第4話 両家の思惑
「道具、か。雪代は自分のことを、そう思っていると?」
「有馬くんは違うんですか?この場に来た以上、ある程度は事情を聞かされているんでしょう?」
尋ねたつもりが、逆に聞き返された。
だが質問からして、彼女の中ではそういう認識に違いないのだろう。
「オレは大した話は聞かされていない。せいぜい雪代との婚約が決まったことくらいしか言われてないな」
「そうですか。聞くことはしなかったんですか…なんて言うのは野暮ですね。では、今回の婚約の経緯なども?」
「ああ。雪代の家との繋がりも知らないし、なんでそもそもなんでオレにこんな話が持ってこられたのかすらわかっていない」
「なるほど…」
隠すほどでもないので正直に答えていく。
別に意地を張るところでもない、後で互いの認識に齟齬が出るほうが厄介だ。
雪代は納得したように頷くと、軽くため息をついた。
「有馬くんには詳しい話を通されていない、と。私に与えられた情報とだいぶ差がありますね。そちらの家の都合もあるのでしょうけど、方針の違いなのでしょうか」
「かもな。ただ、家のことには別に興味もない。じいさんが亡くなってからは父とは普段ロクに話すこともないし、そういうものだと捉えていた」
別にオレがあの家を継ぐわけでもないのだ。
雪代家の思惑もおおよそは察しがつくし、興味を引かれないというのが本音だった。
「ドライですね。自分のことだというのに」
「今回の件も大方察しがつくからな。当主だったじいさんが去年死んで以降、引き継いだ父はだいぶ忙しそうだった。うちは元々敵もだいぶ作っていたそうだから、代替わりしたことで新たに味方も作らないといけない。この婚約はそのための地盤固めみたいなものだろ?互いの子供を結びつけることで家同士の繋がりも強くする。要は昔ながらの政略結婚だ」
違うか?そう尋ねると、雪代は目を丸くしていた。今日初めて見せる表情だ。
「その通りです。よくわかりましたね」
「そうでないと中学生にこんな話を持ってこないだろ。時期を考えれば辻褄も合う。雪代の家は随分と信頼されているみたいだな」
オレがそう言うと、彼女はゆっくりと頭を振る。
ここにきてようやく正座に戻ってくれたのが、地味にありがたかった。
こちらもこれで、ようやく話に集中できる。
「家自体はそれほどでもないんですよ。祖父の代で多少財産を築いた成り上がりだそうです。ただ、父は貴方のお父様の同級生だったそうですから、色々とそちらの内情には詳しかったらしく…今回の話を持ちかけたのだそうです。事業の拡大を狙う父にとって、見逃せないチャンスだったのでしょう」
弱みに漬け込んだ形になったわけか。
先ほど挨拶を交わした雪代父の見た目は若々しい壮年の実業家といった印象を受けたが、どうやら相当のやり手らしい。
なおかつ手段を選ばないタイプでもあるらしく、こうして娘を差し出してくるのだから、なかなかに狡猾だ。
まぁどんな事情にせよ、了承した父も相当にあれなのだが。
オレも雪代も、家の都合に振り回されていることに変わりはない。
「お互い苦労しているわけか」
「ええ、本当に。今の時代にこんなことになるとは、夢にも思いませんでした」
雪代がどこか自嘲するかのように呟く。
むしろ被害者の立場だろうに、彼女なりに負い目を感じているのかもしれない。
(話を変えたほうがいいかもな)
ここまであまり気分のいい会話ができていないことは分かっていた。
おおまかな経緯を理解した今となっては、仕切り直すために話題をずらすのもありだろう。
「そうだな、オレも同意見だ。というか、こうして家の都合でここにいること自体が有り得ないと思ってた」
ここまでほとんど聞き役だったこともあり、オレは少し自分の話をすることにした。
「そもそもの話、オレは中学卒業とともに家を出ることで話がまとまっていたはずだったんだ。今回の婚約話は完全に寝耳に水だった」
「そうなんですか?高校はもう決めてますよね?」
「ああ。入学が決まったら、父親の所有してるマンションから高校に通う予定だった。その先のことも一応話は通していて、承諾をもらっていたんだがな」
大学卒業までは経済的な面での負担は担うよう約束は取り付けてあったし、それを差し引いても祖父が遺してくれた遺産があったため、普通に暮らしていくには事足りると踏んでいた。
「反故にされた、というのは少し違いますか。進学はできるし家からは離れられる。それらに関しては約束通りだったけど、将来の相手に関してはなにも取り決めはしていなかったわけですね」
「そういうことだ。さすがにそこまでは考えていなかった。完全に想定外ってやつだ。こうも逃げられないようにお膳立てされちゃこっちとしてはお手上げだな」
それだけに今回の件は、完全にちゃぶ台をひっくり返された気分である。
雪代はオレの話を興味深そうに聞いていたが、得心がいったのか膝を軽くポンと叩いた。
「最後の最後で逃げきれなかったと。それはご愁傷様です。ちなみに両家のお膳立てに関しては、もっと悪いニュースがありますよ」
聞きたいですか?と尋ねてくる雪代の口元は皮肉げに笑っている。
肌も白く、綺麗な顔立ちをしていると思っていたが、こういうシニカルな顔をされるとまた別の印象を受けるな。
「悪いニュースってなんだ」
嫌な予感はあったが、オレは尋ねた。
話を変えるつもりだったのだが、むしろヤブヘビだったかもしれないと思いつつ。
「家を出るつもりだったとのことですが、貴方のお父様が所有するマンションの部屋は二つあるらしいですよ。新築となれば結構な額がかかったでしょうに、流石といったところでしょうか」
言い終わると同時に、クスクスと小さく笑う雪代。
なんでオレも知らないことを知っているのかと疑問が湧くが、それはすぐに氷解することになる。
「一室は有馬くんとして、さてもう一つは誰が住むことになるんでしょうね」
「……謎かけにしては分かりやすすぎるな」
「将来を考えたうえでの処置らしいですよ。本音はただの厄介払いでしょうにね。まったく、笑っちゃいますよ」
ネタばらししたのがよほど面白かったのか、随分と愉快そうだった。
対するこちらは渋面だ。つまり知り合ったばかりの名ばかりの許嫁とふたり、仲良くしろと。そういうことか?
オレはなにも告げられていないんだが。しかもまだ裏がある。
雪代は知っていたようだが、今回の一件は…
「オレの知らないところで、この話はとっくに決まっていたということか」
「そういうことです。さらには有馬くんの受験する予定の高校に私も入るよう言われていたりしますね。あぁ、願書も既に送ってありますのでご心配なく。受験日にはもしかしたらすれ違うくらいはあるかもしれませんね」
そのときは一応他人のふりをしておいてくださると助かります、なんて言葉が聞こえてきたが、オレには既にどうでもいいことだった。
本当の意味で、今回の見合いは顔合わせ以外の何物でもなかったらしい。
水面下でとっくに話は進んでおり、こうして事前に雪代と引き合わされたことは、いわば両家にとっては温情のようなものなのだろう。
何一つ嬉しくもないが、これから先一緒になるんだから今のうちに仲良くしろという、父親からの無言のメッセージ。
受け取りたくないし、できることなら今すぐにで突っ返したい。ありがた迷惑にもほどがある。
「参ったな…」
「参りましたね、本当に」
そう言う雪代は全く困った風でもない。
ひとり息を吐くオレをどこか興味深そうに見つめている。
「本当にそう思ってるか?」
「思ってますよ。ただ、少なくとも私は有馬くんで良かったとは思っています。ずっと年上の人だったり、チャラチャラした人だったら本気で嘆いていましたし。その点貴方は誠実でいい人そうです。お父様とは違いそうですね」
それは皮肉で言っているんだろうか。
というか、こちらの事情をよくご存知なことで。やはり相当に食えない性格のようだ。
(この子と結婚、か…)
こうして対面してみて初めてわかることもある。
コロコロと表情が変わるのは見ていて飽きることはないが、上手くやっていける自信が正直ない。
悪い子には見えないが、色々と振り回されそうだ。
「そりゃどうも。オレはなんとなく、苦労しそうな気がするよ」
オレが雪代に最初に抱いたのは、そんな感想だった。
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