第12話 空振り




「まぁその前に、なんか飲み物でも飲んで落ち着こうぜ」


 俺はそう言うと、徐にベンチから腰を上げる。

 とりあえず色々あり過ぎて喉がカラカラだったし、一旦水分補給も兼ねて落ち着きたかった。


「そうだね」

「じゃあ買って来るわ」


 恋桜の返事を受けて、俺はベンチから少し離れた自販機へ向かう。するとその途中で、ふと今日の状況に似た……過去の苦い思い出が頭を過った。


 基本的に俺達はいつも4人で行動していた。どこかに出掛けるにしても、どちらかの家で遊ぶとしても4人。勿論誰かが1対1で出掛けた事はなかったと思う。いや、海真と凜桜がどうかは……確証はないけど、俺と恋桜はない。


 ただ、例外もある。


 それは、今日の様に意図して1対1の状況を作り出そうとした時。真っ先に思い出したのは中3の時の修学旅行。

 あれは2日目、自由行動が許された日だった。この時は運良く、班とか関係なく自由に誰とでも回る事が出来たから……ある意味チャンスタイムだったんだ。


 もちろんこの時、恋桜と俺は真っ先に作戦を練り、準備を怠らなかった。何とか4人で行動し、途中で2手に分かれる。タイミングもその理由も完璧だった。


 ところが、いざそれを実行しようとした瞬間……あいつらのクラスメイトが慌てて来て、こう言ったんだよな。

 一緒に居た奴が迷子になった。携帯も充電切れで繋がらないってね?


 クラスの委員長、副委員長だった海真と凜桜。それに2人の性格上、困ってる人を見過ごせなかったんだろう。


『ごめん! とりあえず探しに行くから……湯真と恋桜2人で回ってくれ』

『ごめんねっ! 海真、とりあえず先生の所行こう』


 そう言って、颯爽と居なくなった。


 まさに……デジャブというものだろうか? 今日の状況と全く一緒。だからこそ、最初は悔しい思いが滲み出たけど……冷静になるのも早かったのかもしれない。


 俺達が勇気振り絞って行動に出ようとすると、いつもこうなるんだよなぁ。


 なんて事をしみじみ思いながら、俺は自販機にお金を入れる。

 俺はコーヒーでいいか。恋桜は……いっつも真昼のミルクティー飲んでるよな。 ……いや? 期間限定茶葉3倍+ハニー&シナモンフレーバーだな? 最近はこっちのはず……っと。これで良し。



「ほい」

「ありがとう……って真昼ティー? しかも期間限定の? 好きなんだよねぇ」


「まぁ真昼ティーは前から飲んでただろ? しかもここ数日はその期間限定の奴」

「流石湯真。じゃあお金……」


「いいよ。今日は奢ってやる」

「おぉ……ありがたき幸せ」


「それは良いから端に移動してくれ」

「仕方ないなぁ」


 渋々端へと移動する恋桜を確認した俺は、ゆっくりとベンチへ腰掛ける。そして、1口飲み物が喉を通ると、


「「ふぅ」」


 無意識の内に、空気交じりの声が口から零れた。そして訪れる何とも言えない静寂。

 そんな状況がどれ位続いただろうか、口を開いたのは……恋桜だった。


「ねぇ湯真?」

「ん?」


「なんで思い切って行動に移すと……毎回こうなっちゃうんだろうね? 私、去年の文化祭思い出しちゃったよ」


 文化祭ねぇ。確かにあの時もこんな感じだったな。

 皆で時間を取って、4人で回るのが毎年の恒例だった文化祭。そんな中、修学旅行のリベンジも兼ねて、去年の文化祭の時にまたもや勝負を掛けたんだ。4人で回る時に、理由を付けて2対2に!

 なのに……予定の時間になってもあいつらは来ない。やっと来たかと思ったら、模擬店が思わぬ大盛況で抜けられないだと? 


 結局、恋桜と暴飲暴食の限りを尽くしたね。


「なるほど……分かる。俺は中3の修学旅行を思い出したよ」

「あぁ……分かる」


「「はぁ」」


 そんな溜息と共に、またもや訪れる静寂。だが、幸いにも寸でのところで我に返る。


 ……って、あぶねぇ。なんだこれ! 縁側でお茶楽しんでるご老体みたいじゃねぇか! いかんいかん、しょぼくれてても仕方ない。今日がダメなら次。だったら、折角ショッピングモール来たんだし……


「まっ、落ち込んでても仕方ない」


 とりあえず各々の買い物でもするか?


「とりあえず、目的の物でも買いに行こうぜ?」

「だね? 幸い、海真と凜桜が一緒っていう最悪な状況じゃないしね?」


 恋桜の言う通り。シスターブラザーコンビが付いてるおかげで最悪な事態ではない。だからこそ、今日の事は忘れて、次の計画に着手した方が利口だよな?


「次回に持ち越しって事で、とりあえず楽しんだ方が良いよな」

「賛成。ところで湯真は凜桜誘って何買いに行こうとしてたの?」


「あぁ、俺は靴紐だな。バスケットシューズの紐切れかかってたから、色も選んでもらおうかと……」

「ほほう、なかなかいい作戦」


「だろ?」

「まっ、十中八九青色選ぶ気がするけどね?」


 青ねぇ。確かに、結構練習着でも青色系が多いな? 今だって、青い靴紐だし。


「そうかもな?」

「でも私なら、青と赤で悩むけど?」


 ん? 赤? 赤って……海真が良く着てないか?


「赤? それって海真……」

「多分他の人も、イメージ的に海真が赤、湯真は青でシックリくると思うけど……私は知ってるからねぇ」


「知ってる?」

「実は湯真って……結構テンション高いし、何でも話すし、何でも話しやすい雰囲気だよ?」


 ……何言ってんだ? んな訳ないだろう。あぁなるほどね? ちょっとしたイジリだな? うん。顔がニヤニヤしてるもの。こういう場合は流すのが一番。


「はいはい。参考にしときます」

「あっ、なによそれー!」


「ところで恋桜は、海真をどこに付き合わせたかったんだ?」

「えっ!? わっ、私?」


 とりあえず意見を聞きたいって体で、分断するところまでは打ち合わせてたけど……その正確な中身までは聞いてないからな? 俺の教えたんだから、いいだろ?


「あぁ。何を買いに?」

「えっと……その……」


「なんだよ? 俺は教えたぞ?」

「いっ、いや……その……いざ言うと恥ずかしい……」


 恥ずかしい? 想像がつかないんだが?


「恥ずかしいって……意味分からんぞ?」

「もっ、もう! 絶対笑わないでよ?」


「はいはい」

「……下着」


 ん? 下……いや、聞き間違いだな?


「良く聞こえなかった。何だって?」


 まさかな?


「だから……し・た・ぎ」

「は?」


 まさか……


「下着だっての!」

「……はぁぁ?」


 嘘だろ? 下着? 何考えてんだこいつ? 変態か!?


「ぶっ!! おっ、おまっ……何考えてんだよっ!」

「ちっ、違うって! 一緒に中に入るんじゃなくて、そういうの買うよって意識させるだけでも、相手に女として見てもらえるって……」


「まてまて、そういう意味じゃねぇんだよ。じゃあ海真はどこに居させるつもりだったんだ?」

「え? 店の前からちょっと離れた……」


「ばかっ! そういう店の近くで立ってるだけで男は恥ずかしいんだよっ!」

「えっ! でも……でも……この大恋愛辞典だいれんあいじてんには」


 マジかよ? こいつ……勢い余ってとんでもない事しようとしてたんじゃないか? 目の前の事しか見えてなくて爆走モードになりかけてたんじゃ……大体、その怪しげな本は何だよっ!


「なんだよその本は!」

「これはネットで大好評の……」


 はぁ……そんな恐ろしい事書いてる本を真に受けてるんじゃないよ。まぁ、この土壇場で色んな物にすがりたい気持ちは分かるけどさ? とにかくその本は怪しすぎる!


「そんなもの破ってしまえ!」

「えぇ! 愛読書なのに!?」


 いやぁ、恋桜よ? これはもしや助かったんじゃないのか? 

 それやってたら恐らく流石の海真でもメンタルブレイクしてたと思う。


 結果論だけど、とりあえず……



「そんな変な本愛読するんじゃないよっ!」

「ひっ、ひどいよぉ湯真……」



 初花、廉二…………サンキュー。



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