第29話 束の間の?




 あの決意を立ててから、気が付けば1ヶ月弱。

 それは着々と以前よりバスケに集中する事が出来た期間だと言える。


 凜桜パパの考えてくれた体幹メニュー。

 恋桜ママの作ってくれた栄養を考えつつも、筋力を高めるのに適した食事。

 日南さんのマッサージと、各部位に対するケアのアドバイス。


 それらが上手く噛み合ったおかげで、実際の練習でも以前より体の切れは増した。厳しい体勢からの復帰もスムーズになり、シュートフォームが崩れにくくなった。


 まだ満足のいくものじゃない。ただ、少しでも上達出来た……その実感は、更にやる気を漲らせる。



 そして、季節は夏。




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 突然だが、俺は夏が好きだ。眩しい日差しがどこが、やる気を引き起こすってのもあるかもしれないけど、それ以上に休みが長いのがその理由だ。

 少しだけ勉強という悪魔から逃れられ、部活に勤しみ楽しくも遊べる。服装だって簡単に決めれるから一石二鳥? いや? 一石四鳥。まさに1年で1番嬉しい季節で間違いない。


 そして、このクーラーの効いた中で食べるアイスも最高! なんて思ってたのに……


「そうね、これ! ……あっ!」

「恋桜? ……ドンマイっ! ふふふっ」


 どうしてこうなった?


「いやいやっ、それだとバレバレだって!」

「ちっ、違うわよ! もう……最後に勝つのは私だから!」


 どうしてこうなったんだ?


「はっ、早く海真から取りなさいよ湯真!」

「大丈夫だって、俺は持ってないからよっ!」


 どうして俺は……新幹線の中でババ抜きしてんだ?

 しかもなんで、凜桜と恋桜が居るんだよっ!


「湯真? 早く手札引かせなさーい。あっ、さてはジョーカー引いたな?」

「えっ、そうなの? ふふっ、ついてないわね? 湯真」


 なっ、なんでドヤ顔してんんだ? 恋桜の奴! なんか無性にムカつくな?

 あぁもう、なんでこんな事に? そうだ、あの日だ……あの日、父さんからの電話でおかしくなったんだ。




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 そう、あれは数日前の、それこそ夏休み真っ只中。

 俺と海真は、無事に優勝を果たしたインターハイの余韻に浸っていた時だった。


 修行のお陰かは分からないけど、インターハイ予選を危なげに突破した俺達鳳瞭。

 そして迎えたインターハイ本戦。あの関東大会以降、どこか目の色が変わっていたバスケ部皆の気合は、想像以上だった。


 2回戦、3回戦、準々決勝と余裕を持った試合運びで突破。そして迎えた準決勝で、あのセントリカル学院とぶつかった。

 まだ、満足のいく仕上がりじゃない。けど、どこまでも付いて行ってやる。


 そう思っていたものの、まさかヤニスが怪我をしていたとは。結局、ヤニス不在のセントリカル学院を圧倒し決勝へ。


 そのままの勢いで、俺達はインターハイ10連覇を成し遂げた。


 ヤニスとの再戦は出来なかったものの、連覇という目標を達成できたのは嬉しい限りだった。

 そんな時、父さんから電話があったんだ。


『よぉ、優勝おめでとう。夏休みだろ? 青森こっち遊びに来ないか?』


 毎年、父さんと母さんの実家には行っていたけど、その時期は毎年バラバラ。優勝と夏休みというのが重なった今が良いんじゃないかって事だと思う。


 とりあえず監督に聞くと、


『少し羽根伸ばすのもありだろ? お前達インターハイでは頑張ってくれたしな?』


 なんて言ってくれた事もあって、お言葉に甘えて青森へ行く事になったんだけど……




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「ふふふっ、どうしたの? 恋桜?」

「なっ、何でもないよ?」

「まさかジョーカー1巡したのかぁぁ?」


 なぜこの2人が?

 いやまぁ、父さんのお誘いあっての事だけどさ? 


『もちろん、居候でお世話になってるんだから、凜桜ちゃんと恋桜ちゃん、廉二君も誘ってどうだ?』


 確かにそう言ってたけどさ?

 まさか本当に来るとは思わないじゃん?


 しかも初花と廉二は明日で合宿終わるみたいで、後から来るって言うし……


 はぁ……


「はい、上がり」

「えっ? 湯真? お前……」

「嘘っ! やる気なさそうだったのにっ!?」

「やるねぇ、いや? 汚いねぇ湯真?」


 色々と大丈夫かな?




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 新幹線に揺られ、汽車に乗り越える事数時間。

 俺達が降り立ったのは、石白駅せきしろえきという小さな駅だった。


 残念ながら、新幹線の通っている青森駅からこの駅までは結構な乗り換えを必要としている。

 東京から青森まで新幹線でかかった時間プラス乗り換えの時間。それ故に、新幹線を降りてからが結構長旅だったりもする。なのに……


「うわぁ! きたきたっ!」

「なんか久しぶりだよねぇ」


 なんでここまで元気ハツラツなんですかね? てか、久しぶりって……来た事あるのかよ!


「久しぶりって、2人共来た事あんの?」


 ナイスだ海真。


「うん。小さい頃にね? 地名とかうろ覚えだったんだけど、パパとママに聞いたら確かにここだってっ!」

「一旦思い出すと、どんどん鮮明に蘇ってくるんだよねぇ」


 マジかよ。でも、毎年どっかしら旅行行ってたもんな? ここもその1つだった可能性は十分ある。


「えっと? ここからはどうやって行くのかなっ?」


 ただ、どういう形で来たのかは定かじゃないが、まだまだ長旅は……


「あぁ、ここからは……バスだ」


 終わってないけどな?


「「バッ、バス!?」」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 それから……バスに揺られる事、約40分。

 とうとう、目的の場所が近付いて来る。まぁ言うなれば、母さんの実家なんだけど、この道中が物語る通り、それこそかなりの山奥にある。


 ここに来た事のある2人は、聞くと駅から送迎車で来たらしいけど……俺達の両親は、


『どうせなら社会勉強も兼ねて、公共交通機関で行こう』


 なんて言って、いつもバスで来ていた。1度兄弟でブーイングしたら、


『じゃあ自転車で行こうか? ママ、学生の時石白駅まで自転車だったよ?』


 なんて狂気じみた提案をされたっけ。あの時の恐怖は忘れられない。


 ともかく、窓から見える景色に、湯けむりが見え始めると……そこはもう母さんの実家のすぐ近く。

 長かった旅も、ようやく終わりを迎える。そして……


「はぁ、着いたっ!」

「結構長かったねぇ」

「そうか? 俺達は慣れっこだよな?」

「まぁな」


 都合よく設置されたとしか思えないバス停。そこに降りると、もはや目の前。いつも思うけど、その光景はザ・日本の旅館という雰囲気が漂っていた。


「ヤバっ! これは……」

「うん。流石にこの光景は記憶にないかも……」


 大きな門、その奥に見えるのは木造3階建の立派な建物。



 その名前は、宮原旅館みやはらりょかん



 俺の母さん、雨宮……いや? 旧姓、宮原湯花の……



 実家だ。



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