Episode.24 異次元の旅







ハルキを探すために異次元へ旅立つ。僕はその前に、一度家に帰った。


帰宅すると、理子さんがすぐに戸口から出てきて、僕に飛びつく。街の住民には避難命令が出されているから、理子さんは僕が闘いに行くのだということがわかっている。


「どこに行ってたの?それに、避難命令が出て…」


僕は家の玄関で彼女を抱きしめて、腕を解いてから理子さんを見つめる。


彼女は僕の目の中に何かを見つけたのか、怯えながらも真っ直ぐ僕を見つめ返してくれた。


朝の光が僕たちを包んでいる。旅立つ僕は、彼女に言わなければいけないことがたくさんあった。


「君は…いつでも僕のそばに居てくれたね」


彼女は黙っていた。


「僕は行かなくちゃいけない。でも、きっと戻って来るよ」



僕は、いろいろなことを思い出していた。



理子さんが僕を呼んで、悲しみの沼から引き上げようとしてくれたこと。



それから、いつも僕がくたびれてしまった時、彼女が慰めてくれたこと。



彼女の生活が僕に寄り添っていたこと。



僕が彼女を愛するほど、彼女もそうしてくれていたこと。



「きっと帰ってくる」



僕がそう繰り返すと、彼女は一度頷き、怯えていた目に勇気を宿そうとして懸命に僕を見つめた。



それから僕は、照れくさかった気持ちも忘れて、彼女をぎゅうっと抱きしめる。



彼女を手放してから、僕は彼女に笑ってみせた。そうすると彼女は、泣きそうになるのを堪えて「待ってる」とだけ言う。



彼女に頷き、名残惜しくなる前に理子さんの元を旅立った。








僕たちは、もしかしたら春喜を探す手がかりになるかもしれないと思って、タカシを連れて行くことにした。


「“監視”のギフトを持つ者に一つ一つ異次元を確かめてもらうのも手かもしれないが…」


そこでロジャーが、ぽんと片手のひらを打った。


「兵長。もしかしたら、タカシ様ならハルキ様を探してくれるんじゃないですか?タカシ様と、あとは監視の棟梁とうりょうを連れて行けばいいんじゃないかと…」


「そうか。では私はイワンを連れてくる。お兄様はタカシ様を連れに行ってくれ」


「わかりました」




誰も彼もが避難をして、誰も居なくなった街を歩いている時、僕はイワンのことを思い出していた。



「イワン」は、監視のギフトを持つ隊の隊長だ。僕は、何度かしか会ったことがない。


前に聞いた話では、僕が地球に居た頃に僕を見つけて、飛び降りようとした僕を見ていたのも彼だったと聞いた。


数回会った感想にしか過ぎないけど、彼は自分の任務を億劫だと思っていて、監視のギフトをあまり好んでいないように思った。


それはそうかもしれない。僕だって、誰の生活でも悟られることなく覗けるなんて力が手に入ったとしたら、自分を薄気味悪く感じるような気がする。


でも、僕たちはイワンの力を借りたい。



僕は宮殿へと急いだ。






僕が宮殿からタカシを連れて兵舎に戻ると、なんと、先の闘いでオズワルドさんの指示に従って兵士を癒していたロザリーナも、軍へと自らやってきていた。


確かに僕たちには、“治癒者”が必要だった。


でも僕は、すでに死んだ兵士を諦めることが出来ずに、泣きながら治療をしようとしていたロザリーナを覚えていた。


それはロジャーも見ていたので、僕たちはロザリーナを心配する。


「姉ちゃんよ、大丈夫か?」


ロジャーがそう言うと、彼女はこくんと頷いた。


「自分に出来ることがあるなら、最後まで諦めたくないんです」


彼女はそう言って、前を見ていた。


兵長はロザリーナを迎え入れた。




「と、それから、会ったこともない人間もいるだろう。彼がイワン・ザミョートフ。“監視”のギフトを持ち、ハルキ様を探すのに適任だ」


イワンは僕たちから目を離さず、ちょっと会釈だけをした。彼はくりくりと巻いた赤毛を短く切り、肌の色は活発そうに見え、大きな目をした、中肉中背の男だった。


「ザミョートフ、今ここで、少しやってみてくれるか?」


兵長からそう頼まれたのでイワンは目を閉じる。僕たちはそれをじっと見守っていた。


しばらく彼は頭をあっちへ向けたりこっちへひねったりしていたけど、不意にぷるぷるっと首を振る。


「…兵長、「異次元だ」ってだけじゃ、探しようがないです。ハルキ様の持つ巨大な力を追うにしても、僕はそれを見たこともないですし…」


兵長は「ふーむ」と唸った。


「そうか。じゃあなおさらタカシ様の助けが要るな。お兄様、タカシ様をザミョートフに抱かせてやってみてくれないか」


「は、はい…」


僕は「タカシの力を感じることで春喜を追いやすくするんだな」と分かったし、イワンに「大丈夫?」と確認してから、タカシを抱かせてみた。


「ふん…」


イワンはちょっと息を吐いてから、また目を閉じ、タカシを撫でていた。


「……大きな、木が見えます…」


彼はそう言ってから、目を開ける。


「木?その近くに春喜が?」


「ええ、おそらく」


僕とイワンはそう言葉を交わし、僕は「ありがとう、イワン。助かるよ」と言った。


するとイワンは、嬉しそうだけどちょっと恥ずかしがって肩を揺らし、タカシを撫でていた。


「よし。では次は移動方法だ」







訓練場に集まった僕たちの中で、兵長が僕を見ながらこう話を始める。


「君一人が行くなら簡単だが、異次元には君が送ったモンスターがどこかしらに紛れ込んでいる可能性が高い。戦闘員全員で行かなければ危険だ」


僕たちはしばらく考え込んでいたが、ふとアイモが顔を上げる。


「手をかざすんだよね」


「そうだけど…」


「僕たち全員が、鏡に映ればいいんじゃない?」


「そうか、それは案外いい考えかもしれないぞ。踊り場に鏡はある。行ってみよう」


兵長は顎をこすり、僕たちは兵舎の中にある階段の踊り場に急いだ。




踊り場にある大きな鏡には、今、僕たち七人と一匹が全員映り込んでいた。そこに僕は右手をかざす。


緊張気味に、互いの目を見た。


「では、やってみます」


僕はそう言って、そして、「送れ!」と念じる。



すると、世界がぐるっと回転して、胃の中がひっくり返るようなあの感覚が僕を襲った。





気が付くと、僕たちは土のような岩のような地面に足をつけて立っていた。そこは、森林のようだった。でも生えている木はどれも見たことがなく、それに、木の葉はすべて真っ赤だった。


「ここは…」


「移動は成功したようだな」


兵長が僕の隣で満足したように頷いた。僕は慌てて周りを見回し、全員が揃っているか確認した。


居る。ちゃんと居る。でもみんな、見た事もない光景に驚いて、ロザリーナは少し怖がっているようだった。


「見て下さい…空が…!」


ロザリーナはそう言って上を指差す。僕たちが見上げると、アイモは「ああっ!」と叫び声を上げた。



それは、真っ赤な空だった。どう見ても夕焼けには見えない、血のように赤い空が広がり、煙のようなものがところどころ漂う空は、不気味で恐ろしかった。



「早くハルキ様を探そう」






僕たちはタカシを先頭に歩いて、何度も違う次元へと移って行った。その間に、僕は少しずつ、次元の遠さや近さを測れるようになり、その結果、自分たちの元居た世界に近い場所に移って、水や食料を補給することが出来た。


別の次元に転移する時には、全員がロザリーナの持つ手鏡を覗き込んで、僕が右手をかざす。そこに着いたらタカシの反応を見て、その次元をイワンが透視しながら、春喜を探す。


そうしてくるりくるりと回る世界の中を、僕たちは旅していった。





どうして見つからないんだ。



そんな苛立ちが、全員の間に広がっていた。


ロジャーはカリカリして、ロザリーナとアイモはふさぎこみがちになり、ジョンは黙りこくって、兵長でさえ苛立ちを隠せない時もあった。


数限りなく存在する次元を一つ一つ、人間一人だけを探しに移動していく。


それは途方もない、それこそ永遠の時間が必要なことだ。僕は後悔した。



こんなことに、いつまでもみんなを巻き込んでいていいのだろうか?それより、人々を元の世界に全員移して、僕は弟のことを諦めればいいんじゃないだろうか?



そう思うたびに、最後に見た春喜の悲しそうな、悔しそうな顔が浮かんで、僕の頭を離れなかった。





ある次元に移った時、それは起きた。


僕たちが辿り着いた場所は森の中で、それこそモンスターだらけだった。


「あぶない!」


まず初めにアイモがそう叫び、全員が降り掛かってきたモンスターの鉤爪を避けた。


「運が悪かったな!俺は今、虫の居所が悪いんだぜ!」


ロジャーがそう叫び、そこら中を埋め尽くすモンスターを焼いた。久しぶりに彼の目が、赤い熱に燃える。


「やっとおでましだな」


こちらに向かってくる分を、兵長は挙げた片手でぴたりと止めて、それをジョンが切り裂いた。


アイモはあとからあとからやってくるモンスターを持ち上げておいて、間を持たせる。久しぶりの闘いだった。


「いってえなこんちきしょう!お返しだ!」





闘いが終わる頃には、全員がへとへとになっていた。僕たちは体はくたびれ、ロジャーとアイモは少し怪我をしていたので、ロザリーナの手当てを受けていた。


「大丈夫?もうすぐ終わるから…」


「大丈夫。痛くなくなってきたよ。ありがとう」


「良かった…」


もし戦闘になったら、僕とイワンはロジャーの足元でタカシを抱きかかえるようにと言われていた。


僕が違う次元へモンスターを送ったとして、そこに僕たちが辿り着いてもう一度相手をすることになると面倒だと、兵長から言われたからだ。


僕の腕の中に居たタカシは怯えていたけど、僕がずっと撫でてやっていると、少し落ち着いたようだった。それから僕たちは集まって話を始める。



「ここがもしあんちゃんが奴らを送っていた場所なら、ハルキ様が飛んだのもここだってことも考えられるぜ。転移させるのにやりやすい場所ってことだろ?それなら自分を送るのも同じかもしれない」


「それはそうかもしれないが、あえてこんな危険な場所を選ぶか?それに、俺たちが初めに飛んだ場所はここじゃないじゃないか」


「そりゃあそうだが…でも、危険な場所でもハルキ様はかまわないと思うぜ。何せ、誰も近づけない防御壁を張れるんだからな」


「うーん…」


ロジャーとジョンはそう話している。兵長は黙ってそれを聴いていた。


「あんちゃんよ、タカシ様の様子はどうだ?」


そう聞かれて僕はタカシを見たが、タカシは僕の膝の上で眠ってしまっていた。


「眠っているので、どうとも…」


「ザミョートフ、透視を始めてくれ」


「了解しました」


イワンは数限りなく異次元の様子を透視したので、もう目を開けたまま透視が出来るようになっていた。


「とにかく、いつも通りに少し探してみよう。警戒を怠るなよ」


兵長がそう言うので、僕は寝ているタカシを抱いて、僕たちは森の中を歩き出した。






それから僕たちは、あてどもなくその森を歩き、モンスターたちはその中に潜んで僕たちを見つけては襲い掛かってきた。


すべてをかわすのは難しく、全員に濃い疲労が表れ始める。


「広い森だな。しかも襲ってくる奴らばかりだ。もう勘弁してほしいところだ」


ジョンがそうこぼした時、けもの道の脇から、いきなり炎が飛び込んできた。


「きゃあっ!?」


ロザリーナさんがびっくりして、慌ててアイモを抱える。僕は急いで右手をかざし、吸い込まれていく炎を別の次元へと送った。そして、その主をロジャーとジョン、兵長が必死に探す。


でも、モンスターはどこにも居なかった。


「なんでだよ!?なんで何も居ないのにこんなことが!?」


「あんちゃん!何も居ないぜ!」


僕がくたびれる頃、やっと炎は止んだけど、ドラゴンらしきものも見えず、炎の正体は分からなかった。


でもそこで、イワンが突然叫ぶ。


「居た!居ました!」


彼は興奮して遠くに向かって視線を浮かせていた。僕たちは全員その方向を見る。


「ザミョートフ、間違いないのか」


「ええ。必ずここに居ます。この森の奥だと思います。」


「よし。では行こう」







それから僕たちは洪水のような急な鉄砲水、飛んでくる岩などに道を阻まれて、なかなか進むことが出来なかった。


何しろ、それらをいつも放っていたモンスターは居ないのに、そんなことが起こるのだ。


辺りにはモンスターが闊歩する地響きも無い。


でも僕たちは緊張し、感覚を研ぎ澄ませて目を走らせ、慎重に森の中を進んでいた。すると、行く手に兵長が何かを見つける。


「あれは…青い炎だ!」


僕たちは一斉に前を見て、目を凝らした。確かに、遠くに青い炎のようなものが見える。


それは森を抜けた木の根元に揺らめいているらしかった。イワンが初めに言ったことと同じだ。


「慎重に進め!おそらくここが一番危険だ!」


僕たちにはもう分かっていた。


あの炎や鉄砲水などは、多分、春喜が作っていた仕掛けだ。モンスターを自分から遠ざけておくために。


だったら、この先が一番厳しい道だろう。実際に近づいていくのだから。するとそこで、兵長がこう言う。


「あれは多分ハルキ様だろう。見つかったなら、遠慮をすることはない。何かが来たら、迷わず別の次元へと送れ」


「…はい」





最後に襲い来たのは、「重さ」だった。でも、重い「物」ではない。


僕たちは感じていた。一足一足進むたびに、体が重くなる。


「どうなってんだよ、これ…」


「…重力だろう…もしかしたら、進むのは難しいかもしない。アイモ」


「はい、やってみます」


アイモが頷いて、全員を持ち上げようとした。タカシは苦しそうに地面に踏ん張っている。


ふわっと僕たちは浮いて、アイモがうめき声を上げた。


「すごい…!重いよ…!」


青い炎が迫るほど、アイモは苦しそうにしていた。


「も…もう無理…かも…!」



炎の形が近くなり、森を抜けた僕たちは、視界に収まり切らないほどの荘厳な巨木の下で眠っている、春喜を見た。



「春喜!」


「だめだ!これ以上無理!」


アイモがそう叫んで僕たち全員を放り投げると、僕たちはその場にどさっと落ちる。でも不思議と、もう重みはもう感じなかった。僕は春喜の目の前に落とされて、タカシは喜んで春喜の元へと駆けて行った。


「タカシ!」


僕は思わず叫んだ。もし今の春喜に触れたら、タカシといえども危険かもしれないからだ。


でも、予想に反してタカシは春喜の炎に触れたあと、炎の周りを回り出す。


「あれ…?」


それは炎ではなかった。僕はおそるおそる炎に包まれているように見える春喜に近寄り触れてみる。


「あっ…!」


僕の後ろから兵長も手を伸ばして青いものに触れ、驚いて手を引っ込めた。



「凍っている…!」






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