第25話 修行開始




「って事なんだ」

「はぁ? あんた馬鹿? アホなの?」


 関東大会優勝から一夜明けた月曜日。朝早くから、恋桜の罵倒が耳を襲う。


「いっ、いや」

「何やってんの? 湯真がデートに誘ったなんて、勇気のある……大胆な行動! 凄い! なんて感動してた気持ちを返しなさいよ」


「けど……」

「はぁ……第三者視点じゃ湯真は活躍してたと思うし、点差はどうであれ優勝出来た。なのにねぇ……」


 くっ……確かにその通りでぐうの音も出ない。ただ……


「それはそうなんだけどさ……」

「でも……湯真の気持ちが分からない訳じゃない。てか、鳳瞭の皆がそうだった。優勝したのに誰も笑ってなかったし」


 分かってくれるのか? って、やっぱ傍から見てもバレバレだよな?


「まぁ……見事に思い知ったよ」

「ふぅ。でも、ちゃんと謝って、凜桜に話したんでしょ? だったら、ちゃんと約束果たしなさいよ?」


「それは勿論」

「さりげなく凜桜を屋上に向かわせたのに、ちょっと違う結果になったけど……ちゃんと話せたんなら良かった」


「はっ? 向かわせた? まさか……」

「湯真も海真も様子が変なのは分かってたからね? 凜桜の性格は知ってるでしょ? 困った人は見過ごせない。海真はお風呂入ってたし、その状況でその話題になったら……ね?」


 とりあえず屋上に居る俺の所に行くと? まさかお前そこまで計算して……?


「凄いな……サンキュー恋桜」

「全然。それに私は私で風呂上がりの海真と話せたし? ウィンウィンだよ」


「それなら良かった。んで? そっちの感触は?」

「湯真程じゃないのかな? でも海真も危機感は感じてた。まぁ、話聞いてあげる事しか出来なかったんだけどね?」


 話か……あいつも多分同じ事考えてるよな? けど、ボジティブだし……


「まっ、その弱みに付け込むのもありだろ?」

「何よぉ、その卑怯な奴みたいな言い方」


「違うって、こう言っちゃ悪いけどそういう立場も利用しなきゃなってさ?」

「ズル賢しこさも必要かぁ」


「人道に反する行動以外なら応援するからな?」

「私を何だと思ってるのよ全く!」


「ははっ、でも当分は……バスケに集中するよ。でも、引き続き凜桜の情報頼む」

「了解。私も上手くいくか分からないけど……湯真みたいに動いてみる」


「じゃあ……」

「そうだね……」


「「今週も頑張ろう」」




 ■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒




 こうして、そんな決意を胸に俺達は、それぞれの目的に向かって行動を始めた。


 俺はとにかくバスケのレベルを上げたくて、まず取り組んだのが朝練。

 居残り練習はしていたけど、それだけじゃ純粋に足りない。以前より早く起きて、早々に学校へ行くようにした。海真の奴は朝だけは勘弁って事で俺だけ。


 その分、凜桜達と学校へ行けなくなるなぁとは思ったけど、そこは恋桜が何とかしてくれてるはずだ。

 話によると、海真を真ん中に3人横並びで行ってるらしい。正直、想像するだけで両手に花状態でイラッとするけど……凜桜と約束した手前、我慢するしかない。


 もちろん、日々の部活だって手は抜かない。集中して密度も練度も意識して毎日を過ごしてる。おかげで、スリーポイントの確率は大分高くなった気がするよ。それと、父さんみたいなロングスリーポイントを練習中。

 真似てるって言えばそうなんだけど……クイックスリーとロングスリー。この2つを自分の武器にして……もっと上手くなりたいと思ってる。あいつを越える為にも。


 そんな中、俺が最も感じた事があった。それはガタイ。

 そこまで細い訳じゃない。ただ、あの1戦で大きく露呈したのはフィジカルの問題だった。

 一歩遅れるだけで、コースに入れなかった。ちゃんとディフェンスしても、その1度の接触で体が浮ついた。


 それだけは何とかしたかった。ただ、ネットでも本でも筋肉を付け過ぎると動きが遅くなる。

 部活の中で体幹トレーニングはやっているけど、技術面での練習時間の方が多い。一体どうすれば……あっ!


 その解決策は意外と近くにあったりした。

 そう、近くに居るじゃないか。的確なアドバイスをしてくれるであろう……最高の味方がっ!




 ■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒




 とある日の夕方。俺はある場所を訪れていた。

 とは言っても、その道中はいつもと同じ。違うと言えば、登る階段の数が少ない事だろうか。


 いつもは通り過ぎる2階のフロア。その横に見えるドアと、横に張られたネームプレート。


 プロトレーナーズカンパニー・サン&ムーン


 出来れば、仕事の邪魔はしたくはないけど……背に腹は変えられない。ドアを開けて……いざ!


「すいません、湯真です。失礼します」


 自分の声が響くフロアの中。一歩足を踏み入れても、誰からの返事もない。


 誰も居ないのか?

 そう思いながらもゆっくりと足を進めると、見に映るのはおしゃれなオフィスという言葉がまさに似合う空間だった。


 右には大きなデスク。左には応接用なのか、椅子やソファに大型のテレビ。まさに出来る人の仕事場。


 やばいな……久しぶりに入ったけどやっぱりすげぇ。

 小さい頃から、どちらかの家で遊ぶことが多かった俺達。もちろんここにも何度かお邪魔した。その頃から変わらずのオシャレ空間。さらに引き立つのが、大きなデスク……凜桜パパの席の後ろに飾られたサインの数々だ。


 元サッカー日本代表の絶対的司令塔桜井。今の尚第一線で活躍を続ける不屈の鉄人木村。オリンピック3大会制覇を成し遂げた柔道の坂之上。

 その早々たる人物のサインが、凜桜パパの凄さを物語る。


 いや、ヤバすぎだろ? まぁこれだけ有名じゃないとこんなビル1棟所有できないよな? 父さんが怪我した時もお世話になったみたいだしさ。

 結構昔からの付き合いだって言ってたけど……その経緯は置いといて、かなり幸運だったんじゃね? 父さんも、俺達も。


「むにゃ」


 っ!!!!


 そんな時だった、どこからともなく聞こえて来た誰かの声。余りの出来事に、一瞬にして身構えてしまう。


 はっ? 今明らかに声聞こえたよな? だっ、誰だ?


「んにゃ」


 また聞こえた! 多分……左!? 応接用の場所……椅子とかテーブル。ソファとかあるけど……猫な訳ないよな? ペット飼ってないはずだし……


「むにゃむにゃ」


 はっ! 確実に方向は合ってる! 椅子には誰も居ないし、となればあっち向いてるソファか!?

 ……いっ、言ってみるか。


 何とも言えない緊張感に包まれながらも、俺は少し奥にある青いソファに向けてゆっくりとその足を伸ばす。


 丁度こっちには背もたれの部分しか見えない。つまり……座る部分に誰かが居る可能性は十分にある。いやっ! 声がしている以上居るのは確定だ。問題はそれが誰なのか。

 鍵は開いていた。でも凜桜パパは居ない。とくれば……泥棒? 不法侵入者?


 良からぬ憶測が頭を過る中、ついにその正体を暴く時が来た。


 行くぞ? 見るぞ? 冷静になれ? 冷静になれ? ……そりゃ!


 こうして、覚悟を決めた俺は、思い切ってソファの座面を覗き込んだ! 

 すると……そこに居たのは……


 お腹を出して、気持ち良さそうに寝ている……女の人だった。



「えっ……どゆ事?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る