第14話 矛と盾




 辺りを包む、張り詰めた空気。

 聞こえるのは僅かな息遣いと、規則正しく放たれるボールの音。


 そんな中、俺は肩幅以上に足を広げ、姿勢を低く保ってる。そしてゆっくりと……その時を待っていた。


 体を揺さぶる動き、小刻みにボールを動かすレッグスルー。ただ、そのフェイントに引っ掛かる訳には行かない。相手のホンモノの行動、そこだけに反応する。

 その為にはボールだけじゃない。相手の顔だけじゃない。その全てを認識し続ける必要があった。


 固唾を呑み込んだ喉の音さえ鮮明に聞こえる。

 頬を伝う汗の位置さえ分かる程、感覚が研ぎ澄まされている。


 まぁ、父さんのプレーに感化されてないと言えば嘘になる。


 ただ……その一瞬が、やるかやられるかって勝負の分かれ道。

 そのヒリついた状況は前から不思議と……


 嫌いじゃない。


 さぁ? どう動く? パスはともかく、シュートとドリブル突破だけは許さない。

 このマンツーマンディフェンスにおいて、その失敗は致命的だ。抜かれたら誰かがカバーせざるを得なくなり、守りが崩れる。それだけは……させない。


 その刹那、颯爽とドライブを仕掛けてきたのは同じクラスの新垣。だが、その動きは単純だった。

 すかさずコースに入り阻止すると、新垣は少しバランスを崩す。


 今だ!


 俺はその一瞬のスキを見逃さない。

 撫でる様にスティールをすると、ボールを手中に収める。そしてすかさず目を向けるのは、


「パァァスッ!」


 海真の姿。


 スパッ


 矛と盾。誰が言ったのか分からないけど、いつの間にかそう呼ばれるようになった。


 オフェンスの海真、ディフェンスの湯真。


 そう、これが俺達の……バスケットボール。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「かぁぁ! 最近練習キツ過ぎね?」


 練習終わりのストレッチをしながら、愚痴をこぼす男。その名前は小暮昴こぐれすばる

 俺達と同じ2年で、かれこれ小等部からの付き合いだ。思った事は何でも言う性格で、それが良い方向にも悪い方向にも繋がるリスキー野郎。

 まぁ、俺も海真ももう慣れっこだけどね。ただ、後ろに監督が居ないのだけは確認しとけよ?


 それはともかく、今の昴の疑問に関してはまさにその通りだ。って言っても、それはそれで仕方ないとは思う。


「だなっ! でも仕方ないんじゃないか? 関東大会の予選近いし」


 さすが海真。分かってるな。


 季節というものはあっと言う間に過ぎ去る。ついこの間まで居候だー、どうしよー、作戦会議だーなんて騒いでいたはずなのに、気が付けば暦は5月。とりあえず、色んな事は落ち着きを見せている。

 ……海真の様子を見る限り、恋桜の奴なんとかあの怪しげな本の呪縛には耐えているようだ。必死に説得した甲斐があったってもんだよ。


「それはそうだけど、こうも神経すり減らす練習はなぁ」

「仕方ないだろ? 関東予選で負ける訳にはいかない」

「湯真の言う通りっ! 自分達のせいで優勝出来ないとかトラウマもんだぞ!」


 これも名門校たる所以か、ここ数十年鳳瞭学園は都大会・関東大会で負けた事がない。偉大な先輩方には敬意を表するけど、よくもこんなプレッシャーを後輩たちに与えたもんだと一言文句は言っても良い気がする。

 そのお陰で、毎年試合前は練習の練度も密度も雰囲気も……格段に厳しくなる。


「でも流石に……おぉ! 見ろ? チア部練習してるぞ」


 って、気を引き締めなければいけないと諭してる最中にどこ見てんだよ! ったく。


「おっ、ホントだ」


 お前もかよ海真っ!


 話そっちのけで、一方を見つめる2人。それに流される様に視線を向けると、隣にある第2体育館では確かにチアリ―ディング部が活動していた。

 距離にして僅か数メートル。窓の外からはその顔も辛うじて認識できる位だ。


 チア部ねぇ……噂をすればすればなんとやらか? 何もなければあの2人が……


「すげぇ動いてるよな? しかも全員、可愛いくて綺麗でレベルが高い! 中でも我が2年で有名なのは……おっ、居た居た月城姉妹」


 居るよな?


 音楽に合わせて、そのキレキレな動きを放つのは恋桜と凜桜。その私生活とは違った姿は、何度見ても変な気分にさせられる。

 特に恋桜。いつもの素モードからは想像出来ない動きは、良い意味で驚かされる。

 しかも学校の皆からしてみれば、落ち着いたお姉さんキャラが軽やかに踊る姿のギャップがそそられるとの噂もある。


 ……何て良い位置に居やがる。


「てか、あんな姉妹と幼馴染ってお前ら良いよなぁ」


 はいはい昴。いつもの嫉妬+愚痴が始まったか? ここはさっさとスルー……


「ん? まぁな?」


 はっ? 海真?


「2人共可愛いしよー、人気もあるし」

「まっ、確かにそうだな」


 おい? なに普通に認めちゃってるの? 口にしちゃってるの?


「俺ももっと仲良くなりてぇわ。大体家も近所とか最高過ぎるぞ?」

「そりゃ仕方ないだろ?」


 惚気か? 聞いてる身としては惚気にしか聞こえないんだけど? 


「マジでずりぃよ」

「んな事言ったって……なぁ? 湯真」


 って! 急に話振るんじゃねぇ!


「ん? まぁな? 普通だろ?」

「ちぇっ、恵まれた奴らは違うねぇ」


 あっぶねぇ……流れ的に海真の奴、居候の事までポロっと言っちまうかと思ったけどセーフだったな? にしても、なに平然と可愛いとか同調してんだ? こいつ。やはりいくら双子と言えど、陽キャの考えてる事は理解出来ないところもあるなぁ。


「まっ、別に良いけどよ? 今年もそんな俺達が月城姉妹を含め、学園の美人さん達を直に拝める時期も近付いてるしな?」


 ん? 直に拝める?


「ん? どういう事だ?」

「かぁぁぁ! この富裕層めっ! 体操服、白い肌、滴る濡れ髪に揺れるおっぱい。それらまとめて拝める神イベントと言ったら……体育祭に決まってるだろっ!」


 げっ、そう言えばそうだ。新しいクラスの親睦を深める為に、毎年この時期に行われる体育祭。

 俺達としては春季大会兼都大会終了後の疲れと、関東大会への緊張感の合間に当たるから……出来れば避けたいはずなんだが?


「なるほど、体育祭かっ!」

「そうだよっ! ここでアピールすれば女の子達からの人気も鰻上りだぜ!」


 若干違う奴も居るんだな……とにかく、


「まぁ怪我しないように頑張れよ」

「なんだよ湯真! ははぁん余裕ある奴は違うねぇ」

「何言ってんだ。怪我しない為だろ?」


 怪我だけは十分注意しないとな?

 まぁそれだけじゃないけどね?


 なんと言うか……あの独特な雰囲気だけは……



 慣れる気がしないんだよね?



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