Episode.18 孤独







僕たち第一班は、春喜が口にしたことにより僕一人が抜けることになって、やっと団結した僕たちは、引き離された。でも、その前にまた敵襲が二度あった。



その日の兵長は、尋常ではない事態に焦りを隠せない様子で叫んだ。


「監視者の話では、モンスターはここから10キロ地点で突如姿を消した模様!なんらか能力のある可能性が高い!住民には街の逆側へ避難命令を出した!充分に警戒して、一班と二班は組んで行動し、後方支援は三班が行う!私も三班について全員で任にあたる!四班は門の内側に待機!全員くれぐれも気を抜くな!」


全員、腹の底から「はい!」と返事をし、すぐに馬車に乗った。大きな馬車は林の中をガタゴトと踏み鳴らし、そして兵長が街の門を開ける。すると、遠くに何かがちら、と見えた気がした。僕は見逃してしまいそうだったけど、兵長は「全員早く出ろ!こちらへ向かってる!食い止めろ!」と金切り声を上げた。


街の門が閉まる前に三班までの兵たちが走り出て、兵長の指示に従って全員が横並びの二列になり、それぞれ力を揮うべく手を差し上げたり、銃を構えたりした。


「探せ!必ず近くに居る!絶対に門を越えさせるな!」


すると、ヴィヴィアンがまず初めに叫んで指を指した。


「居た!あそこだ!」


でも全員モンスターの姿は見えず、ヴィヴィアンはすぐに両手を振り上げ、一度爆撃を放った。土煙が舞い上がり、僕たちの方へも爆風が飛んでくる。そして、その土埃が晴れた時、僕は見た。


体の一部が透明に透き通り、そしてみるみるそれがモンスターの巨体を覆って、完全に透明になったのを。僕はその間になんとか右手をモンスターに向け、「消えろ!」と念じる。しかし、すぐそばで爆音のような地面を叩く音がし、「ぎゃああっ!」という叫びが上がった。軍は一気に全員が浮足立ってあちこちから悲鳴が聴こえ、それにさらに混乱を投じるように、次々と地面がドシンドシンと揺れる。


兵士たちは地面に叩きつけられ、門に向かって投げ飛ばされた。「兵長!無理です!見えません!逃げましょう!」とある者が泣き声を上げた。


「馬鹿者!街に入れたが最後だ!絶対に仕留めろ!」


僕は必死で見えないモンスターめがけて右手をかざすために、あちこち目を向けた。でもそれはなかなか見えず、戦場には血が溢れていった。


「どこだ!姿を現せ!ちくしょう!」


僕がそう叫んだ時だ。


「ぎゃあっ!!」


はっとして慌てて振り返る。土埃の中で僕の足元に居たのは、体を潰されたヴィヴィアンだった。


「ヴィ…ヴィヴィアン…」


そんな。こんな傷じゃ…吹雪にだって…。


ヴィヴィアンは腹から下のすべてを潰され、あたりにはその血と肉が飛び散っていた。血の染みた土が真っ黒で、僕はその光景に一瞬すべてを忘れ、呆然と立ち尽くす。闘いの轟音はどこか遠くに聴こえた。


すると、その様子を薄目を開けて見ていたヴィヴィアンが、何かを喋ろうとするので、僕は屈み込んでそれを聴こうとした。ヴィヴィアンは呼吸の出来ない中、ゆっくり、最期の言葉を紡ぐ。


「何…グズグズ、してんだい…闘いは…続いてるんだよ…」



それからのことはよく覚えてない。僕はとにかく、叫ぶことから始めた。そして街の門を背にして、「消えろ」と念じ続け、目の前にある莫大な空間そのものを消しに、全力を右手のひらに注いだ。


残ったのは、更地になったように岩すら削れ、埃も立たなくなったまっさらな大地だった。あの兵長までもが恐れおののき、僕が近付くと一歩後ずさった。



「兵長…終わりました」






ヴィヴィアンと数人の兵士の葬儀はそれぞれしめやかに執り行われ、僕たちは、ヴィヴィアンがこの地でも元の世界でも天涯孤独だったことを、その時にやっと知った。でも、兵士たちはみんな泣くのを堪え、アイモだけは葬儀の最中も棺を墓地に納める時も泣き続け、ヴィヴィアンの棺に縋りついた。僕はその泣き声を自らの胸に突き刺すように刻み込みながら、涙を流しはしなかった。


彼女の男勝りな笑顔の遺影はあまりに若く、彼女の姿はほとんどが布で覆われ、それは蓋をされて、寂しい土の下にうずめられた。







その時、僕は目を覚ました。自分が見ていた夢に驚かされ、そして今度は目を開けて、「夢だったのか」という思いに驚かされた。でも、これは数週間前に本当にあったことだ。



もう、ヴィヴィアンは帰ってこない。僕は新しく用意された家でその時の闘いの夢から目覚め、うっすらと体中に嫌な汗をかいているのを感じた。気が付くと、暖炉の火が消えている。部屋は寒かったけど僕は体を温めたいとは思えず、まざまざと蘇る彼女の死に際の悪夢に息を切らしていた。



「はあ…」


大きく息をついて、目の前を見る。テーブルの上のサンドイッチは、パサパサに乾いてしまっていた。それをちょっと見ていたけど、僕はすぐに目を背ける。近頃はあまり食欲も無い。でも僕は闘いをやめるわけにはいかないから、気が進まなくても食事はした。


「お兄様」


声がした方を振り返ると、うちでメイドさんとして働いてくれている女性が立っていた。それは、議事堂で働いていた、僕にタカシを抱かせてくれたあの女性だった。彼女は僕を優しく気遣う様子で悲しそうな顔をして、居間の戸口に立っている。僕はその美しい姿に、前のように胸がドキドキして堪らないということはなかった。


死を目の当たりにした「あの戦場」で、僕は変わった。でも、ときめきすら忘れるほど疲れてしまっていた僕の心に、彼女が懸命に寄り添おうとしてくれていることへの、静かな感謝が確かにあった。


「大丈夫、食べるよ」


彼女はそれを聴くと、「夢見が悪かったようですから…温かいお茶を支度しますね」と言った。


「ありがとう、お願いするよ」



僕は一人住まいの屋敷に、メイドさんを一人付けられて暮らしている。日々の買い物や家の中の掃除や、料理、後片付けなど、すべてを彼女がしてくれていた。


僕はそうやって毎日が過ぎてゆく中、まだ「あの日」に立ったままだった。それを彼女も分かってくれているのか、彼女は時たま、悲しそうに僕を見つめ、「お兄様」とだけ僕を呼んだ。それはまるで、悲しみから抜け出せない僕を呼んでいるような声だった。




時々に闘いに呼ばれれば、僕は渾身の力を揮い、兵士を鼓舞して自分が最前線に立った。第一班は元のように襲い来るモンスターを切り裂き、焼き尽くし、遥か空から地面に叩きつけて退治した。傷ついた時には、残る一人が癒してくれた。でも僕たちは多分、その自分の傷が治る時、全員が同じ事を考えていたに違いない。


「ヴィヴィアンの傷も、もしこんなふうに治せるものだったなら。」


それは拭い去れない影として僕たちの後ろに長く伸びて、僕たちは、彼女の残した「闘いは続いている」という言葉だけを頼りにして、闘い続けた。彼女は本物の、兵士だった。



ヴィヴィアンだけでなく、少しずつ兵士たちは戦場から音もなく去って行った。そしてこの間僕が聞いた話では、「ギフト」を授かる者は少なくなってきているらしい。兵長は苛立っていた。


このままでは、軍の人員は減っていくばかりだ。僕はそのことを案じていた。それに、日に日に襲い来るモンスターの力は強くなっていた。議会からの命によって調査隊が組まれ、少しずつ調べは進んでいるものの、その調査に随行した軍人や、調査隊メンバーの犠牲者も少なくない。それで議会では、軍人の随行者を補強することが必要だと、声高に叫ばれていた。


でも、僕には今、議会と軍がどのように連絡を取り合っているのか知ることは出来ず、これらの情報はすべて新聞から得たものだ。


議会では、「軍と議会とを完全に切り離して考え、軍は議会の命によって動くべきだ」という意見が出て、それを止める者が少なかったらしい。現在では議会からの要請でない限り、議会の人間と軍の人間が同席することはなくなった。僕たちは少しずつ孤立していき、それでも闘いはやってくる。



重いため息をまた吐いた時、トレイに乗せたティーポットとカップがカタカタと鳴る音が聴こえ、小さな靴音と共に彼女が居間に入ってきた。


「お待たせしました。お兄様、窓側のテーブルの方はいかがですか?少し風に当たれば、目も覚めるかもしれません」


彼女は長いエプロンドレスの裾を控えめに揺らしながら、窓際にあった大きなテーブルにティーセットを並べていく。


「ああ、ありがとう…」


「まあ、暖炉の火が!少々お待ち下さいね、今薪を入れます!」


「いや、いいんだ。ティーカップをもう一客持ってきて、君も座ってくれない?」


僕がそう言うと、彼女は顔を赤らめて少しまごついていたようだったけど、それから黙ってティーカップを持って来て、「それでは、お言葉に甘えて、失礼します」と向かいにあった椅子に座ってくれた。


「ちょうど、話し相手が欲しくて。お茶は二杯分あるでしょう?…一人で飲んでも、つまらないから…」



でも僕は、何も話しはしなかった。五分、十分とおそらく過ぎて行っているのだろう時間を、まるで止まっているかのように感じながら、お茶を飲んで過ごした。彼女はじっと待ってくれていた。



窓から差し込んで来る陽の光が彼女の頬を白く透き通らせ、美しい黒髪にはまばゆい光の輪が出来て、唇の半分は鮮やかなオレンジに染められ、光を受けている瞳はきらきらと輝いて、影となった方は静かに僕の姿を映す。それは、変わらず美しかった。



「君と居ると、落ち着くよ」


僕はそれだけ言って、残りのお茶を飲んだ。彼女はそれで満足そうにいじらしく微笑んでくれた。


「私は、お兄様の力になれれば、それで満足です」


そう言った彼女と、それを聴いた僕の間には、すでに言葉の無い約束があったかもしれない。でも、僕の中には変わらず悲しみの嵐が吹き荒れ、それを自分で消化しなければという気持ちが、どうしても僕の心をまっすぐ彼女に向かわせてはくれなかった。







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