第7話 居心地

言われた通りリビングへと直行したオレはドアを開けると、そのまま広々としたリビングを横切り、ソファーへと座り込んだ。


深々と包み込んでくるような柔らかさから、値段が張る代物なのではと思ったが、今さら腰を浮かせるわけにもいかない。


目の前のテーブルとテレビ以外は、この部屋には特に物が置いてないのだ。




オレの家でさえテーブルチェアーくらいはあるし、女の子である彼女ならなおさらあってもよさそうなものだが、それすらない。


殺風景という言葉という言葉がよく似合う、どこか寂しさを感じさせる部屋だった。








「お待たせしました」




 しばし物思いにふけっていたオレは、扉の開く音で我に返った。


同時に聞こえてくるのは先ほど別れたばかりの雪代の声だ。


オレは目を向けると、すぐに返事を返した。




「いや、大丈夫だ。大して待ってない」




「なら良かったです。急いで着替えた甲斐がありました」




 その通りなのだろう。リビングに現れた雪代は、先ほどよりラフな服装に変わっていた。


 今の彼女は、白のセーターと青のキュロットスカート姿だ。


シンプルではあるが、それが逆に容姿を際立たせるものになっており、彼女に似合っているように思えた。


髪色が映えるというか、自分がどうすれば際立つのか、よく理解しているのだろう。






「すぐに準備しますので、もう少しだけ待ってくださいね。リモコンはテーブルの上にありますので、テレビをつけて構いませんよ」




 そう言うと雪代はキッチンに歩いていく。


やはりというか、こちらに対する警戒の薄さを感じるな。


 漫画だとこういう時は変なところを触ったりしてないかを問い詰められる場面だと思うのだがそれすらない。




(正直、ちょっと期待してたんだけどな。一度やってみたかったし)




 まぁ実際なにもしてないから否定するだけで終わるだけだ。


別にいいといえばいいんだが、お約束には興味があっただけに、少しだけ残念ではある。




「有馬くんは食べれないものとかありますか?」




 そんなことを考えていたとき、ふと声をかけられた。


 見ると雪代は収納扉を開け、中から水色のエプロンを取り出しているところだった。




「え、ああ。特にない。基本なんでも食べられる」




「それはいいことですね。まだあまり買い溜めもしていないので、とりあえず今ある材料からパスタを作ろうと思うのですが」




「大丈夫だ。雪代に任せるよ」




「わかりました。それでは作りますね」




 少し挙動不審な態度を取ってしまったが、雪代は大して気にしていないようだ。


 会話をしながら素早くエプロンを身に付け、冷蔵庫へと近づいていく。




(これじゃ警戒がどうのと言えないな)




 ある意味こちらも雪代に対して無防備になっているようだ。


勝手に評価しながらこれでは、笑い話にもならないだろう。




 こういう時はあまり考え込まないほうが正解なのかもしれない。


いっそ手伝いでもして、早く時間が過ぎるのを待つほうが賢明な気がする。


なにかやることはないか、雪代に尋ねることにした。




「なにか手伝おうか?」




 リビングと一体となったダイニングキッチンは人がふたり並んでも十分な広さがあり、オレがいたとしてもそこまで手狭にはならないはずだ。


 そう思ってのことだったが、この目論見はあっさり外れることになる。




「いえ、大丈夫です。有馬くんはお客様なんですから、くつろいでいてください。というか、私もまだこのキッチンの配置に慣れてないので、近くにいられてもぶっちゃけ邪魔です」




返ってきたのは、そんな断りの言葉だった。


それもひどく強烈な、こちらの善意をぶった切るものやつ。




「……そうなんだ。いたら邪魔すか、オレ」




「はい、邪魔です。別に好感度を稼ぐ狙いがあるわけでもないのはわかってますが、私は自分のテリトリーを勝手に荒らされたくないタイプですので。心遣いだけ受け取らせて頂きます」




 冷蔵庫の中を覗き込みながら答えるそう答える雪代。


こちらは割と動揺してたりするんだが、一瞥もしやしない。


そうなると本当に手助けは必要ないのだろう。若干傷つくも、にべもなく断られては頷くほかなかった。




「そうか、わかった。それでもなにか必要なことがあったら呼んでくれ。皿運びくらいはできるから」




「はい、わかりました」




 材料を取り出していく彼女は、やはりこちらを見もしない。


 これはこれ以上余計なことを言わないほうがいいパターンだと判断し、半ば浮かしかけていた腰をもう一度ソファーへと着地させる。






 包み込んでくるような柔らかな感触は心地いいものだったが、心境としては真逆だ。


 招かれたとはいえ、同い年の女の子を働かせて自分は座っているというのは、どうにも居心地がよろしくない。




(こういう時、桐生だったら気にしないんだろうけどな)




 手持ち無沙汰を誤魔化すべく、テーブルに置かれたリモコンを操作しテレビをつけると、ふと友人である桐生和臣のことが思い浮かんだ。


 アイツなら、この状況でもきっと平然としていることだろう。




 彼女である八霧に料理をさせながら、オレとのゲーム対戦に夢中になっていた姿を思い出す。


 奴は適材適所だなどと言っていたが、流石に気まずさを覚えたオレが途中で切り上げて八霧の手伝いを買って出た記憶が確かにあった。






……同時に、最終的には桐生が八霧の隣に立っていたことも、ハッキリと覚えてしまっている。


 だるそうに野菜を切る桐生と、少し嬉しそうに鍋を振るう八霧。そして皿を並べるだけのオレ。




料理なんてまるでできないのに、変な見栄がでてしまったオレが悪いんだが、自分としては少々苦々しい記憶である。


余計なことを思い出してしまったかもしれない。正直言って、ちょっとへこんだ。




「~~~~♪」




 そんな過去の黒歴史を消去したい思いに駆られていると、不意に鼻歌が聞こえてきた。


 テレビの音楽かとも一瞬思ったが、今見ているのはニュース番組であるため、その可能性は瞬時に捨てた。




 そもそも歌が聞こえてきたのは背後であり、スピーカーを通したものではない肉声だ。


 となると、歌っているのは…




「雪代か」




 こっそりと振り返ってみると、やはりといえばいいのだろうか。


 機嫌よさげに調理を進める、エプロン姿の女の子がそこにいた。




「フンフンフフーン…」




 グツグツと鍋の煮える音に混じって聞こえてくるのは、トントンと包丁で野菜を刻みながら歌う雪代の声。


 見た目は料理をするどころか、キッチンにすら立ったことのなさそうな深窓のお嬢様然としたものなのに、実際は真逆だ。


自然体で作業をこなす姿は明らかに手馴れたたもので、そこからは堅苦しい雰囲気を微塵も感じることはない。




「ああしていると、普通の女の子って感じだな」




 前へと向き直りながら、そんなことをふと思う。


 流される形で家に上がることになったが、この場に流れる空気は決して悪いものではないと、そう感じていた。

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