第26話 その正体は




 ……状況を整理しよう。


 俺は今、さらなるレベルアップの為にここサン&ムーンを訪れた。

 有名なスポーツトレーナーであり、居候先の大黒柱。そして凜桜のお父さんである月城蓮。その人にアドバイスをもらう為に。


 しかし、いざ扉を開けると誰も居なかった。いや? だからってそのまま入るのもダメだと思う。だが……問題はそこじゃない。俺はまだ良いと思うよ? 凜桜パパとは小さい頃から見知った中で、仲も良い。可愛がってもらっている。


 それに比べて……


「まっ、マジで誰なんだこの人?」


 ソファに横になり、気持ち良さそうに寝息を立てている女の人。

 髪はちょっと長めでウェーブ掛かってるのか? パッと見……かなり若く見える。20歳前半? 下手したら高校生にも見えなくはない。

 身長は少し小さめか? てかTシャツがめくれてへそが出てる。風邪引かないのか……っ!!!


 そして……嘘だろ? へそに注目してて一瞬気付かなかったけど、これは……凄い山脈! 仰向けになっててもハッキリと分かる大きさ。まさに山脈と言って良い程。凜桜や恋桜も結構だと思ってたけど……それを上回る。


 ゴクリ……って! 何考えてんだよ。


 そっ、それと? 近くにはキャリーバック? どこからか来た? でもさ? そもそもどうやってここに? ここで働いてる人って意外と少ないから、顔とか名前は殆ど知ってるけど……この人は初めて見る。

 うん。てか……1度見たら簡単には忘れられないって。


 凜桜パパは居ない。でもカギは開いている。それなりに若い子……はっ! まさかっ!


 その刹那、頭の中に嫌な憶測が過る。

 誰も居ないのにオフィスに入れた。すなわち合いカギを持っている。ただ、ここで働いている人ではない。

 新しく入ったって可能性もあるけど、そんな新入社員が堂々とソファーで寝てるか? 泥棒にして有り得ないだろ? しかも近くにはキャリーバック。どこか遠方からここに来たって考えるのが普通だ。


 それなのに鍵を持ってる。鍵を持ってる=凜桜パパと関わりがある。


 と言う事は…………マジか? 自分で考えついたにも関わらず焦ってるんだけど? でもこれらを当てはめると、この考えがしっくりくる。


 もしかして……凜桜パパの愛人!? もしくは……隠し子!?


 それなら鍵を持ってるのも不思議じゃない。やっ、やばい。これは俺、最悪な時に来てしまったので……


「あれ? なんだ湯真君居たの?」

「ははっ、はいっ!」


 その時だった。突如として聞こえてきた声に、思わず声が上ずる。そして尋常ではない反射速度で振り向くと、そこには……渦中の凜桜パパが立っていた。


 やっべぇ……これはやばい。どどどっ、どうしよう。焦るな? 焦るな? ここは普通に普通に……そうだ。普通に行くべきっ! 良いな? 湯真!


「うおっ、どしたの? 1人かい?」

「すっ、すいません。凜桜パパに会いに来たんですけど、オフィスのカギ開いてて。えっと1人と言えば1人……です」


 正確には2人なんですけどねっ!


「おっ? 珍しいね。会いに来たって事は何か相談とかかな?」

「えっ、えぇ」


「なるほどなるほど。あれ? でもカギ開いてたの? 俺締めてった気がするんだけど……」

「そうなんですか?」


 こっ、これは……どうする? ここで誰か寝てますって言った方が良いのか……?


「おかしいな……って、湯真君? そこのキャリーバックって湯真君の……」


 バレたー! てか、気付きますよね? 横に有りますもんね? 隠れてないですもんね? しかも薄いピンクだから、


「ではないよね?」


 そうなりますよね!


「あっ、実は……ソファで寝てる人が……」


 そう言いながら、ソファに近付く凜桜パパ。この様子じゃ、当の本人も来る事を知らなかった様子。これは最悪な時に来てしまった……そう覚悟した。ところが……


「んー? あぁ。全く、お腹出して。彼女なら大丈夫。寝かておいて」


 思いもよらぬ言葉と、さっと服を戻してお腹お隠した凜桜パパ。その行動に理解が追い付かない。

 えっ? 寝かせて良い? 


「えっ? でも……」

「疲れでも溜まってるんじゃないかな? 大丈夫。それで? 相談って何かな?」


「えっと、その……」

「……結構込み行った話みたいだね? じゃあこっち来て? 座ってゆっくり話そう」


 えっ? ちょ……本当に良いんですか? マジで良いんですか? 愛人は? 隠し子は? 本当に良いんですか?


「はっ、はい。ありがとうございます……」


 でか、だったらその人……誰なんですか!?



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「なるほどなるほど」


 後ろに正体不明な人が居る。そんな何とも不可解な状況のまま、俺は凜桜パパに自分の抱いている問題を隠すことなく話した。

 とはいっても、謎の人物Xを気にするなってのは無理な訳で……しどろもどろだったのは間違いない。


 ただ、そんな俺の相談に対して、凜桜パパのアドバイスは分かりやすく的確だった。その一言一言にとんでもない説得力を感じる。


「とりあえず、部活のメニューなんか簡単に聞いた話だと……全体的な筋力トレーニングは賄えていると思う。技術の面にしても、通常のメニュー+朝錬と居残り練習は十分な位だ」

「そうですか……」


「ただ体幹のトレーニングについては家でも出来る事があるし、メニューを提供する事は出来るよ? あと、食事に関しても恋……いや、ママに言って栄養を考えてもらおう」

「えっ? そこまで……なんか悪いですよ。居候の身で、恋桜ママの手間が……」


「十分過ぎる位に君のご両親からは居候代貰ってる。それに小さい頃から仲が良くて、ママにとっちゃもはや自分の子供みたいな存在だろ? 俺だってそう思ってる」

「ほっ、本当ですか? ありがとうございます」


「ただ、そうなると……重要なのは体のケアじゃないか?」

「体の……ですか?」


「ストレッチはしてるみたいだけど、これとは別に部位別のケアも必要だ。効率の良い回復は、イコール体の成長にも繋がるからね? あと純粋に怪我の防止にもなる」

「なっ、なるほど……でもどうやって……」


「そうだな……あっ、そう言えば居るよ! なんて偶然か知らないけど……居る。それを的確にアドバイス出来て、マッサージなんかも出来る人」


 えっ? マジですか?


「本当ですか? その人は一体……」


「ふぁぁぁぁ」


 その瞬間、何処からともなく聞こえて来た大きなあくび。思わず聞こえて来た方へ視線を向けると、


「んー今何時…………って! 寝過ぎたっ!」


 慌てる様な声が巻き起こり、ソファからあの女の人が飛び起きた。


「あっ、起きた起きた」

「やば……って、あっ!」


 えっ? こっち見てる? って正確には凜桜パパ?


「おはようございます」

「ごめんごめん、少し休むつもりが、ガッツリ寝ちゃってたよぉ」


「とんでもない。長旅ごくろうさまです」

「いやぁ、ただいまです」


 えっ? 普通に話してる? そういえばこの人の存在消えかかってたよ。でも、敬語? 年下に敬語? ただいまです?

 やっべぇ、全然その関係性が見えないんですけど?


「あっ、あの……この方は一体?」

「ん? あぁ、そうだ言ってなかったね? この人はね? 日南ひなみ希乃きのさん」


 日南……希乃さん?


「ここで働く……整体師さんだよ?」


 えぇ!? 働いてる? 整体師さん? 


「ちなみに……俺より年上」



 …………えぇぇ!?



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