第3話 いつもの通学路




 遡る事数ヶ月前、あれは本当に唐突だった。


『突然だけど、仕事の都合で青森に行く事になった』


『『『はぁ?』』』


『それに伴って、ママとおチビちゃん2人も付いて来てもらおうと思ってる』


『『『はぁ?』』』


 ある日の夜、突然告げられた言葉に驚きを隠せなかった。

 まぁ父さんの仕事の都合上、そうなる可能性が前々からあったのは確かだけど……本当の問題はそこじゃない。


『ちょっと待って。チビ達連れて行くって、俺達は?』

『まさか寮か? マジで? やったぜ! うちの寮ってかなり凄いらしいよな』

『……そんな甘い訳ないでしょ? ね? パパ? ママ?』


『そりゃそうだ。あそこに居たら絶対に堕落した生活を送るに決まってるからな』

『3人共小さい時からの友達とは離れたくないでしょ? だから……ちゃんと手は打ってあるよ?』


『じゃあどうすんだよ?』

『えっとね4月からは……』


『月城さんのお家でお世話になる事になりましたぁ!』



『『『えぇ!?』』』





 ■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒■◇☒□◆☒





 なんて事を思い出しながら、気が付けば俺は見慣れた通学路を歩いていた。

 なにやら目の前で楽しそうに話している男女の姿が見えるけど、いつもの光景なのであまり気にはしないようにしよう。


「マジかよ?」

「本当だってばっ! ふふっ」


 いや? やっぱり無理だな。なんだろう。こいつらの目の覚めるような明るい会話は、今まで散々目にしてきたはずなのに、今日は一段とイライラする。


 俺の目の前に居る男。名前は雨宮あまみや海真かいま、高校2年生。バスケ部に所属するスポーツマン。その短髪と、爽やかな顔の通りに性格も明るく、男子女子問わず友達が多い。もちろん女子人気も……凄い。


 まさに正真正銘のイケメン陽キャ。そして俺の双子の兄。

 こんな奴が兄となると、多少なりとも引け目を感じるのは当たり前だろ? しかも双子となれば、顔も瓜二つ。部活も一緒。学校も一緒。唯一違うのは髪型と性格くらいだろうか。

 明るい海真に冷静な俺。友達からは良くそう言われている。まぁ実際ボケの海真にツッコミを入れるのが俺の仕事でもあるし……その通りだとは思う。


 とはいえ、兄弟の仲は悪くない。むしろ良い方だ。話も良くするし、バスケのプレーも噛み合う。なんと言うか海真ならこうする、ここに居るって思えば本当にそうしてくれるし、逆もまた然り。この辺は生まれ持った何かなのかもしれない。


 ただ1つだけ、俺は海真を嫉んでいる。その原因は他でもない、海真の隣を歩く人物の存在だ。


 仲良く話をしている女の子、名前は月城つきしろ凜桜りお。彼女もまた高校2年生だ。ショートカットにチアリーディング部らしく、スラっとしているが出る所は出ていてスタイル抜群。そんな彼女もまた、その見た目通り気さくで明るい性格から男女問わず友達が多い。もちろん男子の人気も……凄い。

 まさに正真正銘のクラスの中心的存在。そして俺が密かに想いを寄せる人物。


 ただ……見れば見る程、目の前の2人の会話と立ち振る舞いは絵になる。まさにお似合いとはこの事だろう。それこそ長年見続けた今でも、変わり映えすることがない位に。


 家も近所という事で、俺達は小さい頃から仲が良かった。むしろ保育園からの付き合いで、小中高と同じ学校に通っている。それに俺自身いつからそういう感情を覚えたのかは定かじゃない。ただ、気が付けば……気になる存在になっていたんだ。


 でも、その頃には既にこの立ち位置は完成していた。似た者同士の2人、気が合わない訳がない。

 まさか早速、朝からその片鱗を見せつけられるなんて思いもしなかったけどさ? まさに運命としか言いようがない偶然。

 仲良く話す2人を眺めながら、時々相槌を打つ。これもいつも通りの光景。それを目の当たりにして、俺は……いや、は今まで割って入る事が出来なかった。


 ……しかし! そんないつも通りの関係に、希望の変化が訪れる。


 そう! まさかの居候。


 数ヶ月前の両親の爆弾発言。それも驚いたけど、もっと驚いたのが居候先だった。

 俺達の通う鳳瞭学園ほうりょうがくえんには寮がある。しかし何かと便利な場所らしくそれを危惧した両親によって阻止され、その代わりに手を打ったとドヤ顔で言われた先が……月城家だった。


 確かに月城さん夫妻とうちの両親は昔から仲が良くって、家も近所。しかも仕事の関係で自宅も大きいのは何度も遊びに行ってるから知っている。けど、だからと言って娘と同い年の男を居候させるのはどうなんだろう。

 まぁ当の本人達は、朝の通りに全然気にしている様子はなかったけどね?


 こうして俺達、そして初花の3人は月城家に居候する形になった。海真の奴は最初から乗り気だったし、初花も同じだった。お姉ちゃんが出来たって。けど、俺は驚きと恥ずかしさで何とも言えなかったっけ。

 とはいえ、思いがけず凜桜との距離が近付いて嬉しくもなった。完成されつつあったこの状況を打破できるチャンスかも? なんて期待もしたけど……


 この状況を見る限り、近くなったのは……


「うぅ……距離が近くなったのは自分だけじゃないって訳か。くっ、どうにかしないとあっと言う間に……」


 ん!?

 不意に聞こえて来た声に、一瞬自分が思っている事をうっかり口に出していたのか? そう思い焦ってしまった。けど、そんな焦りもすぐに消えてしまう。横から聞こえてくる、まるで自分が思っているような言葉の数々。


 そっと横に視線を向けると、そこにはセミロングの髪の毛を携えて、目の前を歩く2人に向かい怪しい念を飛ばしている人物がいた。


 おいおい。初見だと完全怪しい人だぞ? まぁ俺としてはこの光景もモノなんだけどね?


「おい、恋桜」

「はっ! なっ、何よぉ」


 その正体は月城恋桜。間違いなく、先程俺に強烈な一撃を放った人と同一人物。

 ただ、今この瞬間に限れば、朝の般若姿は身を潜めている。まぁそれもそのはず。俺は知っている。よーく知っている。

 こいつは同じ歳で幼馴染であり、凜桜の双子の妹であり……


「……いや?」

「笑ってたんでしょ? 知ってるよ? もう……朝の覗きのこと言ってやろうかな?」

「だからあれはワザとじゃ……」


「あっ、恋桜?」

「うん? どうしたの? 海真?」


 極度の猫かぶり女だという事もなっ! ほらほら俺との対応の違いを見てくれ。


「そうなの? もう、海真ったら。あっ、凜桜ぉ? なんで笑ってるのさぁ。ふふっ」


 凄いだろ? こうしてみると、まさに恋桜レオだけに、猫の皮を被った


「ねっ? 湯真?」

「あっ、あぁ」


 っと、話をいきなり俺に振るんじゃない。素モードと猫かぶりモードの差が激しくてうまく反応出来ないだろ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……はぁ、どうしたもんか」


 一通りの会話を終え、またもや別世界でお楽しみの前方の2人。そんな姿を見て、ため息交じりに恋桜が呟く。

 こんな時、初花と廉二のシスターブラザーコンビが居ればナチュラルにこの場を壊してくれるんだけど……一緒に朝練に行くと言って一足先に学校へ行ってしまった。


「どうしたもこうも……なぁ……」

「やっぱり2人の間は固すぎるよ」


 恋桜は素モード全開。

 まぁさっきは朝の出来事のせいであれだったけど、基本的に俺達は仲が悪い訳じゃない。むしろ協力関係というか、戦友というか……そんな表現が合うのかもしれない。それもそのはず、前を向く恋桜の顔を見れば心の中で何を思っているのかは丸分かりだ。



 そう、俺が凜桜に想いを寄せている様に恋桜は海真に想いを寄せている。

 ただ、俺達の恋が実る可能性は現段階で……


 かなり低いのは明白だ。



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