第35話 ダンク!

 



 5対5。それは試合形式の練習。

 その都度その都度、その意味合いは異なり……オフェンスのチェックやディフェンスの確認といった言わば予行練習。


 もちろん1つ1つ気が抜けないし、鳳瞭でもそれは同じだけど……


 今日は違う。


 黒前の練習に参加している以上、そのプレーを見知っているのは海真だけ。まぁ辛うじて透白も知っている事は知っている。


 だが、その殆どは一緒にプレーするのは今日が初めて。つまりいつも以上に、周りを見なくちゃいけない。瞬時にそのプレースタイルを見極めなければいけない。そうじゃないと俺達の居るチームは負ける。


 まぁ言い訳にしては良いかもしれない。

 仕方ない? 俺達が分かれると五分五分になるし?


 ……嫌だね。

 最初から負ける気でいてどうする? それは父さんが良く言ってた言葉だ。


 まさしくその通り、ハナから負ける気なんてない。全クォーター勝つよ? 


「じゃあ行くぞー」


 負けるのは嫌だからさ。


 ピー


 こうして始まった、試合形式の5対5。

 チームは1クォーターの10分が終わると、その都度不思木監督の指示で入れ替わる。そのメンバーによっては休みの人も出て来るけど……できれば休みたくはなかった。

 少しでも……黒前バスケ部員の特徴を掴みたかったから。


 いつもなら相手だけに集中すれば良い。でも今は、その味方の動きも観察しないといけない。


 どんな選手なのか、何が得意なのか。

 反射神経は? ジャンプ力は? シュートの精度は?


 体だけじゃない。脳までもが疲れる。

 けど、そんな滅多にしない経験は……確実に力になる。


 全国へ行けば、常連校は良いけど初出場校の情報は映像のみ。実際の動きは対峙してから分かる。その瞬間の分析・観察能力の差が……直に点差に反映されると言っても良い。

 その能力は鳳瞭で言えば、聖明がピカイチだ。あいつの指示から動きは格段に良くなる。


 ただ、先を見据えた時……誰もが鍛えなければいけないのも事実だ。


 体幹だけじゃない……このせっかくの機会を……逃すな!




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 はぁ……はぁ……キツい。


 かれこれ12回は繰り返しただろうか? 時間にして丸っと3試合分。

 しかもありがたい事に、不思木監督は俺達を一回も休ませてはくれない。いや、とは言っても流石に……


「じゃあ次は、海真君と湯真君が一緒で……」


 ……ほんっとありがたいねっ! まさかここまで俺の希望を叶えてくれるとはっ! ……はっ! もしや、疲れさせて弱点を……?


 弱点……弱点……なんだ? オフェンス? ヤバイ、そう考えると自分でも理解してない部分を見つけられそうで怖ぇ! だったら……全力で……弱点見せないっ!


 ピー


 汗の滴る頬。それを手で拭うと、俺達はまずオフェンスに向かう。

 相手のディフェンスは1人に1人が付くマンツーマン。そして俺に付くのは……


「ようやくマッチアップだな? 湯真」

「そうだな」


 宮原透白。

 普段は若干うるさくて、海真と馬鹿騒ぎしてる印象だけど……ハッキリ言ってその実力は本物だ。年代別の代表にも選ばれてるし、全体の能力で言えば……聖明とタメを張るくらいかもしれない。ただ……


 そんなに離れて大丈夫か? 俺はここからでも……撃つぞ?


 ディフェンスに関して言えば一段劣る。


 スパッ


「ちっ」


 ノッてる時は、いわゆる野生の動きみたいで怖いけど……それ以外は大丈夫。それに問題は、そのオフェンスだ。


 俺達のディフェンスもマンツーマン。そして透白に付いてるのは海真か。

 海真も下手じゃない。ただ、オフェンス大好き野郎だからディフェンスは少し苦手かもしれない。それでも抑えろよ?


 ……って!


「くっ……」

「よっしゃー」


 ノーフェイントのカットインで抜かれた!? しかもやっぱり純粋に初速が速い。身体能力お化けかよっ! しかも俺達より少し背高いだけなのに……


「うらぁ」


 普通にダンクかましてきやがる。

 こればっかりは……ヤバいな? 俺と海真が矛と盾なら、透白と聖明も同じだろう。どっちもオールラウンダーでキャプテンシーもある。


 でもなぁ……そんな奴らが近くに居たら、燃えない訳がないよな? 海真?


「海真! やられっ放しで終わる訳ないよな?」

「はぁ? 当たり前だろっ!」

「ははっ、じゃあお前に付くぞ? 海真!」


 だよな? だったら……


「望むところだっ!」


 やり返せよ?


 海真のプレースタイルは、さっきも言った通りオフェンス重視。とは言っても、ディフェンスが下手な訳じゃない。俗に言う攻めたがり。


 そしてその動きは、何とも言えない守り辛さがある。


「ちっ……」


 速さではまだ透白には勝てないかもしれない。けどあいつは……フェイントが抜群に上手い。

 足だけじゃない、上半身だけじゃない。それらを上手く連動させて相手を惑わす。それにあいつの場合はその視線さえもフェイントの1つ。


 更には、


「見え見えのジャンプシュートだ……なっ!?」


 攻めに繋がるムーヴも抜群だ。


 違うな。体勢を崩して、バックステップからのジャンプシュート……じゃない。シュート・ヘジテイション……ドリブルを止めてシュートを打つ振りをするフェイント。


 その全てが揃ったは……味方としては頼もしい。ただ相手になると、厄介でストレスが溜まる……最悪な相手だ。


 そして、相手が引っ掛かったら抜き去ってそのまま……


「しゃー」


 ってお前もダンク? 滅多にしないだろうよ……あっ……


「あ、痛てぇ」


 着地ミスってんじゃねえか!


「おい大丈夫か? 海真?」

「俺を騙した報いだっ」

「ははっ、こんなの余裕だって」


 そんなやり取りも含めて、今日黒前に来たのは俺達にとっていい経験になった。

 見知らぬ人達との練習とゲームが、ここまで楽しいと思ったのも初めてで、違った発見が出来たのも良かった。


 出来れば、もっとこうしていたい。そう切に思う程……俺は楽しさを覚えていた。


 ……けど、思えばこの時……



 既にそれは……始まっていたのかもしれない。



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