第24話 プライド




 夕暮れが背中に当たり、少し温かさを感じる。

 映し出された影は4つ。それこそいつものメンバーで間違いない。ただ1つ違うのは、その並び。

 いつもなら、2人の後ろが定位置だった。恋桜と並ぶのが当たり前だった。


 けど今日、いや? 今は違う。そんなの考える余裕がない。

 その証拠に、4人の間に会話はない。いつも明るく話をしている海真と凜桜ですら、その口を開こうとはしない。


 その原因は……簡単だ。それを作っているのは俺なんだから。

 多少海真もかも知れないけど、ほぼほぼ俺のせいだ。


 ただ前を見つめて、ただひたすら家に向かって歩く。その表情は固く険しい。

 先行する俺と海真、その後を付いて来る凜桜と恋桜。

 そんな雰囲気を察してか、誰も話をしない。


 けど、俺だって何の理由もなしにこんな表情や、態度を見せたりはしないよ。

 むしろ他の3人に向けてる訳でもない。

 本当なら、多少目を瞑って隠すのが大人なんだろうけど、今日ばかりは……


 それすら出来ない程、悔しい気持ちでいっぱいだ。

 不甲斐ない自分に対しての怒りでいっぱいだ。


 そんな中、口火を切ったのは恋桜。


「そっ、それにしても白熱したね?」

「うっ、うんっ! でも勝っちゃうんだもん流石だよっ! 2人とも」


 その声はどこか動揺しているようで、いつものモノとは違うのはすぐに分かる。

 2人に要らない気を遣わせている事も。



 関東大会決勝。

 俺達鳳瞭学園は、凜桜達の言う通り勝った。関東制覇、そして俺にとって凜桜とデートする最低目標を達成できた訳だ。本来なら、ニヤケ顔を我慢する程嬉しさを感じるものだ。


 でも……違う。


 優勝出来た。勝負に勝った。ただその内容は……あまりにも酷かった。


 5点差……たったの5点差という薄氷の勝利。俺が知るだけでも、関東大会でここまで追い詰められたスコアは見た事がない。


 個人的なスタッツを見ても、32分の出場時間に3ポイント3本を含む13得点、4スティール、1リバウンドはまずまずだと思う。それに海真も聖明も、皆調子は良かった。


 だったらどうして? そうだ、単純な話……あの外国人留学生が凄かったとしか言いようがない。


 ヤニス・ウォーカー。

 メンバー表に記された名前。昴の言っていた通り、決勝まで出場の記録はない。そんな選手が、決勝の舞台でスタメンとして出て来た。

 ココやんと同じ位の身長だが、そのガタイは明らかに違う。目の前にしただけで、異様な雰囲気を感じ取った。


 その結果がこれだ。

 試合委は勝ったものの、それ以上に震え上がったのは個人スタッツ。俺達鳳瞭は、ヤニス1人に50得点を決められた。


 正に圧倒的。1対1ではココやんでも太刀打ちで出来なくて、ゾーンディフェンスまで解禁した。

 対峙しても絶対に勝てない。そんな絶望感を感じたのは、父さんを目の前にした時以来だった。


 どう足掻いても勝てない。そんな自分に苛立つ。

 どうしたら勝てる? 再戦した時に勝てるイメージが湧かない。


 悔しい……どうしようもなく悔しい。ただただそれだけが……俺の中に渦巻いていた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「ふぅ」


 晩御飯を食べ、お風呂を頂いた俺はいつもの屋上に来ていた。

 いつも落ち着きをもたらしてくれる光景も、今日ばかりはそよ風を感じる位に留まる。

 何せ頭の中は、今日の出来事でいっぱいだった。


 ……今日の試合、ほとんどヤニスにやられた。ココやんでも1対1で勝てないなんて、想像以上の光景だった。結局ゾーンディフェンスに変えたけど、圧倒的個の力に為す術がなかった。


 そう考えると、俺達はまだ運が良かったのかもしれない。3ポイントも打てるヤニスは恐ろしかったけど、唯一の弱点が連携不足。

 パスワークも動きもバラバラで、センターポジションでボールを貰っても、なかなかパスが出せない時があった。


 無理矢理シュートに行ってファウルトラブルになりかけたし、後半は動きが委縮していた。

 ただ、そうなると……今後他の選手と連携が取れるようになったら? もっと動きに拍車が掛かったら?


 このままじゃ絶対に勝てない。

 今日だって終盤、ヤニスが決めても聖明が怒涛の5連続スリーで突き放してなかったら負けていた。

 結局聖明頼みだ。


 ……その戦術は今は良いかもしれない。ただあいつは……まだ1年なんだ。聖明が居なくなったらどうする? 俺達の世代でどうなる? 


 試合後監督はいつもの表情だったけど、聖明のあんな真剣な顔は見た事がない。


『運が良かった。俺達にもどこか王者としての驕りがあったのかもしれない。皆、よく聞いてくれ? 俺達はいつまで経っても挑戦者だ。常に全力で……行こう。これからもね』


 発破の様に突き刺さる言葉は……初めて聞いた

 多分、聖明は優しいから、あえて全てを言わずに感じて欲しかったんだと思う。おそらく今のままじゃ、確実に……


 負けるって。


 それだけは……嫌だ。

 こんな気持ちになるのは初めてかもしれない。これほどもっと上手くなりたいと……強くなりたいと渇望した事はない。それ位……悔しくて仕方ない。


 ガチャ


 そんな時だった、不意に後ろから聞こえてきたドアの音。それは誰かがここへ来るという合図だった。


 一瞬驚いたものの、この時間に来るのは恋桜しか有り得ないと悟った俺は、特に視線を向ける事無く目の前の光景を見続ける。 


 なんだ? 茶化しに来たのか? 悪いけど今は……


「よっ、湯真」


 その時だった、後ろから聞こえて来たのは聞き覚えのある声。それに該当するのは2人。ただ、その雰囲気や話し方は全然違う。むしろ、間違う方がおかしい。


 好きな人の特徴なら尚更ね?


 その嬉しい声に、思ず視線を向ける俺。するとすぐ後ろ立って居たのは……


「りっ、凜桜?」


 間違いなく、凜桜だった。


「やっぱりここ居たっ。お風呂上りは大体屋上だよね?」

「あっ、そうだな……」


 マジか? ぶっちゃけ恋桜だと思ってたから結構驚いてる。にしても何で?


「試合勝ったね?」

「けど、全然ダメだった」


「でも勝ちは勝ちだよ? 相手の留学生さんは凄かったけど……優勝だもんっ」

「そりゃそうだけど……」


 勝ち……か……勝ち……優勝……はっ! そういえば優勝したらデートしてくれって言ってたんだ! おぶねぇ! 自分で言っといて忘れるところだった。


 ……けど、圧勝じゃないぞ? それに対して活躍してなくないか? 本当に約束を果たしたって……言えるのか?


「浮かないね? まぁ試合終わった後も冴えない顔してたしね?」

「えっ……」


「勝ったのに、嬉しそうじゃない。むしろ悔しそうな顔してるなって……」

「えっ、あっ! 別に遊びに行くのがあれだとかじゃ」


 って! マズい口滑らせた! なんて事を言ってるんだ俺は!


「大丈夫大丈夫。でもね? 湯真。間違ってたらごめんなんだけどさ?」

「あっ、あぁ」


「満足してないんじゃない?」

「えっ?」


「だって、湯真言ってたじゃない? 今度関東大会で優勝したら……活躍して完勝したら遊びに行こうって」

「いっ、言った……」


「自分で達成できたと思ったら、そんな顔しないでしょ? つまり、優勝はしたけど……自分が活躍したとは思ってないんじゃない? プレーに満足してないんじゃない?」


 うっ! マジか? 見透かされてる? 全部当たってるんだけど?

 その通り。約束の半分は結果として果たせた。ただ、残りの半分は自信がない。


 実力がないのを思い知らされ、他人の力がなければ何も出来なかった。

 それに、俺自身。あんな約束をして自分を奮い立たせ……約束を果たす。それが凜桜に対する自信にもなると思ってたんだ。


 けど……どうだ? その自信は付いたか? 自分を誇れるのか? 凜桜に相応しい奴になったと言えるのか? 

 それは……


「なんだ。全部見透かされてんな」

「てか、バレバレだよっ。滅多に感情を表に出さない湯真が、あんな顔してたらさ? 私は勝って嬉しかった。でも、湯真は違う。何か思うところがあって、今の自分に満足してないんだって……分かった。帰りの雰囲気も凄かったしね? 海真も全然しゃべらないしさ?」


「そうだな? でも悪い。凜桜達が悪い訳じゃないのにさ」

「全然だよ? それで? 湯真? もしかして私に何か言いたい事でもあったんじゃない?」


 言いたい事……まさかそこまで? でも良いのか? そうなると完全に俺の我儘だぞ? 自分で言っといてさ? 


「言いたい……事?」

「うんっ。湯真の素直な気持ち……聞きたいな?」


 ……はぁ。ダメだな俺? 感じな時にやらかして、女の子に尻拭いさせちゃってさ? やっぱまだまだ甘ちゃんか?


 けど、本当に申し訳ない。自分から誘っておいて申し訳ない。でも、俺は……満足してない。試合の結果にも、自分のバスケの上手さも。


 ……約束守れなかった。

 でも、必ず守る。だからさ……凜桜? ごめん。


「……凜桜、ごめん。約束守れなかった。自分から誘ってたのにごめん。本当は遊びに行きたい。でも、俺のちっぽけなプライドが邪魔するんだ」

「うん」


「俺、もっと上手くなるから。胸張って、活躍したって言えるようになるから。だから少しだけ……」


 俺頑張るからさ? 自信つけて、堂々と凜桜誘えるような男になるからさ?


「待ってくれないか?」


 もうちょっとだけ、待ってくれないか?



「ふふっ、湯真ならそう言うと思った。うん、大丈夫」




「ちゃんと……待ってるよっ?」



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