第37話 プロの力。そして……




 澄み切った空に、照りつける太陽。蝉の鳴き声に風鈴の音。

 まさに夏を体で感じる事が出来た青森。それも気が付けばあっと言う間に最終日。

 今日の昼の新幹線で帰る事になる。


 本当なら、準備をしてばぁ……巴さん達にお礼を言うのが筋ってもんなんだけど……


「はぁ……はぁ……くそっ! まだだ……まだ終わらないっ!」

「そうかい? じゃあ……よっ」

「なっ!」


 スパッ


「これで俺の勝ちだね?」

「くぅー! 負けたぁぁ」


 何やってんだ? あんた達。

 そんな事を思いながら、汗だくになってる2人を椅子に腰かけ見つめる。

 その場所は宮原家の庭。バスケのゴールがある場所だ。


 そんな所で朝から激しい1対1を繰り広げていたのは、透白と……


「ははっ、まだまだだなぁ」

「マジで海さん上手過ぎですよ!」


 父さんだ。

 まぁ今日俺達が帰る事は知ってるし、チームの練習もないらしく……なぜか宮原旅館へやって来た。そして颯爽と1対1を提案。

 血気盛んな2人がノらない訳も無く、まず1人目の透白の出番が終わった。ったく、何で最終日に来るかね? 


 あぁ、女性陣は今頃中でオイルマッサージ習ってるぞ? 真也姉が勉強中で、それを教えてくれるって言ってたなぁ。どちらかというとそっちに行って俺も疲れを癒したかったんだけどな? 良い香りにマッサージ……最高じゃね?


「ふぅ。若干体が温まってきたかな?」


 ……とはいえ、やっぱりその上手さは本物だ。それはこのスコアが物語っている。

 11点先取、3ポイントの線はないからどこで打っても1点。そのくせ父さんが放った3ポイント辺りからのシュートは7本。その全てを決めている。

 そしてその結果は……0対11。1本のシュートも許さない。


 けど、逆にそんな状況で燃える男もいるんだよな?


「よっしゃ! じゃあ次は俺だ!」

「おっ、海真か?」


「いいか透白? 俺がお前の敵取ってやるよ!」

「ちっ、なんかムカつくけど……さすがに1点も取れずに負けるのは嫌だな。いけぇ海真! 若さを見せつけろっ!」

「おっ? いいねぇ若さ溢れるプレーか? でもな? それだけで勝てるほどバスケは甘くないぞ?」


 余裕綽々だな? でも父さんよぉ、海真はオフェンス大好き野郎だぜ? 舐めてると……


「ふははっ……じゃあ行くぜ?」

「かかってき……っ!」


 ほら、置いてかれるぜ? 


 これは海真が最も得意なパターン。一気にドリブルで抜き去る……振りをして、力を抜いてもう一度ダッシュ! 足にくるチェンジオブベースだ。前に見た時よりその落差は……


「よっと」

「っ……」


 激しく……


「終わりか? それ単体じゃそんなに怖くないぞ? 海真?」

「くっ……」


 なってるはずなのに、止めた? しかも完璧に?

 やべぇ、オフェンスもさる事ながら、ディフェンスも衰え知らずじゃねぇか。

 こりゃ……


「苦し紛れのジャンプシュートは良い餌食だぞっ」

「なっ!!」


「さて……次は俺の攻撃だな?」

「ぜってぇ止める!」


 これがプロの力って奴なのか?


 攻守交代。次は父さんがオフェンスの番だ。

 正直、こうなると海真は不利な気がする。上手い方ではあるが、ディフェンスはオフェンスより完璧とは言えない。対する父さんは……ある意味バランスが良い。いや? 俺が目指しているクイックスリーとディープスリー。それらを代名詞と言わしめている辺り……オフェンスの方が印象深いのかもしれない。


 とにかく……透白との1対1でも分かるように、外からのシュートは気を付けろよ?


「もうちょっと腰落とした方が良いんじゃないか?」

「ちっ……」


 いや? 良い判断だ。腰を落としたらジャンプシュートに反応できない気がする。俺達よりも少し背が高いとはいえ、そのシュートスピードは練習してる俺ですら足元にも及ばない。ドリブルを警戒して構えれば、リーチ差で届かない。その判断は間違い……っ!


 それは一瞬だった。

 何のフェイントもない、純粋に初速で抜き去るドリブル。目で追うのが精いっぱいで、息を飲むのすっら忘れてしまう。

 そして、


 ガコン


 豪快なダンク。

 これは……父さんの奴……


「なっ……」

「おいおいどうした海真? もしかして外のシュートに気を付けてればいいと思ったか?」


 まんまと裏……かきやがった!


「まっ、まだだ。まだ始まったばっかだっつーの」

「じゃあ、もっと楽しませてくれよ?」


 これは……一瞬でも気抜くなよ? 海真!




「っだぁぁぁ! 負けたぁぁ」


 あれから、何度もその攻防は繰り返された。

 ただ、その内容は圧倒的。その過程だけでも、結果でも圧倒的な差で……


「ふぅ。まだまだだなぁ」


 父さんの勝利で幕を下ろした。それも透白と同じ0対11。まさに完封完勝だ。


「さてさて、まず透白?」

「あっ、はい」


「ちょっと身体能力に頼り過ぎだな? オフェンスはともかく、ディフェンスもどこか勘と、動いた後に追い付こうっていう自分の反射神経に頼り過ぎてるな。ディフェンスは駆け引き。今はそれで通じるかもしれないけど、上に行ったらどうなるか。相手の心理を読み解いてこまか動きまで観察すれば、もっと楽になるぞ?」

「うっ……観察……ですか……」


「自分がオフェンスだったらどう動くか、それも含めて頭を使う。そうすれば、もっと上手くなれる」

「くぅ、精進します」


 ……的確だ。小馬鹿にしたアドバイスでもするかと思いきや、かなり具体的だ。しかも細かく分かりやすい。


「次に海真?」

「げっ……」


「げっ……とはなんだ。お前はまずディフェンスはダメダメ。透白と同じく頭を使え。もっとしつこくついてこい。諦めるのが早い気がする」

「うおっ、きっつ……」


 確かに同じ事を言いたいはずだけど、さすが息子には厳しいな。


「あとオフェンス! お前がフェイントもチェンジオブベースが得意なのも分かる。ただ、今のお前は……そうだな? 100か0のどちらか」

「は? それってどういう……」


「ドリブルにしても、完全に止まるか最大速度か、結局その繰り返しだ。つまり、その速度差に慣れればもはやそれはチェンジオブペースじゃなくなる。動くスピードをもっと細かく意識しろ。100と0だけじゃない。50パーセントの速度……贅沢言うと25パーセント刻みの……自分のスピードを覚えろ」

「細かくって……」


 ……そうか。海真はその言葉の通り、その速度の落差があればディフェンスが守りにくいと思ってる。けど、いくらその差があってもそれに慣れればおしまい。そのドリブルスピードを細かく調整して、組み合わせる事で、慣れさせない。それが大事って事か……


「それが出来れば、お前のオフェンスの幅はもっと広がる」

「はぁ……了解だよっ」


 その言う事には説得力がある。むしろ、その結果を目の当たりにすれば誰だって信用する。

 透白と海真。この2人が全く歯が立たない。お世辞抜きで、高校生の中でも上手い2人だぞ? それもまた、ちょっと信じがたい光景ではあるけど……


「じゃあ次は……」


 やっぱりこう……


「こいっ! 湯真!」


 なりますよね?


「わかった」


 じゃんけんの結果、先行は父さんになった。ボールを渡すと何やら不敵な笑みを浮かべる。


「ふぅ……結構あったまったな。本調子になって来たぞ? 悪いな湯真」

「そりゃ結構」


「じゃあ行くぞ」

「はいよ」


 注意すべきは外からのシュート。けど、そうするとさっきの海真の様に抜かれる。ここは……やっぱり腰を下ろしてドリブル突破を警戒する。いくらなんでも確率的にはダンクやレイアップの方が高い。

 それでいて、シュートにも反応か……あのクイックシュートに反応出来るかは分からない。でも、俺だってここ数カ月体幹のトレーニングをしてきたんだ。


 ……やるしかない。


 まずは緩やかなドリブル。いや、ここからはなんでも出来る。まずは…………目が動いた? 右から抜くか?


「っ!!」

「おっ?」


 良し見切った……って! 切り返し? しかも速い!


「ちっ」


 でも何とか反応……えっ……


「よっと」


 そこからステップバック? 後ろに移動してシュート!?


 スパッ


 やられた。


「さすがディフェンス上手いだけあるな?」

「シュート決めといてそれはちょっと腹立つな」


 まさかの行動。けど揺さぶってからのステップバックは父さんの得意な動きではある。それを忘れていたのはマズかった。でも、切り替えないと。


 取られたら取り返すしかない。


「ほれ。1点でも取ってみろ」

「……」


 どうする……? 一見やる気の無い雰囲気に見えるけど……上手く力を抜いてあらゆる動きに反応出来る。いや、そんな雰囲気が醸し出されている。

 さすがに高校生でここまでの圧力出せる奴はいない。

 けど、乗り越えなければ……どうする? どうする?


 まだドリブルは……ついてない。不意をつく……オフェンス……オフェンス…………あれやってみるか?


 ただ単に賭けだった。大袈裟なフェイントも、動きもしない。ただ父さんなら見ている気がした。

 それは……目の動き。


 一瞬だけ右に目を向け、そして……


 そのままシュート!


 ブロックには来ない。そのボールはアーチを描いてゴールに向かって行く。


 スパッ


 そしてネットの乾いた音が辺りに響いた。


「よっしゃぁぁ」


 思わず口から零れた言葉。それは紛れもなく本心だった。

 1点を取れた、父さんから取った。それは確実に自分が成長しているという確信だった。


「ははっ、やるじゃないか」

「そりゃどーも」


「でも、まだ始まったばかりだぞ? 次行くぞ」

「了解」




 結局のところ、俺の見せ場はここだけだった。あとは……思い出したくもない。

 隙を見せない、油断しない父さんには手も足も出ず、そして終わってみれば1対11。完敗だった。


 そのあと、俺達は何度も父さんに挑んだ。考えてみれば1人に3人で挑むなんて卑怯なのかもしれない。ただ、父さんは文句も言わずに、最後まで付き合ってくれた。


 そして……結局俺達はあれから、最後の最後まで父さんから1点すら取る事が出来なかった。もう完敗も完敗。完膚なきまでの敗北だった。


 こうしてプロの力をまざまざと見せつけられて……俺達の青森で過ごす最後の日は終わりを告げた。


 悔しさと楽しさを……



 心に残して。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すくえあ・らぶ~恋愛成就の助っ人は、幼馴染であの子の妹!?~ 北森青乃 @Kitamoriaono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ