Episode.23 ハルキを探せ!







僕は春喜を見失った後で、すぐに街へと走って行った。



春喜が僕から逃れて、神の命ずるままに街を滅ぼしてしまう前に、早く止めないと。春喜を止めなくちゃ!



そう思って街の中へ入り、中心部目掛けて僕は走った。



しばらくすると方々で扉の開く音、誰かが水を汲む音などがちらほらと聴こえてきて、僕の後ろで太陽が昇り、赤い煉瓦の道が光を照り返して鮮やかに輝いて、家々の白い石壁は眩く光り出した。



「居ない…?」


僕は市場から坂を上った展望台まで来ていた。春喜の姿は無い。ここではないのかもしれないけど、街を見渡すにはここが一番だ。


でも、そこから街を見下ろしてみても、青い炎はどこにも見えなかった。


遠く彼方で、これから商売に行くのだろう人などが、家族に挨拶をしている声が聴こえる。


「どういうことだ…?」




僕はしばらく街の中を歩き回ったけど、春喜の姿は無く、人々が無残にも殺されていくなんてことも起きなかった。


とりもなおさず、僕は軍の兵舎に向かった。




門番はちょっと眠そうに僕を迎えて、昨日終わった闘いへの労いとして、丁寧に会釈をしてくれた。



兵長室のドアをノックすると、十秒ほどして「入れ」という返事があった。


扉を開けると兵長はソファから起き上がりかけているところだった。今まで眠っていたんだろう。


「お休みのところ、失礼します。兵長、お話があります」


兵長は思い切ったような僕の口調に少し目線を尖らせ、僕にもソファに座るように促した。


「話とは?」





僕が一言一言話すごとに、兵長は焦り、青ざめ、やがては失意に呑まれたようにうつむいた。僕は夢の話と春喜の話を終えてから、こう言った。


「兵長、僕は弟にそんなことをさせたくないんです。弟はいわば、神様に利用されているだけです!そんなことで殺戮などさせません!それに…」


そこで僕は、街の中を走り回っている時に願っていたことを言いたくなった。


兵長がそれに頷いてくれるかは分からない。でも僕は、誰にでもいいから、この気持ちを話したかった。ずっとそう考えていた。


「それに、僕は…弟を人間に戻してやりたいんです…!もう一度、ただの兄弟として…僕たちはそうやって幸せに暮らしていたんですから…!」


僕は泣きながら、必死の思いで兵長を見つめた。


どうか彼が、「残念だが、我々を殺すようなら、ハルキ様を殺すしかない」とは言い出しませんように。そう祈った。


兵長も真剣に僕を見つめてくれていた。そして、一度頷くと、彼は急いで立ち上がり、扉へと歩く。


「兵士を全員集めるぞ!ハルキ様を探そう!私たちは一度、宮殿に行く必要がある!君は一班の者を叩き起こして、兵長室に居ろ!」


「は…はい!ありがとうございます!」



僕はその時、嬉しかった。



弟を大切に思う気持ちを分かってもらえたのだ。



僕は不安が消え、力が湧くのを感じた。



それからすぐにロジャーの部屋、ジョンの部屋、アイモの居る待機室を回り、兵長室へと戻った。そして彼らにも、神から言い渡されたことを伝えた。





「僕たち、死んじゃうの…?」


「あんまりだ…そんなの…」


アイモとジョンが絶望に暮れる中、ロジャーはじっと窓の外を見ていた。そして、僕の話が終わってから、こう言った。


「なあ…もしかして、ハルキ様は…異次元に自分を飛ばしたんじゃないか…?」


「えっ…?」


僕たちが呆気に取られている間に、ロジャーは僕を見て話を続ける。


「急に消えたんだろ?それってお前やハルキ様が戦場で使った力に似てるじゃねえか」


「だとしたら、人殺しをしない方法として、それを選んだのかもしれねえ、と、俺は思うんだが…」


僕は考え直して、確かにそうかもしれないと思った。


多分春喜なら、腕なんか動かさずとも力を使えるだろう。そう思っていると、ロジャーの隣でジョンも頷く。


「それは考えられるな。ハルキ様は泣いてたんだろ?きっと殺したくなかったんだ。だったら、一番いい方法でもある」


「そうだね、僕だって、神さまにそんなふうにあやつられちゃったら、そうするかも…」


アイモは悲しそうな顔をしていた。


僕は物事が一つの線上に並んだ感覚を得て頷き、みんなにこう言った。



「みんなに頼みたいことがあるんだ」



「なんだよ」


「なあに?」



僕は三人を見つめた。それが反射するように、三人からそれぞれ強い意志が返ってくる。



「弟を止めるのを、手伝ってほしい。僕一人では多分無理だと思う。それに、僕は弟を、元の子どもに戻してやりたいんだ…どうしたらいいのかはわからない。だから、みんな…」



そう言うと、ロジャーは僕を見てにやっと笑った。そして立ち上がる。



「頼まれるまでもねえことだ。今までだって、一緒に闘ってきたじゃねえか!」



僕は思わず泣いてしまった。僕の肩に重く圧し掛かった大きな荷を、みんなが手分けして背負ってくれる。こんなことがあるなんて。






その後、兵士たちが起きてきて、ざわざわと騒ぎ始める音が聴こえ、兵長が戻ってきた。


「集まったか。では宮殿に行ってみよう」


僕たちは立ち上がり、敬礼をして、「はい!」と返事をした。







白い宮殿は、曇ったレンズで写したように、朝日を浴びてほんわりとした光を放っている。宮殿の門は開いたままだった。


僕たちはそこまで着いて、慌てて中に駆け込む。




「これは…やはり…」



春喜のベッドには、誰も居なかった。でも、ベッドの足元にはタカシが残されたままで、タカシはすやすや眠っていた。


僕がタカシに近づいていくと、不意にタカシはぱちっと目を開け、首を持ち上げる。



僕はタカシの目を見た。その目には表情があり、そしてそれは厳しく、優しく、意志の重みがあった。僕の背中がぞわっと粟立つ。


タカシは大儀そうに口を開いた。



「少年を探すのか」



僕はまた足が竦み、恐怖がぶり返す。それはしゃがれて乾いた、老人の声だった。


でも僕は、ここ一番の勇気を振り絞ってこう言った。



「…はい…そして、止めます」



「人の子よ。道に逆らうな」



神がそう言い終わると、タカシの目はゆっくりゆっくり閉じて、またぱたりと自分の腕にもたれ、眠り始めた。


全員がそれを見ていて、僕が振り向くと四人とも青ざめていた。アイモはすっかり怯えてジョンにしがみつき、抱えられていた。







宮殿から帰り、僕たちは「議会に寄ってから兵舎へ戻る」と言った兵長を、兵長室で待っていた。


一階からは、兵士たちの不安そうなつぶやきがいくつもいくつも重なり、ざわめく空気は広がり続けていた。それは僕たちの胸を急かし、僕たちはあまり喋らなかった。




そして朝食のベルが鳴って外に出た途端、僕たちはたくさんの兵士から質問攻めにあった。


「お兄様!神様の話って本当なのかよ!」


「夢だったんだろ!?本当なわけないよな!?」


「俺たちが何したって言うんだよ!」


「昨日だって仲間があんなに死んだんだ!これ以上、どうしろって言うんだ!」


たくさんの言葉が僕にぶつけられ、僕はしばらく戸惑っていたけど、だんだんと声は止み、彼らは僕の答えを待っていた。


集まった兵士たち全員が、不安でいっぱいの目をこちらに向ける。僕はゆっくり口を開いた。


「残念ながら、本当のようです…さっき宮殿に行き、タカシの口を通じて、僕は神の言葉を聴きました」


そこで少々のどよめきがあり、静まり返るのを待って、僕は言った。



「神は僕に、「道に逆らうな」と言いました…」



それで兵士たちはがっくりと力を落として、半数の者が項垂れる。その時、ロジャーが右手を振り上げ、こう叫んだ。


「だからこそ!俺たちはハルキ様を探し出して止めるんだ!ハルキ様は自分で自分を封じるために、おそらく異次元へと飛んだ!それなら探し出して、ハルキ様の中から神様を追っ払うしかねえ!」


兵士たちは初め、その言葉を聴いて戸惑い、怖がっていた。ロジャーはこう続ける。


「お前ら忘れたのか!ハルキ様は戦場で俺たちの窮地を救ってくれた!それは人間であるハルキ様の意志だった!神様の命令じゃない!」


それを聴いて、兵士たちは大いに驚いたようで、叫ぶ者も居た。


「闘うんだ!探し出すんだ!今度は俺たちが、ハルキ様の力になる番じゃねえのか!」


すると、少しずつ兵士たちが元気を取り戻し、隣り合った者と顔を見合わせて、ぼそぼそと相談をする者も居た。


「やるのか!やらねえのか!そんなんで死んでいった仲間に顔向けができるのか!?ここで俺たちがやらなきゃ、俺たちだけじゃねえ、街の人さえ守れねえんだ!俺たちは“護る者”じゃねえのか!」


その時わあっと歓声が起き、みんなの心に兵長の言葉が思い出されたのだろう、幾人かが、「やるぞ!」、「救うんだ!」と声を上げた。



興奮が頂点へと達して団結した兵士たちの背後から、兵長が現れ、「議会の承認が得られたぞ!全員こちらを向いて聞け!」と叫ぶ。



「我々はこれからハルキ様を探す!住民へは、議会から地下シェルターへの避難命令が出されることになった!」


「二班、三班はここに残り、続いて住民の安全確保にあたれ!私と一班はハルキ様を捜索する!私の居ない間の指揮は二班の長に命じる!くれぐれも気を緩めるな!住民を守るんだ!」



そして僕たちは、異次元への旅に出ることになった。







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