第13話 イメージカラー
「あぁー疲れたー」
ベッドに横になった瞬間、そんな声が思わず零れる。
何だかいつも以上に寝心地が良く感じるのは、精神的な疲れか身体的な疲れか……ずばりその両方に違いない。
なんか……滅茶苦茶疲れた気がする。気疲れか? 計画に対して集中したからか? いや? そのどれもが当てはまるけど、おそらく致命傷だったのはあの買い物だろうな。
恋桜の奴、海真とデート出来ないからって八つ当たりしやがって……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
手元にあるであろう怪しい本を手放す約束をさせた後、俺と恋桜は当初の予定通り買い物へ繰り出した。
最初に行ったのは、俺の目的地であるスポーツショップ。目的は靴紐だし、そこまで時間は掛からなかったんだ。あいつが余計な一言を挟まなければ、もっと速かったんだけどね?
『あれ? 青にするの?』
『ん? そうだけど……』
『さっきも言ったけど、私は湯真=赤だと思うんだけど』
『あくまでお前の中ではだろ?』
『多分似合うと思うんだよなぁ。ねぇ、私お金出すから赤も買ってみてよ』
『はぁ? 何でだよ』
『自分の目が正しいって証明したいの』
『お前の目が正しい事と、俺の相棒のオシャレは全くもって関係ないんですけどね?』
『良いじゃん! 良いじゃーん! そっちが相棒なら私は戦友でしょーよ? ねぇねぇ』
『……分かった分かった。これも買えばいいんだろ?』
『おぉ! じゃあお金を……』
『いらねぇよ!』
ああなったら、買うまでしつこく言い続けるのは予想出来た。それに……変な奴と一緒に居ると思われたくはなかったしさ? 結局2種類買ったんだ。
けど、問題はその後だったよなぁ……
『んで? 次は恋桜の番だけど? 何か買いたい物は?』
『えっ? さっき言ったじゃん?』
その言葉に、一瞬背筋が凍ったよね?
『はっ? お前まさか……』
『そうそう。ここ』
意気揚々に指を差した恋桜。その先を思わず目で追っていくと……あったよ? 気付かなかったけどあったよ? 男にとってある意味地獄。ある意味秘密の花園がね?
まぁ流石に直視する勇気と度胸なんて持ち合わせてない俺は、速攻で回れ右したよ。
『ばっ、馬鹿かお前』
『えぇ? だってさっき湯真に言ったじゃん?』
『だったら言わせてもらうけど、俺もさっき言ったよな? こういう所は男はマズいって!』
『でも本当に今日は買う気満々で来たんだよ? 事前に調べて目星つけてさぁ?』
こいつ、マジで海真連れてくるつもりだったのか? って若干の恐ろしさを感じつつ、それと同時に改めて初花・廉二に感謝したよ。海真がこいつにメンタルブレイクされなくて良かったって。
にも関わらずあいつは……
『じゃあさ? 湯真教えてよ? 私のイメージカラー』
なんて暢気に言いやがって。しかも止めに、
『はぁ? 何言ってんだよ? 大体、なんで俺まで連れてこうとしてたんだよ』
『ん? 湯真だったら良いでしょ?』
『良い訳ないだろっ! 俺も男っ!』
『んー……湯真にはなんか恥ずかしいって気持ちないんだよなぁ。あの一件依頼』
だぞ? サラッと男の自信を無くすような発言に、若干の怒りは湧いたものの……とにかく、近くに居るだけでも嫌だった俺は、早々に避難したかったんだ。
『俺は行くぞ? そこのベンチ居るからな?』
『ちょっと、色だけ教えてよー。なんか皆は落ち着いてるから水色っぽいって言うんだけど』
『知らねぇよそんなの! お前は……ピンクだ!』
とにかくとっさに思い付いた色を口にして、そそくさと退散したよ。本当に焦った……
『ピンク? ……もしかしてあの時の色覚えてたの!?』
『さっさと買ってこいっ!』
危うく俺がメンタルブレイクするところだったからな?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ……」
思い出す度にどっと疲れが蓄積される。風呂に入ったのにこれじゃあ、明日が怖くて仕方ない。
これも全てあいつのせいだ。間違いない。
ったく、何がイメージカラーだよ……
その瞬間ふと机のに目を向けると、そこにはスポーツショップの袋が置かれていた。中に入っているのは、今日買った青と赤の靴紐。それを思い出すと、途端にある事が気になり始めた。
そういや、俺のイメージカラーってなんだ?
最初に恋桜が言った通り、自分自身では青かなと思ってた。海真が赤色が好きってのもあるかもしれないけど、練習着とかは青系の物が多い。ただ、恋桜はこうも言った。
「赤……か」
正直、そんなはずはないと思う。ただ、1人でも違う色を言われたら気になるのも事実。
このモヤモヤをどうするべきか、何か確かめる方法は……
「あっ、良い事思い付いたわ」
それは一瞬の出来事。自分でも訳が分からない位の速度で、素晴らしい妙案が降り注いだ。
その妙案とは、ずばり……凜桜に聞く事。これなら自然に会話も出来るし、正確な意見も聞ける。ってか、この際イメージカラーとかどうでも良い。話すキッカケが出来るだけで万々歳。
そうと分かれば、俺の行動は早い。机に置いてあった袋の中から2種類の靴紐を手に取って、急ぎ足で部屋を後にした。そして薄っすらとライトの付いた廊下をとりあえず歩き進める。
……無策で部屋から出たけど、凜桜どこに居るんだ? さっき風呂に入るって言ってたけど、リビングでくつろいでたらバッチリ。部屋に行ってたら厳しいんだよなぁ。とりあえずリビング……
なんて考えていた時だった、
「あっ、湯真」
「おっ、凜桜」
なんという偶然か、ばったり廊下で遭遇したのは渦中の凜桜。
Tシャツ、短パンに少し濡れた髪。首に巻かれたバスタオルを見る限り……たった今お風呂から出来た所なんだろう。濡れたショートカットヘアはいつもと違う艶やかさを感じる。
「あれ? どうしたの? 靴紐持って……」
って、危ない危ない。見惚れてる場合じゃない!
「あっ、丁度良かった。あのさ凜桜? こっちとこっち、俺っぽいのってどっちの色かな?」
「色? 赤と青?」
「そうそう」
「んー、私的には……青かな?」
青か……うん。凜桜が言うなら間違いない。
「そっか、ありがと」
「全然だよっ! じゃあね?」
そう言い残し、リビングへ向かう凜桜。そのスラっとした後ろ姿だけでも、さっき溜まった疲れが昇華される気がした。
それプラス、イメージカラーも決定。最後にして、最高の終わり方だった……はずだった。奴の……
「あれー」
声を……
「湯真じゃん」
耳にするまでは!
「ん?」
最高の夢が見られそうなシチュエーションの中、一直線に舞い込んで来た……ノイズの様な音。
嫌な予感を携えながら、恐る恐るその方向へ視線を迎えると……
「何してんのー? あっ、靴紐じゃん」
残念ながら奴がそこに居た。
てか、今凜桜出てきたよな? お風呂……洗面所から出て来たよな? なんでお前も……
「何って、お前はどこから出て来たんだ?」
「私? 見たら分かるでしょ? お風呂上りー」
「はぁ? ついさっき凜桜出て来たところだぞ?」
「ん? それがどうかした? だって……」
「凜桜と一緒にお風呂入ってたんだもん」
なっ……なんだとっ! 一緒に!?
「一緒にだと?」
「うん。結構2人で入るんだよねぇー。時々ママと3人の時もあるし」
さっ、3人!? 想像するだけで……ゴクリ。
「湯真? 変な事考えてない?」
「んな訳あるかっ!」
んな訳あるんですけどね? そりゃちょっと想像もするだろうよ! まぁこいつには口が裂けても言えないな? 都合よく解釈されるに決まってる。
「それで? 靴紐持って凜桜と何話してたのかな?」
おっ、あっちから話題逸らしてくれた? これはチャンスだ。この流れに乗らせてもらうぜ。
「ん? あぁ、お前が言ってたイメージカラーとやらを聞いたんだよ」
「あぁ! 意外と気にしてたの?」
「うるさいよっ」
「ふふっ。凜桜はどっちだって?」
「即答で青だそうだ。残念だったな?」
「ふーん」
あれ? 意外と普通? てっきり私の目が節穴だって言うのーって感じの反応すると思ってたんだけど?
「イメージカラー……第三者……ほうほう」
ん? ……お前……もしかして嫌な予感がするんですけど? まさかこいつ今日買った……って! なに頷きながらリビング行こうとしてんだよっ!
「おい、恋桜!」
「なっ、なんだい!」
「お前……くれぐれも今日買ったモノで、俺と同じ事海真にするなよ?」
「すっ、するわけないでしょ!」
こっ、こいつはビンゴだ。てか、絶対止めろよ? お前がドン引きされて海真の候補から消えたら、万事休すなんだよっ!
「マジで止めろよ? 絶対止めろよっ!」
「何言ってんのさ! しないよっ!」
やべぇ……こいつまたもや爆走モード突入する寸前じゃねぇだろうな?
「大体、お前あの本捨てろよ? 絶対破り捨てろよ? あんな怪しいモノ、さっさと……」
「もっ、もう捨てたもん!」
「あっ!」
くそっ、物凄い速度で行っちまった。
しかし、あの様子じゃ……やろうとしてたな? しかも、あの大恋愛辞典とやらも手放す気はないようだな?
……頼むぞ恋桜? 早まるなよ? 良いか良いよな?
頼むから……
お願いしますぅぅ!
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