第6話 怒涛の1日は始まりの合図

 



「ふぅ、サッパリした」


 結構なイレギュラーはあったものの……無難に学校を終え、何とか部活を乗り切った俺を待っていたのは、おばさんの美味しい手料理と最高のお風呂だった。

 ……やべっ! 本人の前では絶対口に出来ないぞ? 恋桜ママさん……恋桜ママさんっと。


 てかさ? この呼び方も、小さい頃からの名残とは言え……高校生にもなると流石に恥ずかしいぞ? 

 蓮さん……恋さん……あぁ、なんで同じ名前なのかね? 漢字は違えど同姓同名夫婦ってヤバいだろ? 

 こんな奇跡があるとは、これこそが運命なのか? 


 ……なるべく気にせず今まで通り、恋桜ママ・凜桜パパでいこう。

 昔々海真がしでかした瞬間、あの笑顔の奥から放たれた鋭い威圧感……あれは恐ろしかったもんなぁ。うん。


 とまぁそんな事を考えつつも、癒しのフルコースを堪能した後の締めは、涼しい風に当たりながら周りの建物を見渡せる…………この屋上で間違いない。


 何気にここは小さい頃からお気に入りだ。他人の家でお気に入りって言うと変かもしれないけど、家……いや前まで住んでいたマンションのベランダとは違って、360℃周りの風景を見渡せるこの場所は開放的で何となく落ち着く。

 しかも夜となれば、一瞬で幻想的になる。フェンスに手を乗せてそれらを眺める……これ以上の癒しはないかもしれない。


 ガチャ


 そんな時だった、不意に後ろから聞こえてきたドアの音。それは誰かがここへ来るという合図だった。けど問題はそれが誰なのか。もしかして凜桜? なんてドキドキしながら視線を向けると、


「あっ」

「はぁ……」


 現われたのは案の定、恋桜だった。


「はぁ……とは何よ! 溜息つきたいのは私の方なんですけど?」

「悪い悪い。それにしてもなんで屋上に?」

「なんでって、私は夜にここで佇むのが毎日のルーティンなんですっ」


 早速素モード全開で、こっちに近付いて来る恋桜。夜に佇むのがルーティン? おっと、じゃあ邪魔しちゃったか?


「そうなのか……悪いな」

「別に良いよ」


 とりあえず機嫌が悪くならないように謝ってみたものの、意外な程恋桜の反応は軽かった。そして俺の隣で夜の景色を眺め始める。


 車の通る音と、ビルから見える光。そんな夜の街並みはやっぱり綺麗だった。

 それからどのくらい時間が経っただろう、最初に口を開いたのは……恋桜。


「ねぇ、湯真? これからどうなっちゃうんだろうね?」

「どうなるって……チャンスはあるかもしれない。けどそれと同時にあの2人が急接近する可能性だってある」

「そう……だよね……」


 恋桜のこんな寂しそうな顔を見るのは何度目だろう。ただ、月明かりに照らされたそれはいつも以上にそう感じさせる。


 そう言えば、あの時もそんな顔してたよな。




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 あれは中等部1年のとある日、とある昼休み。体育館の脇で恋桜が告白されている所に偶然遭遇したんだ。相手は2年の先輩。俺はとっさに隠れて、その顛末を見守ってた。

 恋桜の返事はノー。先輩は他に好きな人が居るのか? 誰なのか? しつこく聞いてたっけ。でも恋桜は何とかそれを上手く躱していた。そして先輩は最後にこう言って帰って行った。


 本当は好きな奴なんて居ないんだろ?


 それを聞いて俯く恋桜。俺はどうしていいか分からなくて、ようやく声掛けようって出て行こうとした時だった、


「私が好きなのは……海真だもん」


 そんな気はしていたんだ。多分小等部の頃からだと思う。

 消しゴムに海真の名前書いてあるの目撃したり、いつぞやのバレンタインではこっちを渡してって言われたのに、途中ですっかり忘れて……いや、俺だって箱開けたらハートのチョコで焦ったぞ? それ以上に怒られたけどさ?


 だけど、恋桜本人の口からそれを聞いたのは初めてだった。だから驚いた俺は見事に足を滑らせて盛大に……って、その後の事は恥ずかしくて思い出したくはない。

 とにかく、その時初めて確信したんだ。恋桜が海真の事を好きだって事。




 ■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒




「なぁ、恋桜。あの時、俺に海真の事好きだってバレて……後悔してないか?」

「後悔? 何よ今更。じゃあ逆に聞くけど、凜桜の事が好きなんだって気付かされて後悔してる?」


 その言葉通り、俺は特に意識してなかったけど……恋桜曰く小等部辺りから凜桜を気にしてるのがバレバレだったらしい。

 恋桜の好きな人を聞いた代わりに、凄まじいカウンターを食らった中等部時代の俺……頑張ったな。でもまぁ、


「そっくりそのまま返すよ。何を今更?」


「「……ふふっ」」


 こうして顔を合わせる度に、改めて同じ立場なんだと感じる。それ位……何もかもが似ている。

 けど、想いの年数で言えば恋桜の方が圧倒的に先輩だ。


 小さい頃は4人で何も考えずに遊んでいた。それから段々時が経つにつれて、自分の性格ってものが現れてきた。


 海真は明るい性格そのまま、俺はいつしかそんな海真をたしなめる様に……良い意味落ち着いた、悪い意味消極的な性格。

 凜桜は天真爛漫なまま、恋桜は俺達を見守るお姉さんの様な性格に。

 俺はてっきり皆、元々そういう性格なものだと思ってた。恋桜の本音を聞くまでは。


 恋桜は小等部に入った頃には、自分の気持ちに気が付いてた。けどその瞬間、どうやって海真と接すればいいのか分からなくなって、話すのも恥ずかしくなって……自然と一歩引かざるを得ない状態になった。

 少し下がって話をする。少し下がって皆を見つめる。その結果……周りからは落ち着いたお姉さんだね? しっかりしてるね? 気が付けばそう思われる様になっていた。自分じゃもうどうする事も出来ない位に。


「やっぱさ? 恋桜も積極的に行くしかないんじゃない? 自分出して」

「何言ってんの? じゃあ湯真だって凜桜にガツガツ行けば良いじゃん? もう、安易に行けないの分かってるくせに」


 最初に恋桜から話を聞いた時、全く同じ事を言った。そして言われたんだ。でも、その言葉の意味はすぐに理解できた。


「だな。俺にも恋桜にも、積極的に行ける勇気は……ない」

「この仲の良い関係を……壊したくないもん」


 俺は海真と仲が良い。

 恋桜も凜桜と仲が良い。

 そして確証はないけど、毎日の距離感・雰囲気・会話している時の顔。それらを見ても……


 海真と凜桜は両思いだ。


 そこにわざわざ積極的に入って行って、この4人の関係が壊れることを望んじゃいない。

 どっちも……お互いの兄姉が大事だから。


「はぁぁぁぁ、しかし居候する事になるとはねぇ……湯真? 分かってると思うけど、これはチャンスであり危機よ?」

「知ってるって。2人で居る時間が長いとなれば、ちょっとしたキッカケで……」


「「正式に付き合うことになる」」


「それだけは……」

「なんとしてでも……」



「「阻止っ!」」



 まぁ結局の所、具体的な案は浮かんでない。ただ、今までもこれからも手を組んで戦う事に変わりはない。

 俺は海真の情報を、恋桜は凜桜の情報を提供する事でわずかな隙間に徐々に潜り込んで行く。

 誰かが言っていたっけピンチはチャンス。


 だとすれば、この状況を絶好の機会に変えてやる。


「恋桜!」

「湯真!」


「これからも……」


「「よろしく!」」


 こうして4月の月明かりの下、俺と恋桜はガッチリと握手を交わし……再度、その強い意思を胸に刻んだ。


「じゃあ俺、そろそろ中入るわ。おやすみ」

「うん。おやすみ」


 こうして一足先に中へ戻ろうとした俺は、徐にドアを開ける。

 すると、その先の階段の下には……


「おっ、湯真!」

「屋上行ってたの? 湯真」


 2人仲良く立って居るじゃないか。なんだ? 2人揃って……マジで良い雰囲気出し過ぎだろ?


「あぁ、2人は?」

「海真に本借りてたんだ」

「俺も凜桜に本借りててさ、そしたらなんか屋上のドアの音聞こえてよ? 2人で様子見に来たんだ」


 本……ねぇ……本当にそうなのか疑いたくなるけど。まぁここは普通に。普通に。


「そっか。じゃあ俺寝るわ。おやすみ2人共」

「おう! おやすみー」

「私も寝るよ。おやすみー」


 そう言いながら、俺は2人の横を通って自分の部屋へ向かった。そしてそそくさとベッドへ向かうと……


「ちくしょう」


 横になった瞬間、無意識に言葉が零れる。それは紛れもない本心。


 はぁ……それにしても、なんだか幸先不安な1日だった。やっぱり2人の間にそれとなく入り込むには……時間が掛かりそうだな。けど、そうこうしている内に……はぁ……


 でも、恋桜と改めて協力関係を結べたのはデカいな。とにかく、このチャンスをモノにしないと。

 そしてこのピンチを……チャンスに変えないと。


 となれば、早く寝て明日に備えよう。闘いの日々は長い。



 頑張れ俺。頑張ろう恋桜。


 そして待ってろ凜桜。


 よっし。電気を消して……ベッドに入って……アラームチェックして……明日も頑張ろう。




「おやすみなさい!」



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