第2話 写真越しでの出会い
オレと雪代朔夜の出会いは偶然ではなかった。
ましてや運命というわけでもなく、互いの都合を一切無視された意図的なものだ。そこにオレ達の意思が介入することは許されていなかったのである。
大人の都合。一言で言ってしまえばそれに尽きるだろう。
それで納得できるかどうかは、また別の話であるというだけだ。
事の起こりを説明するには、高校入試を控えた中学三年の冬にまで、時間を遡ることになる―――
「志貴、お前の婚約が決まった」
その日は肌寒い風が吹いていたことをよく覚えている。
オレが住んでいる離れに父がやってきて、そんなことを告げられたのだ。
事情がまるで飲み込めず、オレは思わず聞き返していた。
「婚約…?」
「そうだ」
そうだと言われてもな。相変わらず父は要件を手短にしか話さない。
ちょうどその時のオレは囲炉裏を炊いて、コタツに入りながら受験勉強をしているところだったのだが、いきなりの通告に正直かなり戸惑っていた。
もう少し情報がないと推測の仕様もない。
「…なんでオレなんだ」
「先方からの提案だ。お前が都合が良かった」
都合、か。どうやらその先方とやらも、ロクな事情を抱えていないらしい。
確かにそういう話がきてもおかしくない家柄ではあるが、よりによってオレを選ぶとは。
オレはまだ中学生であり、結婚できる年齢でもない。そもそも未成年だ。
今のご時世で15の子供、それもいわくつきの人間にわざわざ婚約を持ちかけてくるあたり、まともな縁談でないのは確かなようだ。
「相手は?」
「お前と同じ年の少女だ。詳細はこれに書いてある、目を通しておけ。週末には顔合わせだ」
そう言って父は一冊の冊子を手渡してくる。
厚手の白い台帳に金の縁取り。厚みはないのに、見かけは随分と豪勢だ。まるで見合い写真のようである。
……いや、比喩ではなく事実そうなのか。
そう思うと、なんだか急にズッシリと重さを増した気がする。
しかし週末には会うことになっているとは、随分手回しのいいことだ。
父親の手際の良さに、思わずため息が漏れてしまう。
「受験勉強があるんだけどな」
「お前の学力なら問題はないだろう。当日は9時には家を出る。準備をしておけ」
それだけ告げると、父はすぐに部屋を出ていった。
こちらの意見に耳を貸すつもりはないらしい。
まあ最初からわかっていたことではある。特に失望もしなかった。
彼はオレの住まう離れには基本長居をしないが、あの忙しなさには息子ながら思うところがあるのは否定しない。
「まぁ言ってもどうしようもないことか」
コタツの上へと冊子を置きつつ、オレは囲炉裏へと足を向ける。
そこには網にかけていた餅がある。ちょうどいい焼き加減となっていて、父がもう少しここにいれば食べることを勧めることもできたかもしれない。
もっともいたとしても、あの人が食べていくことはないのだろう。
そのことを今さら残念とは思わないが、なんとなく勿体ない気もしていた。
「さて、と…」
気を取り直して皿に餅をくべると、オレはコタツに入り直し、改めて冊子を手に取った。
片手持ちでの確認は多少失礼な気もしたが、きっと向こうも似たようなことをしているだろう。
同い年というのなら、中学のこの時期は受験を控えているはずだ。
ただでさえ忙しいうえに、周りも張り詰めているタイミング。
親だろうが邪魔をして欲しくないとストレスを溜め込み、ピリピリしている人間は多い。
そんな中で突然持ち込まれた縁談。
ましてや女子というのなら、相当ご立腹に違いない。
しかも見合い相手はオレときた。向こうからすれば不運すぎて、なんだか同情したくなってくる。
最悪その見合いとやらで相手方から白い目を向けられることくらいは覚悟をしておくべきかもしれない。
理不尽なことだと嘆きながら、オレは冊子を開いたのだが―――
「…………へぇ」
思わず感嘆の声が漏れる。目に飛び込んできたのは大判で撮られただろう、一枚の全身写真だ。
特別なにかを期待したわけでもなく、ただどんな相手なのかを確認しようとしただけなのだが、そこに映っていた人物があまりに予想外だった。
有り体な言い方をすれば、見惚れるほどの美少女がそこにいた。
真っ直ぐ正面を見つめる顔のパーツは人形のように整っており、カメラのファインダー越しであっても顔の造形の良さが見て取れる。
碧眼の瞳も綺麗なものだ。
ややタレ目がちで穏やかな印象を受けるが、どこか覇気が見受けられないのが、少々気になるといえば気になるが。
写真を通してこちらを見据えているようにさえ感じてしまう。
まぁこの写真を取った事情を考えると、色々察するものがあるので、特に言及することはない。
人によってはクールなタイプに見えるだろうし、少なくともこの子に限っては、決してその魅力を損なうわけではないからだ。
これだけでも十分すぎる魅力を秘めているように受け取れたが、なにより目を引くのが彼女の髪色だ。
これまでの人生において、一度も見たことのない銀の髪。
日本人離れしたプラチナブランドは多くの人の目を引くことだろう。
背筋もしゃんとしており、スタイルも良さそうだ。
見た目だけなら、欠点らしい欠点が見受けられない。本当に同じ人間なのかと、そう思ってしまうくらいに。
少なくともオレが見てきた誰よりも綺麗な子であると断言できるくらいに、写真に映っている少女の容姿は飛び抜けていた。
「それだけに、なんというかご愁傷様だな…」
おそらく彼女の通う学校では、この容姿だけで数多の男子の目を奪っているはずだ。
恵まれた美貌を持っていながら、この話を持ちかけられた時のこの子の心情は、想像して余りある。
誰かしら付き合っている生徒がいるかまでは知らないが、少なくとも男は選り取りみどりだろう。
選ぼうと思えば、どんな相手だって選べる側の人間。そんな印象をオレは受けた。
「これは本格的に恨まれる覚悟をしておくか」
それだけに、こんな早々に将来の相手を決められるという家庭環境には、素直に同情してしまう。
あちらにどんな事情があるにせよ、オレが婚約相手とやらに選ばれたことに変わりはない。
ならせめてその怒りの矛先くらいにはなるべきだろうかと思いながら、写真の下へと目を移す。
そこには大きな筆記体で4つの文字が記されていた。
おそらくこれが彼女の名前なのだろう。
指先で軽くなぞりながら、オレはその名前を無意識のうちに読み上げていた。
「雪代朔夜、か」
これがオレにとって、初めて雪代朔夜を認識した瞬間。
彼女との出会いはオレ以外誰もいない、小さな部屋の中の写真越しでのことだった。
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