ONE OF THEMの本音

もり ひろ

ONE OF THEMの本音

「きみって、愛人体質だよね」

 彼女は白くて澄んだ裸体を毛布に潜り込ませながら言った。

 ぼくは心の中でアイジンタイシツ、アイジンタイシツ、アイジンタイシツと繰り返してみた。

 言いたいことはすぐにわかった。思い当たる節だって、いくらでもある。

「うわ、旦那から電話きてるの気付かなかった」

 彼女は携帯電話の画面を眩しそうに睨みつけた。眉間や目じりに皺が寄ると、自分より年上だってことを思い出す。確か、五つか六つ上。

 彼女と知り合ったのは、ソロツーリングで訪れた和歌山・天神崎だった。あの日、夕焼けを眺めて、いざ帰ろうと思ったところでバイクのヘッドライトが点かないことに気付いた。途方に暮れていたところで、同じく一人でツーリングに訪れていた彼女から声をかけられた。日帰りのつもりだから宿代も持っていないので無灯火で帰路に就くと告げると、半ば強引に彼女の泊まる宿へ連れて行かれたのが初めての夜。

 僕は神戸、彼女は京都市内。会おうと思えば簡単に走れる距離だったので、その後もたびたび二人でツーリングをした。

 彼女が既婚者であることを告げられたのは、何度目かの夜。事後。

 カミングアウト後は、彼女の口から夫の愚痴を聞くことばかりになった。一通り愚痴をこぼした後、「きみともっと早く出会えていれば良かったのに」と漏らす。その時の表情に見える深い影を照らせるのは自分しかいないと思っていた時期があった。

 このまま彼女に夫の不満不平が溜まれば、彼女が夫と決別して、ぼくのもとへ来てくれると信じていたのだ。

 その期間が長くなればなるほど、その望みが薄いことがわかってきた。

 きっと、彼女は単に、ぼくとセックスがしたいだけなのだ、と。

 あくまでぼくは、彼女の愛人でしかないのだ、と。

 そう思い始めてから、急に彼女を自分のものにしたい気持ちが強くなったのは確かだった。

 ぼくは過去の女性経験を古い順に辿る。

 ぜんぶそうだ。

 あの人も、あの子も、あの時の相手も、全部。

 全部、相手と肉体関係を持った時点では、まだ相手には交際している男がいた。あの人にも、あの人にも、あいつもそうだ。

 みんな決まって、「もうすぐ別れる」と言っていた。本当に別れてぼくと交際を開始した人なんて、これっぽちもいやしない。そうやって気休めの言葉でぼくを捕まえていたいだけだったんじゃないか。

 みんな、ぼくとセックスがしたいだけだったんじゃないか。

 ぼくだけじゃない。あの子やあの人は、他にも身体だけの関係の人物がいると言っていた。それを聞いて、ぼくは傷ついたり、嫉妬をしたりすることもなかったけれど。

 だから、きっとこの人も、そう。

 ぼくとセックスがしたくて、女として相手にされたいだけなのさ。もうじき、「夫とは別れる」なんて言葉を口にするに違いない。それを、他の男にも言っているかもしれない。

 きっと、ぼくは彼女を自分のものにすることができない。そう思ったら、胸の奥が急に苦しくなり始めた。

 今までの相手では、自分がたとえ愛人としてのポジションでも構わなかった。他にもセックスフレンドがいると言われても、なんとも思わなかった。相手とともに過ごし、身体を重ねている時間だけでも気持ちが満たされていれば、それで満足だった。

 だけど、今日は違う。この人に対しては、違う感情がぼくを取り巻く。

 二番手に甘んじることが、複数人のうちの一人であることが、耐えられない。

 そうして、ぼくは口を開いた。

「あの」

「ん? なに?」

「ぼくとセックスがしたいだけですか?」

「なに、妬いてるの?」

 彼女はぼくの頬を人差し指でつつく。いたずらっぽい笑い方で顔を近づけてきて、軽く唇を重ねた。

「そうね、夫と離婚するから、そしたら一緒になろうか」

「本気で言ってくれていますか?」

 彼女は一瞬だけ真剣な顔になって、すぐにまた、あのいたずらっぽい顔に戻る。そのまま彼女がぼくの首の後ろに腕を回し、ぼくを胸元に抱き寄せた。ぼくは彼女の豊満な胸に顔をうずめた。

「明日、一緒に走りに行こう。いつもの、天神崎でいい?」

 ぼくは言葉なく、彼女の胸の中で頷いた。

 ホテルの清算を済まし、彼女は跨ったバイクで颯爽と夫の待つ自宅へ帰って行った。後ろ姿を見送ってから、ぼんやりと夜空を眺めたのち、スマートフォンでSNSを開く。

 彼女の名前で検索をしてみるが、出ない。ひらがな表記やローマ字などを試してみても無駄だった。

 ならばと思い、彼女の旧姓で検索してみる。

 あった。

 そこには、彼女が夫からプロポーズされている写真が投稿されていた。今年の投稿で、投稿内容からわかるのは、何度目かの結婚記念日ということ。

 場所は、夕焼けに染まる天神崎。二台のバイク。そばで祝福する、彼女らのツーリング仲間たち。

 なんだ、仲良くやってるじゃん。

 ごく最近の投稿じゃん。

 別れる気なんてないじゃん。

 ぼくは、明日のツーリングには行かないことを決め、タバコに火を点ける。

 ぼくは彼女の一番にはなれない。彼女のまわりにいる、その他大勢の男の一人であるかもしれない。所詮ぼくは愛人の一人。ワンオブゼムなのだ。

 スマートフォンが短く鳴り、別の女子が彼氏の愚痴を吐くメッセージが画面に表示された。

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