熱が下がり起き上がれるようになった瑠璃は、近々帯刀の任を解かれることを是近に聞かされて愕然とした。


「嘘、嘘よ!」

「仕方ないだろう。その怪我では刀も持てない。おまえは十分よくやった。帝もおまえの働きを認めて報賞を下さるとおっしゃった。後は俺たちに任せて家に帰ってのんびりしていろ」


 瑠璃は首を振った。


「いやよ――だって、まだ何も解決してないじゃない! 矢を射た犯人だってまだ捕まっていないんでしょう」


 瑠璃は事情を聞きに来た近衛府の役人、右近少将にそう聞いていた。

 宮での事件は大抵が近衛府の管轄となっている。被害者として事件の状況を細かく問われた。だが、瑠璃は覆面のことと橘の木の上からの襲撃であったこと以外は答えられなかった。他に役に立つ目撃談もなく、未だ犯人は捕まっていないと聞いてやきもきしていたのだ。


「おまえが動かなくても、近衛府には有能な人間は多いんだ。犯人などすぐに見つかる」


 是近はそう言うけれど、瑠璃は納得しなかった。


「あれから十日よ。まだ見つかってないってことは、もう逃げられているかもしれないんでしょう。それか隠蔽だって考えられるわ。あれだけ人がいて目撃者がいない訳ないもの」


 現場を逃せばそうそう見つからないことはこれまでの調査でもわかっている。本当に目撃者がいないか――それか誰かが事実を隠しているか。こんなことでは朔の安全はいつまでも手に入らない。

 瑠璃はぎりと奥歯を噛み締めた。


「殿下の危機は去っていない。今はここを出て行けない。お世話になった菖蒲様にもどんな顔をしてお会いすればいいの。――あたし、殿下をお守りしたいの。彼が大事なの。お願い、父さん。傷が治ったらすぐに復帰できるように頑張るから」


 是近は瑠璃の懇願にも決して頷かなかった。それどころか、余計に険しい顔になって頑さを増したかに思えた。


「おまえは何か勘違いをしている。俺たちはただでさえ少ない人数で護衛を務めている。自分の身も守れない者を抱えるのは重荷でしかない。剣も振るえない足手まといは使えない。――俺はそう言っているだけだ」

「でも……あたし、まだ盾にはなれるもの!」


 思わずそう言うと、是近の目が鋭く光る。


「馬鹿か、頭を冷やせ。おまえはそうやって殿下の何を守るつもりなんだ?」

「え――? 何って、殿下のお命に決まってるじゃない」

「それだけか?」

「他に何があるっていうの」


 挑むように言うと、是近は呆れたようにため息をついて局を去る。


(一体なんだっていうのよ)


 厳しい言葉の裏にある父としての想いに気が付かないわけではなかったが、瑠璃はどうしても不満を抑えきれなかった。

 矢傷がひどく痛んだが、瑠璃は堪えて褥から起き上がった。そして手を広げ、握りしめる。力を入れようとすると傷が引き攣れるように痛む。とても刀は握れない。是近の言う通り、彼女は今自分の身も守れない。


「だけど、何かあるはずよ。今のあたしにもできることが。――足手まといになんか、ならないわ。なってたまるもんですか」


 呟いた瑠璃はふとひらめいた。めくるめく行事に忙殺されてしばらく考えるのをやめていたが、例の力のことを思い出したのだ。


「もう一回やってみるわ。駄目で元々よ」


 とにかく追い出される前に自分は使えると認めてもらうのだ。

 ただし、一度失敗しているから、今度失敗すればもう二度と挽回の機会はない。瑠璃はきっと天井を見上げて、気持ちを引き締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る