる最後尾の方を見たのだが、トンネルの入り口から見える駅からの反射らしき光で一瞬視界が奪われてしまい強く目を瞑ってしまう。

(眩しい!光をまともに見ちゃった!……もう、大丈夫かな……)

 恐る恐る目を開けると、今度はゆっくりと最後尾の方を見ていく。

 すると、今乗っているE235系からは無くなっているはずの設備が逆光に浮かび上がっており、三月は我が目を疑う。

(あえぇっ?……待って?……クロスシート?……なんで!?……そんな馬鹿な!!僕が今乗っているのはE235系だよ!?)

 クロスシートとは対面式になっている座席の事で、対して三月が現在乗っているE235系はロングシートと呼ばれるベンチ式のシートになっているため、これはあり得ない光景なのである。

 最後部を見たまま固まっていると照明が点き、男性車掌の車内アナウンスで運転再開が告げられた。

(車掌さんが男の人になってる!女の車掌さんはどこ行ったの!?)

 三月は車掌のいる方を見ると、目の前に起きている不可解な事象に対して脳の処理が追い付かず固まってしまう。

(そんな……あり得ないよ……男の車掌さんのE217系なんて……乗った時は確かに女の車掌さんのE235系だったのに……)

 ようやく動き出した三月は、スマホの写真フォルダを急いで確認する。

 そこには確かにE235系の先頭車が、三月のスマホのフォルダに数枚残っていた。

 止まっていたE217系もようやく動き出してトンネルを抜けると、車内は途端に明るくなり、三月はすぐに進行方向左側の車窓を食い入るように見つめる。

(こんな変な事、ボクの乗った車両だけかなぁ……とりあえず覚えてる町並みは前に見た横須賀と一緒みたいだけど……不安だなぁ……)

 不安が広がる三月の目に横須賀の海が見え、立ち上がって右手で吊革に掴まる。

(もうすぐ、吉倉桟橋が見えるはず……確か今日は DDGまや がY4、FFMくまのがY3にいるって呟きのサイトで……うそ!?うそだよね!?なんで!?)

 三月の予想を裏切るように吉倉桟橋Y4には護衛艦DDG-179 まや ではなく護衛艦DDH-144 くらま と、隣のY3には護衛艦FFM-2 くまの ではなく護衛艦DDG-171 はたかぜ が係留されている。

 三月はよく確認しようとしたのだがすぐに建物が横切り、吉倉桟橋は見えなくなってしまう。

(あ、あ、ありえないよ!ボクは夢でも見てるの!?あの後部甲板は くらま みたいだよ!? それにY3にいるの、後部に主砲があるって事は練習艦の はたかぜ!? 2隻とも退役して何年も経ってるはずなのに!!?ボク、ネットの写真でしか見たことないよ!?なんで本物が!?)

 混乱している三月をよそにして、徐々に減速を始めたE217系の先頭車両はポイントに差し掛かり、本線から2番線側の支線へと進入していく。

『本日は防護信号発報の為横須賀駅へ10分ほど遅れての到着となり、お急ぎの所大変申し訳ございませんでした。本日もNR横須賀線をご利用いただきありがとうございました。まもなく横須賀、横須賀です。降り口は右側です』

(NR!?一体どうなっているんだい!?ボクは……ボクは確かにJ◇に乗っていたはずなのに……NRって聞いた事ないよ……)

 呆然自失になってしまった三月を乗せた車両は、横須賀駅の2番線に到着すると男性の車掌による車内アナウンスで車両が成田空港行きへと変更されたことが放送される。

 三月は2番線に降り立つとゆっくりと振り返り、E217系の窓の外側に見える光景を見て言葉を失う。

 そこにはヘリコプター搭載護衛艦であるDDH-183 いずも が逸見桟橋へ停泊していて、艦首だけであるのだが見えている。

 その艦首の数字183は、真っ白のペンキで塗装されている。

(H1に いずも がいる……それも大規模改修前のだ……艦番号もロービジじゃない……ボク、これも写真でしか見たことが無いよ……横須賀だけど、横須賀じゃないみたいだ……)

 カバンを持ったまま立ち尽くしている三月の元に、一人の女性が近づいてくる。

「おはようございます。失礼ですが三月琥珀様で、お間違いございませんでしょうか?」

 三月の名前を呼んだ女性は、笑顔を浮かべて一礼する。

「おはよう。君は誰なの?なんでボクの名前を知っているの?」

 警戒感を露わにしながら、三月にとって普段はあまり見る事のない服装の女性を見る。

「申し遅れました。わたくしは月夜野出雲様の名代みょうだいとして仰せつかりました、トワ=クロイと申します。本日はよろしくお願いいたします」

 クロイと名乗る女性はロングスカートを軽く摘み、カーテシーを行う。

「う、うん、よろしく……ところでトワ、君のそのメイド服はコスプレなのかい?」

「この服でございますか?こちらはメイドクラスの常装夏服でございまして、通常の授業や実習では略衣夏服、または作業衣を着用しております」

「そっか。確かにその恰好だと、仕事とかやりにくそうだよね。でもクラスとか実習って……あ、ごめん、多分和蘭芹からの連絡だ」

 三月はそう言うとスマホを取り出し、和蘭芹からの通知を確認すると口の端を微かに持ち上げる。

「へぇ……そっかぁ」

「三月様?いかがされましたか?」

 クロイが何事かと質問すると、三月は笑顔を浮かべてクロイへにじり寄る。

 そんな彼女たちの上空ではトンビが数羽鳴きながらゆったりと風に乗っているような速度で、大きな円を描いて旋回している。

「君さぁ?そこにいる白瀬さんや橋立さんの偽物になった事あるでしょ?」

 三月の視線は鋭くなり、眼光は上空で旋回しているトンビのような鋭く尖り見つけた獲物を確実に捕らえるような雰囲気を出している。

「三月様、何をおっしゃっておられるのでしょうか?偽物とは一体……」

「もうバレバレだよ、トワ=クロイ……いや、偽物ちゃん?さっきのカーテシーはぎこちなかったし、挨拶も言い慣れてなさそうだったから変だと思ったんだよね。メイドに成り切るならちゃんと勉強しないとダメだよ。がっかりだなぁ……」

 大きくため息をついた三月はそれでも視線をクロイからは外してはおらず、警戒心を維持しているように見受けられる。

「どうして、そのような……」

「何が言いたいんだい?偽物ちゃん?」

 ダメ押しとばかりに三月が威圧をしながら近寄ると、クロイは項垂れてしまう。

「……はぁ……初めて会う人なら絶対ばれないと思ったのに……」

「あ、やっぱり偽物だったんだ」

「えっ?やっぱりって……」

「実はさ?ついさっきの通知は和蘭芹からで、内容がさぁ『白瀬さんや橋立1尉に成りすます偽物ちゃんが月夜野の代理だから、知らない相手に話かけられたらブラフをとにかく仕掛けろwww』って忠告があったんだよね」

「えっ……じゃあ、琥珀は私が成りすましだって分かってなかったって事!?……和蘭芹の奴、余計な事を言って……まぁ、いいわ。着替えてくるから、琥珀は先に改札の外で待っててくれる?」

「了解したよ、偽物ちゃん!」

 三月はそう言うと、チノパンのポケットから黒い合皮の定期入れを取り出す。

 その定期入れには細めのチェーンが着けられていて、もう片方はチノパンのベルト通しへカニカンと呼ばれる留め具によって留められている。

 さらに、開いてしまった定期入れには片面にペンギンのイラストが描かれた交通系ICカードが、その裏面には小型船舶操縦免許証が見えており、資格・限定等の欄には『一級』と、その二つ下の欄左側には『特定』の文字が見える。

 つまり、三月は一級小型船舶操縦免許を所持し、特定操縦免許も受けている事になる。

 補足であるが『特定操縦免許』とは遊覧船や釣り船等の乗客を運ぶ船を操縦できる免許である。

 車で言えば観光バスや路線バスを運転できる『第2種大型自動車運転免許証』、航空機で言えば『事業用操縦士』や『定期運送用操縦士』に近いのである。

「さてと、お腹空いたし、そこのコンビニで……」

 それらが入った定期入れを読み取り部分にかざした三月であったが、改札からエラー音が鳴って扉が閉じてしまい、慌てて改札から離れると定期入れをチノパンのポケットへ仕舞い、カバンの中の封筒から切符を取り出す。

「いつもの癖でやっちゃった……すみません!この切符に無効印をお願いします!」

 三月は改札横の窓口にそう声をかけて切符を渡すと、駅員はそれを受け取り無効印の判子を押して三月へと戻す。

 改札を抜けて少し離れた所で足を止めた三月は、受け取った切符を財布の中に仕舞ってから左にあるコンビニエンスストアに向かって行って入っていく。

 そしてストレートティーとパンを迷い無く選ぶと、交通系ICカードで支払いをして店から出てくる。

 するとそれより少し遅れたタイミングで改札内の女性トイレから、小学校高学年くらいのワンピースを着た女の子が出て来て三月を見つけるなり手を振って走って近づいてくる。

「お待たせ、三月!行こっか!」

 三月は声に気付いてそちらを見ていたのだが自分に呼びかけられているとは思わず、周囲に保護者がいるのかときょろきょろ見回す。

「三月!三月ってば!私だよ!わ・た・し!!」

 駅の構内側から三月に向かってアピールしている小学生に、彼女はきょとんとした顔をしていた。

「もしかして……偽物……ちゃん?……偽物ちゃんなの!?着替えるって、体ごとって意味だったの!?」

「どこ見てるの?ちゃんと服を着替えたでしょ?」

 さも当然と言った風の小学生は、何がおかしいのか理解していないようである。

「いやいやいや!おかしいよ!!?普通は服を着替えるだけなら体なんか変わらないんだよ!?」

「三月、この服用の体形になっただけだって。こんなの普通の事じゃない。あ、そうだ。名前の事なんだけど、小学生この姿の時は『月夜野つきよの奈々なな』って呼んで?」

 自分を月夜野奈々と名乗った小学生は、入場用の券を改札に通して通過する。

「えっ?君は月夜野の娘なの?」

「違うよ?違うけど、月夜野が執筆中普段呼んでる『ネームレス』とか『偽物ちゃん』とかだと、人の名前じゃないから呼びにくいでしょ?ちゃんと月夜野からOKが出てるから、三月もそう呼んで?」

「分かったよ、奈々。だったらボクの事は琥珀って呼んでくれるかい?」

 いまいち納得がいっていないような顔の三月だったが、気持ちを切り替えることにしたようだ。

「いいよ、琥珀!じゃあとりあえず……護衛艦いずもと砕氷艦しらせを見に行こうか?」

「しらせがY1にいるの!?じゃあ、今が8月なのはこっちでも変わらないんだね!!?」

 三月は見落としていたようだが、実はE217系の車窓からは吉倉A桟橋Y-1に停泊していた砕氷艦しらせの姿も見えていたのである。

「そうだよ?今は201X年の8月だよ?三月、呼び出したのは“あの”月夜野出雲だよ?砕氷艦のしらせが横須賀にいない月になんか、呼び出すと思う?」

「うわぁ!和蘭芹から聞いていた通りだぁ!!全然思わないよ!やったー!しらせは辞めてから会うの久しぶりなんだ!!月夜野がしらせに狂ってくれてて良かったぁ!!偽物ちゃん、早く見に行こうよ!!」

 一度大きく飛び上がった三月は握りこぶしを作ると、一目散に駅を出てすぐに左へ向かって行く。

「あ!待って!琥珀、置いて行かないでってばぁ!」

 奈々は三月の背中を見ながら慌てて後ろをついていく。

(こっちに来て良かったぁ!……そうだ、茉蒜とか典子とかは別の所に行ってるって、和蘭芹から聞いているけど……あっちも今頃楽しんでるんだろうなぁ!)

 三月は別行動をしているらしいまゆずみ茉蒜まひる市井しせい典子のりこの事を思い、笑顔を浮かべる。

(……何年か招待が早かったら、ボクもあっちにいる茉蒜達と一緒だったのになぁ。それだけはちょっと残念……でもそうすると、しらせに会えなかったのか……あっちも今頃、楽しんでるんだろうなぁ~)

 ヴェルニー記念館の前から見える護衛艦いずもとY-1の砕氷艦しらせを見ながら、カバンから少しコンパクトなN社の一眼レフカメラを取り出し、撮影を始めたのであった。


第1話の登場人物紹介

月夜野つきよの出雲いずも:小説家。砕氷艦しらせを愛し、艦艇船舶の撮影を趣味としている。著作『海の防人達』他


和蘭芹ぱせりわこ:小説家。月夜野出雲の小説家仲間。著作『この広き蒼穹そうきゅうの下で』他


三月みつき琥珀こはく:元海上自衛官で現在は小説家。和蘭芹わこの小説家仲間。今回は和蘭芹の代理として横須賀を訪問する。


月夜野つきよの奈々なな:月夜野出雲の知り合い。実際には名前が無く、月夜野は『偽物ちゃん』や『ネームレス』等と呼んでいる。月夜野の『防人達の邂逅』へ出演。


○トワ=クロイ:メイドであるらしく月夜野も一枚噛んでいるようだが、現在は詳細不明。

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