オレの許嫁になった女の子が愛を知らずにひねくれててめんどくさい件
くろねこどらごん
第1話 少し未来のプロローグ
「
昼休みのことだ。校舎裏へと呼び出されたオレは、女の子に頭を下げられていた。
何事もなく終わった午前の授業。
チャイムが鳴り、先生も職員室へ戻った姿を見届けた後、購買で昼飯を買おうと教室を出たところで、彼女に声をかけられたのだ。
恥ずかしげに顔を俯かせたこの子に付いてきてほしいと頼まれてここまできたが、その時点で疑うべきだったかもしれない。
誰から見てもまごう事なく、オレは告白されていた。
「そう、か…」
どう応えるべきだろう。目の前の女の子は、少なくともオレからみれば可愛いと思う。
肩口で切り揃えられたセミロングの髪は綺麗なものだし、他の同級生と比べても顔のパーツは整っている。
見覚えがあるため、きっと同学年でもあるはずだ。
そんな考えが頭を巡り、どのように返答するか一瞬迷う。
だが、結局答えは変わらない。
「ごめん。オレは、君とは付き合えない」
ただ短く、それだけを告げた。
自分では余計なことを言ってしまい、彼女のことを傷つけるだけだろう。
告白を受け入れる以外にこの場でできる、オレなりの誠意の見せ方だった。
「っつ…わかり、ました…ごめんなさい…!」
だけど、オレは間違ってしまったようだ。
彼女の顔は、悲痛そうに歪んでいる。
告白前は緊張からか、あれほど赤らんでいたというのに、今は青ざめ、口元を強く噛み締めていた。
大きな目からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。
それでも懸命に泣くのを堪えている様は、心にくるものがある。
(失敗したな)
ショックを受けているのは分かるが、ここまでとは。
オレの目の前で泣くわけにはいかないと、必死に耐えているのがわかってしまう。
「……悪い、そういうつもりじゃ…」
「いえ、私、大して仲良くもないのに、こんなことを急に言ってしまって…」
つい言い淀んでしまうが、そんなオレを見て目の前の女の子は笑おうとしていた。
オレを安心させようとしているのかもしれない。
それだけでも、優しい子なんだろうと推察できる。こんな状況だというのに、頭の中は冷静だった。
「っつ…ごめんなさい、それじゃ私もう行きますので…!」
それだけ言って、彼女は駆け出した。振った相手の顔など、もう見たくなかったのだろう。
後ろ姿が見えなくなるまで、こちらを振り返ることはしなかった。
「…………」
オレはその背中を、ただ黙って見送っていた。
かける言葉もなかったし、こういうことには慣れていない。
多分、いつまでも慣れることはないだろう。
そんな中で、ふと思う。
彼女はオレの何処が良かったのだろうか。
顔だろうか。声だろうか。
あるいは人づてに聞いた噂でも鵜呑みにしたか。
恋に恋がれてということも可能性もあるかもしれない。
高校生同士が付き合って、最後まで仲瞑まじいまま結婚するなんて話は少ないと聞く。
互いに何らかの事情が生じ、別れを選び、それぞれ別の道を進むというのは、ごく当たり前のことだとも。
その先でまた出会い、ハッピーエンドを迎えることも有り得ないとは言わないが、確率は低いだろう。
そんなものは物語の中だけの世界だ。
少なくとも、オレは再び巡りあった者同士が幸せになったなんて話を知らない。
「互いに好きあっていたとしても、上手くいくなんて限らないんだしな」
障害になるものなんてたくさんあるのだ。
環境にタイミング、家柄に家族など、例を挙げれば枚挙に暇がないだろう。
それを乗り越えたとしても、彼らの間に生まれてくる命が祝福されるかは、また別の話だ。
……まぁこのことはいい。あとは彼女が自分よりもっといい相手を見つけてくれることをただ祈ろう。
そんな相手はいくらでもいるのだろうけど、それくらいしかもうオレにはできることはないのだから。
だけどそうするには致命的な問題があることに、オレはここでようやく気付く。
「……しまった。あの子の名前、覚え忘れた」
名前も知らない相手のことを祈ったところで、神様は聞き届けてくれるのだろうか。
「参ったな…」
やはりオレは、どこか抜けている。
このことが知られたら、また呆れられそうだ。
誰にも言わないでおこうと、そう決めた。
「――――で、告白された相手のことを考えてたら、うっかり購買行くの忘れてしまったってか?相変わらず抜けてんな、おい」
そう決意した一時間後。
オレは友人の
何故か告白の経緯が筒抜けになっており、教室に戻った途端捕まって、ここの場所まで引っ張りこまれたのだ。
「悪いか」
「悪くはないさ。ただお前のそういうところを見たら、その子はどう思うだろうな」
辺りには既に生徒の姿はない。下からはチャイムの音が鳴り響き、午後の授業の始まりを告げている最中だ。
今頃教室には数学の教師が到着し、出欠の点呼を取っている頃だろう。
オレは足元に置いていたビニール袋へと手を伸ばした。
「……不可抗力ってやつだ。それにちゃんとパンは買えたぞ」
オレ達がいないことにも気付いているだろうけど、今さら階段を駆け下りたところで怒られるだけだ。戻る気はしなかった。
悪友に無理矢理連れてこられた形だったが、サボりたい気分というのもたまにはある。
「余りもんのコッペパンじゃねぇか。クソ不味いって評判だぜ。そんなもん俺なら買わねぇな」
「味なんて気にしない。腹の足しになればそれでいい」
オレは友人の言葉を無視して封を開けると、評判が悪いらしいパンへとかじりつく。
パサついた感触を噛み締めながら、空いた手で野菜ジュースのパックを取り出し、ストローを突き刺した。
そのままジュースを喉へと流し込む。簡素な食事だったが、とりあえず午後を乗り切れるだけ満たされるなら十分だった。
「まぁ有馬がそれでいいならいいけどよ。で、今回の相手は1組の佐伯だったか?勿体ねえな。俺から見ても結構な上玉だぜ」
なにが気に食わないんだかと呆れているようだが、オレからすれば桐生の言い方もどうかと思う。
悪い奴ではないのだが、歯に衣を着せぬ話をするのがこの友人の欠点だ。
見た目も少々ガラが悪く、良くてホスト。悪くてインテリヤクザといったところだろう。
カタギでやっていけるのかが、少々気になるところである。
ただ、訂正することはしない。友人のこういう率直なところを、オレは存外気に入っていた。
「容姿に関しては特に気にしていない。ただ、付き合いたいと思わなかっただけだ」
「相変わらず色男の発言だねぇ。お前知ってるか?学年で一番のイケメンは有馬だって言われてるらしいぞ。顔よし、頭よし、運動もできるときたら、他のやつらからすりゃ戦々恐々だな。お前さんがフリーな限り、自分の好きな子を取られたらどうしようって怯えるぜ。女子からすりゃクールに見えてかっこいいんだとさ、ククッ、こいつがねぇ」
クツクツと笑う桐生の顔は、なんとも愉快げだ。
なにが楽しいのやら、オレがたまに告白された話を聞きつけると、こうして誘い出されて話を聞き出されることがちょくちょくあるのだ。
その時は今のように大抵授業をサボることになるのが、入学してそう時間が経っていない一年生の行動としては、あまりよろしくないだろう。
「そんなこと言われても困るんだが…」
「まぁ半分冗談ではあるけどな。お前は話すとボロが出るタイプだ。もうちょい時間んが経ちゃ、女子はそれに気付いて引いてくだろうさ」
「的確な分析だな。ならその時が早く来ることを祈っとくよ」
「おう、我慢しとけ。それまでは男版高嶺の花ってやつだな。いっそ髪でも染めて、イメチェンするっていう手もあるぜ」
思うところはあるのだが、こうして友人とともに周りを気にせず過ごす時間は嫌いじゃない。
ただ、こうしてからかわれることも多いため、そういう場合はあまりいい気分がしないというのもまた本音だった。
「勘弁してくれ…」
「ハハッ、相変わらずお前はこの手の話には食いつきが悪いな。もう少し乗ってくれたほうが張り合いあるんだが、まぁ有馬にそれを求めるのは酷か」
気を良くするのは勝手だが、こっちとしては別に面白くもない。
「これ以上いじってくるようなら、オレは今からでも教室に戻るからな」
「悪い悪い、もうしねぇよ。しっかしどうして付き合おうともしないんだかな。佐伯でダメとなると…おっ、ちょうどいいタイミングできたな」
そういうと、桐生はフェンスへと背を預けて親指でクイと校庭を指さした。
釣られてそちらに視線を向けるが、そこには体育の授業を受けるために生徒が集まっているようだ。
遠目から見て一様に学校指定のジャージ姿のため、あの中で特定の人物を見分けることは難しいことだろう。
―――ただひとり、彼女を除いては。
「雪代か…」
意識せず、その名前は零れ落ちていた。
本当に小さな呟きだったから、きっと聞かれてはいないはずだ。
離れていても一際目立つ、透き通るような銀の髪。
人形のように整った端正な顔立ち。
彼女を囲むように集うクラスメイトの中に置いても、明らかに容姿が飛び抜けている。
絶世の美少女といっても過言ではないのだろう。目を惹かれる存在がそこにいた。
「
どうだ?とからかうように聞いてくる友人の話は、もう耳に入っていなかった。
なにかに気付いたようにこちらを見上げてくる雪代と、一瞬目が合ったからだ。
それは気のせいかもしれなかったが、確かに彼女はオレを見ていた――ように思う。
「――――」
「おい有馬、聞いてんのか?」
「ん?ああ…」
さらに言えば口を動かし、なにかをこちらに伝えようとしていた気もするが、それも勘違いだろう。
雪代から目を離し、桐生へと向き直る。
「確かに可愛いんだろうが、特に関わりもないしな。話したこともない相手じゃ、なんとも言えない」
「面白みのねぇ答えだな。ま、らしいっちゃらしいが」
オレの無難な答えに桐生は特に反応も見せず、それ以上なにかを言ってくることもなかった。
元々話のタネ程度にしか思っていなかったのかもしれない。
こちらからも彼女に関してなにか喋るつもりもなかったため、助かったといえば助かったが。
「んじゃ当分はフリーってことか。それなら今度は釣りにでも行くか?あるいはこの前のゴールデンウィークみたいに、ちょいと遠出してみるって手もあるな」
「お前こそ彼女はいいのか。八霧に怒られるのはオレは嫌だぞ」
「俺のことはいいんだよ…」
話題がそれると、オレ達はそのまま取り留めのない会話を交わしていく。
空は青く、心地よい風が吹き抜ける中で、気ままに過ごすというのは、存外悪くないないものだ。
そんななか、ふと気になって、オレは再度校庭へと目を向けた。
もっとも、その時にはもう彼女はこちらを見てはいなかったが。
「…………」
授業自体が始まっているようで、軽くグランドを走っているようだ。
綺麗なフォームで先頭を駆け抜けている。彼女の長いストレートの髪が風に乗って靡くたびに上下しており、見学をしている男子たちも目を奪われているようだ。
その視線は顔より下、特定の部分に注目しているような気もしたが、それは遠目から見ているから判別がつかないことにしておいたほうが彼らのためでもあるだろう。
どちらにせよ、雪代に釘付けになっていることには変わりはない。
「おー、男子は鼻の下伸ばしてら。まぁそうなるわな、お前と違って、ありゃ本物の高嶺の華だ。空気が違う。うちみたいな私立にいるのも、おかしな話だもんな」
「そうだ、な」
確かに雪代朔夜にはそういう華があるように思う。
手の届かない高嶺の華とでもいうべき、一線を画するなにか。
「雪代ね…」
もう一度、オレは彼女の名前を口にする。
特に理由はないのだが、終了のチャイムが鳴るときまで、その姿をなんとなく見続けていた。
今日は少しだけ遠回りして帰ることにした。
なんとなくそんな気分だったのだ。帰り道の風景を眺めるのは好きだった。
歩く道を一本逸れれば、別の世界が見えてくる。時間によっても見えてくるもの、聞こえてくる音がまるで違う。
カンカンと甲高い音を奏でる電車の警報機にも慣れてきたし、街中を行き交う人の多さも、そう悪いものじゃない。
家に向かうまでによく通る商店街。
幾多の店が立ち並ぶため、当然さらに人波が増えるが、すれ違うたびに聞こえてくる雑踏や雑音を通し、この場所に生きる人の考えや流行に関して僅かながら触れることができる。
それが最近では、密かな楽しみになっていた。
そうしてアーケードを抜けた後、オレは横道へと逸れる。
大通りと比べると少し細い道だが、街灯も等間隔で設置されており、整備もしっかりされていた。
夜道もそう危険ではないことは、何度かコンビニに通っていることから分かっている。
その先は住宅街が広がるが、目的地はそこじゃない。
少し手前にある、去年できたばかりの新築のマンションだ。
そこがオレが現在暮らしている場所だった。オレ以外住む人間は誰もいない、一人暮らしの2LDK。
広々としたリビングに寝室。使う予定のない空き部屋まであり、普通の学生にとって贅沢な住まいといえるだろう。
以前暮らしていた実家の離れとは比べるまでもない間取りの広さであり、正直部屋を持て余していたが、住むだけなら特に問題はなかった。
強いて言うならその広さから掃除が少し面倒ではあるが、それはそれで綺麗にしたときはなかなかに気分が良くなるため、休日の午前中はよく掃除で時間を潰している。
何事も考え方次第だ。住めば都というやつだろう。
「さてと…」
エントランスにたどり着いたオレは、そのままエレベーターの前まで歩いていき、側面の下降ボタンを押し込む。肩にかけたカバン以外は今は手ぶらだ。
途中図書館に寄って借りてきたハードカバーの小説が、立ち止まったことでその重みを増していた。
「――――」
オレはぼんやりと頭上の階数表示の数字を眺め、1階が表示されるのを待つことにする。
スマホをいじるには待ち時間は中途半端で、わざわざ取り出すのもなんとなく面倒だった。
「まぁ嫌いじゃないけどな、こういう時間も」
ようやく開いたエレベーターに乗り込んで、オレは自分の住まう階のボタンを押そうとしたのだが―――
「あ、待って下さい。有馬くん」
そこで声がかけられた。女の子のものだろう。鈴が鳴るような綺麗な声だ。
唐突に自分の名前を呼ばれたことで、思わず振り返る。そこにいたのはオレの見知った相手だった。
「ああ。そっちも今帰りだったのか」
「ええ。少し遅くなりましたけどね」
別にそう不思議なことでもない。彼女ならオレよりよほど友人も多いだろう。
知り合いということもあり、こちらからも名前を呼んだ。
「どこかに寄ってきたのか、雪代?」
「はい、少しばかり買い物を。ちょうどいいタイミングでしたね。私も乗るので少し奥までずれてください」
そう言いながら彼女はエレベーターに乗り込むとオレに変わって階層ボタンを押した。
行き先の階は一緒なため問題はないのだが、こちらからするとタイミングが少々悪かった気がする。
密室となったエレベーター内では逃げ場というものがないからだ。
少し身構えていると、やはりというか、雪代はオレを見上げてくる。
その目は少し怒っているようで、つい身構えてしまう。
「そういえば有馬くん。また授業サボってましたよね?屋上にいたのを見ましたよ」
案の定彼女の説教が始まった。やはり気のせいではなかったらしい。
しっかりとオレだと認識されていたようだ。
真面目な性格である彼女はこういうことに存外うるさい。
そして言っていることは正論であるために反論のしようもないのが肩身が狭いところだった。
これに関しては全面的にオレが悪いため、ひとまず非を認めることにする。
「たまたまだ。今日はそういう気分だった」
「……後で話は聞かせてもらいますからね」
目的の階に着いたため、一度話はお流れになるのは助かったのだが、この調子だと夕飯のときにまたなにかを言われるかもしれない。覚悟をしていたほうがいいだろう。
キンと音がして、ドアが開いた。
「有馬くんはなにか食べたいものはありますか?」
「特には。今日も任せる」
オレ達は並んで一緒に歩き出す。
互いに特に気取ることもない、自然体で接していた。
「またですか。たまには食べたいものを言ってくれるとこちらとしても助かるんですけどね」
「雪代の料理に不満はないからな。なんでも食べるよ」
「……そうですか。なら、まぁいいです」
そうして他愛のない会話を交わして互いの部屋まで歩を進めるのが、最近では当たり前の光景となっていた。
オレは改めて、隣を歩く少女に目を向ける。
雪代朔夜。学校で一番らしい同学年の美少女。
オレが住むマンションの隣部屋に住まう隣人。
そして、俺の許嫁である女の子だった。
「ん?なんですか、有馬くん。私になにかついてます?」
「いや、なにも。強いて言うなら―――」
風を受けて髪が一筋、彼女の顔に張り付いているくらいか。
「なんですか?急に黙って」
「いや、なんでもない。それらしいことを言おうとして、ロクなことが思い浮かばなかっただけだ」
なんとなく指摘するのが憚れて、オレは咄嗟に口を噤んだ。
下手な誤魔化しだと自分では思ったが、それでもどうやら彼女は肯定的に受け取ってくれたようだった。
「そうですか。相変わらず変な人ですね、有馬くんは」
そう言って雪代は静かに笑う。
初雪のように煌く銀の髪が、風で僅かに靡いていた。
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