第9話 準備は万端
いつにも増してその輝きを強く放つ照明。
時折カラフルな色に変わるそれと、センターサークルに描かれたチームロゴ。
そして、続々と現れるサポーター達が綺麗に黒と青に分かれる光景は、まるで知らない体育館に来ているのかとさえ錯覚させる。
いつも大会で戦っている場所とは、まるで違う雰囲気。これがプロバスケットボールリーグ……
Bリーグの試合。
そんな空気を感じながら、俺達4人はチケットに記された座席に向かっていた。もちろん、このチケットは聖め……いや、我らが優しき下平キャプテンから譲り受けた物。本当にありがたい限りだ。
あの後、早々に練習を切り上げた俺はすぐに恋桜に連絡。
お褒めの言葉を頂いた所で、正式にチケットの調達を下平キャプテンにお願いした。
そして帰宅後、迎えた最終関門。ここでどちらかに予定があれば万事休すという場面、晩御飯の後皆でテレビを見ていた瞬間に俺は勝負を仕掛けたんだ。
そして……勝った!
心の中は小躍り状態だったね? 恋桜も目が合った瞬間、何か察した様に頷いて……喜びを分かち合った。
そしてついに今日という日を迎えた訳だ。
「えっと、席は……ここだ!」
「あっ、本当だねぇ。海真」
おっ、早速動き出したか? 恋桜の奴。いつにも増して猫被ってるな。しかもいい塩梅で海真との距離を近付けてやがる。
「じゃあ私の席はその隣で、湯真がここだねっ?」
「あぁ、そうみたいだな」
となれば……俺も思う存分仕掛けさせてもらうぞ!
「凜桜、荷物持つから先に席座れよ」
「えっ? ありがとっ」
よっし! 初手成功かな? にしても……なんだよその笑顔。やっぱ可愛いな。
「よいしょっと。うわぁ、コートまでの距離結構近いね?」
「だな。迫力あると思う」
「楽しみっ! あっ、湯真荷物ありがとう。座って座って」
「あぁ」
じゃあ俺も座らせてもらおうかな? ……凜桜の隣になっ!
俺達が座った席は、コートから4列後ろ。距離は程良く、高さもあって見やすい好位置だ。そして御覧の通り綺麗に4人が横に並んでいる。
その順番は、左から俺・凜桜・恋桜・海真。
おそらく2人はこの並びに何ら疑問も浮かんでないはずだ。なぜなら……2人の性格上、仲の良い4人だったらどんな順番でも気にしない。確固たる自信があったから。そして……
『試合のチケットとか、聖明の奴やるなぁ!』
『楽しみ楽しみっ!』
『席は連番らしいけど、適当で良いよな?』
『私は良いよ?』
『俺もー』
『私もオッケーだよっ』
俺がランダムで手渡した。
いや? ランダムという名の……確信犯だったけどなぁ?
作戦通り先に恋桜が承諾したのも大きかったな。流れで否定出来る雰囲気を壊せた気がする。
ふぅ。とりあえずここまでは作戦通り。恋桜があいつらの間に居れば、さすがに1人すっとばして話する回数も減るだろ?
まぁ、俺も恋桜も……そんな事させる気は微塵もないけどね?
何気なく……いつも通り……話し掛ける。出来れば、この後の買い物で2人きりになれる様に買いたい物まで聞き出したい。
とにかく、頑張れ俺。頑張れ恋桜。
なんて事を考えていると、会場内が徐々に暗くなっていく。それと共に騒がしくなるサポーター達。恐らく試合開始が近付いているんだろう。
『くぅー、テンション上がる!』
『もう、落ち着きなよぉって言いたい所だけど、確かに凄いね』
『あっ! そいえば廉二と初ちゃんはどの辺りかなっ』
『あいつ等離れてるからなぁ』
そう言えば、すっかり忘れてたけどあいつ等も居たんだった。この壮大な計画の中で、早速の登場した想定外の人物。それが廉二と初花のシスターブラザーコンビ。
試合の話をしてたら、
『私達も』
『俺達も』
『『見に行きたいー』』
なんて言い出して。流石に無理だろうと思った矢先、海真の奴が聖明に頼みやがってなぁ……しかも聖明も断るどころか、きちんと用意してくれて……優し過ぎるのもどうかと思うけどねっ!
まっ、流石に連番は無理だから離れたけどさ。
……あの2人、今の所は何の邪魔もしてはいないものの……油断は出来ないな? 良い意味でも悪い意味でも空気読まないからな?
「あっ! 選手達来たよっ!」
おっ? 始まるか? とりあえずは……試合楽しむか。凜桜との会話もな?
こうして幕を開けた試合。
スタメンが紹介される時には、観客席はほとんど埋まっていて、名前が呼ばれるだけで歓声が上がる。
すげぇ歓声だな? でもこれ、B2の試合だよな?
B2とはいわゆるカテゴリーの名前だ。サッカーでもそのチーム強さで戦う相手が分かれている様に、このBリーグでもB1、B2、B3とカテゴリーが3つに分けられている。
そしてこの試合はB2、カテゴリー的には真ん中に位置するチーム同士の対戦。正直これ程の人気は予想外だったけど……少し考えればその理由に辿り着くのにそこまで時間は掛からなかった。
それは今日の対戦カード。
ホームチームのクライムズ東京対……アウェーチームの青森ワンダーズ。
ホームのクライムズは、ここ数年で力を伸ばして来たチームで、今シーズンはB1昇格を狙える程の勢いがある。そして地元の熱も凄い。
だけど、この盛り上がりはそれだけじゃないと思う。
ホームゲームにも関わらず、観客席に染められた色がチームカラーの黒一色じゃないのがその証拠。綺麗に黒と青の半々に分かれてる。
つまり……青森ワンダーズが引き金だ。だって、その中心に居るのは……
―――4番! しもひらぁぁぁひじりっ!―――
ワーワー
「来たぁ!」
「下平ー!」
「待ってたぞー!」
やっぱりか。
だって、彼は……鳳瞭大学在学中にアメリカのNCAA、D1校へ留学。そこで実績を積み重ね……日本で5人目のNBAプレーヤーとなり活躍した……俺達の大先輩でありレジェンドだ。
ここ数年は監督業の勉強の為に所属してたチームのコーチとして活躍の場を広めていたらしいけど……まさかのBリーグ復帰を果たした。
そしてなにより、このチケットをくれた優しき俺の先輩。
聖明の……親父さんでもある。
「すっ、凄い人気!」
「そりゃそうだろ! 俺もワクワクしてるぞ」
「そりゃワクワクするよねっ? だって、聖明さんのお父さんだけじゃないでしょ? このチームはっ!」
「ん? まっ、まぁ……」
……確かに凜桜の言う通り。このチームは聖さんだけじゃない。
まぁ……俺としては、完全に聖さんの影に隠れてるとしか思えないんだけどさ?
「あっ! 湯真来たよっ!」
応援は勿論する。けど、とりあえず……ケガだけは気を付けろと言いたいな。
―――続いて、14番! あまみやぁぁぁかいっ!―――
「海真パパーっ!」
うおっ、隣で急に大声出すなって凜桜。
「もう何してるの? 湯真も海真も声出して応援しなよ?」
おいおい恋桜さんよぉ、応援って…………まぁ察しの良い人ならもう分かるよな?
圧倒的レジャンドの後に登場した男、
突如移籍を口にし、颯爽と青森へ旅立った……
俺達の父さんだ。
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