Episode.17 今日の誓い
僕たちは街中を駆け回り、街の外に出る門の近くや、林の中までアイモを探しに行った。でも、アイモはどこにも居なかった。そして「探し終わったらここに集まろう」と決めたところに全員が集まった。
「居た!?」
「いいや、どこにも居ねえ」
「どこに行っちゃったんだろう、アイモ…」
「とにかく、一度兵舎に戻ろう」
「そうですね…」
僕たちが集まっていたのは、街中から少しだけ外れた、石組みの小高い展望台のような場所だった。ここからは街が見渡せるし、街のいろんな道に通じている。僕たちは一旦軍へ戻って、アイモが帰っていないか確かめようと話し合いながら歩いた。
「あれ…そういえば、町外れの方は誰か探しましたか?」
吹雪さんがそう言うと、全員首を振った。そうだ。そういえば街の外れは「行くはずもない」と思って、誰も探していなかった。
「そうだ、もしかしたらそこに居るかもしれないぜ、行ってみよう」
「そうだね、もしかすると…」
僕たちはそのまま展望台を降りてから、人のほとんど居ない町外れの裏通りへ入り込んでいった。
道々みんなでアイモの姿を探し、名前を呼びながら歩く。アイモがそんなところに居るとも思えないから、寂れた居酒屋、流行っているとも思えない料理屋などはただ通り過ぎ、アイモが好きそうな、彼が腰を落ち着けそうな場所を探した。でも、うらぶれた影の漂うその小路は途中で途切れ、僕たちはついに墓場に続く寒い寒い道に出た。
「まさか、こんなところに居るとも思えないけど…」
「まあ見るだけ見て帰ろう。入口からは大体全部が見える」
ロジャーさんはそう言ってずんずん墓場の門に向かって歩き出した。僕たちが彼に遅れてついていっている時、門の入口まで辿り着いた彼は、「あっ!」と叫んだ。
「居たぜ!」
そう言って振り向いたロジャーさんの元にみんな駆け寄り、そのまま全員で門扉を開けて中へと入る。僕が目で探すと、一面が列になった墓石で埋め尽くされた中、真ん中あたりにアイモが地面に座り込んで膝を抱えているのが見えた。みんなでアイモに駆け寄ると、アイモはあるお墓の前に座っていたのが分かった。それは、アイモのファミリーネーム、クッコラの名が刻まれて二つ並んだ、アイモの両親のお墓だった。
アイモはみんなが駆け寄ってきてもびたりと動かず、口を結んで墓石をじっと睨んでいた。
「アイモ…」
吹雪さんがアイモに近寄ろうとする。振り向かず、アイモはこう言った。
「僕、復讐、やめるよ」
アイモがそう言った声はとても落ち着いていたけど、決して小さくはなかった。アイモはそれから、全員に聴こえるように、僕たちに背を向けたまま喋り出した。
「僕は、今日まで復讐するために闘ってた。でも、それじゃもしかしたら、みんなを守れないかもしれない。この間は運が良かっただけかもしれない」
僕たちは驚いていた。ほんの七歳のアイモが、そんなに先を見据えてそのことを考えていたなんて、思いもよらなかったからだ。動揺しているみんなに向かってアイモは立ち上がって体を向い合せる。すっくと立ったアイモは前より一回りも大きく見えて、可憐で気弱だった目は、凛とした勇気を確かに持っていた。
「みんなのために闘う。必ず守る。そう決めたから、報告に来たんだ。ママと、パパに」
吹雪さんはアイモのその言葉に必死に涙を堪えていた。ロジャーさんはじっとアイモを見つめていたけど、見つめ返すアイモの目は揺るがなかった。それでロジャーさんは深く息を吸った。
「安心しろよ、アイモ。俺たちはヤワじゃねえ。みんなで、お前だって守るぜ。一緒に闘ってるんだからな」
「そうだ、必ず守る」
ジョンさんもそう言って頷く。
「約束するよ、アイモ」
そして全員が、アイモの周りに寄り添った。
僕たちはそれから、「帰ろう」と言ってそこを立ち去ったアイモについて兵舎に帰り、兵長からのお小言に「すみませんでした」と頭を下げるアイモの横で、同じように頭を下げた。
「この間に敵襲があったらどうするつもりだったんだ。以後、慎むように」
兵長は厳しい目をしてはいたけど、怒鳴りはしなかった。
「はい」
アイモはただそうやって返事をしただけだけど、その目を見て何かを感じ取ったのか、兵長はすぐに、「下がって良し」と言った。僕たちは兵長室を出て、待機室に戻る。みんな、どこか緊張した面持ちだった。前を歩くアイモの背中を全員が見ている。すると、アイモはぴたりと立ち止まった。
「…おなかすいた…」
その声の頼りなさは、元のアイモだった。それで僕たちは少しほっとした。ロジャーさんが嬉しそうな顔をしてアイモに近寄り、「俺の部屋に来いよ、昨日二班の連中が干し肉とパンをよこしたから」と言ってアイモの背中を押す。
「本当!?」
「ああ、いいぜ」
アイモは元気よくロジャーさんについていく。ロジャーさんは「お前らも来いよ。肉とパンはたんとある」と言い、それから僕たちは部屋で話をしながら、パンと干し肉をかじった。
「ハルキ様は、お兄様と会うわけにはいかないと、わたくしに一言告げ、タカシ様の口を閉じてしまわれました」
僕はその日、議事堂の応接間に呼び出されて、オズワルドさんにそう聞かされた。それは、「ハルキ様からのお返事を賜りました。早急においでください」という書きつけが軍に届いた日だ。
僕はもちろん兵長に断って、すぐに兵舎を出た。でも、議事堂の応接間に通されて会ったオズワルドさんは、「もしかしたら、我々の予想通りかもしれません」と、まず口にした。
僕たちは向い合せに腰掛け、そしてオズワルドさんは春喜に聞いたことの返事を伝えてくれたのだ。
春喜は、僕に会ってくれない。僕はこの世界の進みを春喜から確かめることは出来なくなった。オズワルドさんは更に話を続ける。
「それから…ハルキ様はこうも仰いました。「数々の功績を認め、軍の兵士の頂点と立つべく」、お兄様である貴方様に、「新しい一人住まいの宿舎を与えよ」と…」
「え…?」
僕はいきなりそんなことを言われたので、どうして春喜がそう言ったのかわからなかった。でも、オズワルドさんはすぐに説明してくれた。オズワルドさんは身振り手振りまじえて、真剣に僕の目を見る。
「もしかしたら、ハルキ様は貴方様が自分の秘密を知ったことを恐れて、それを周りに喧伝するようなことをやめさせようとしているか、もしくはそれはハルキ様の中にいらっしゃる神の意志なのかもしれません。我々が真相に近づくのを拒否し、さらに集団で考慮することをやめさせるために、貴方様を孤立させようと思われた…。神は、邪魔をされずに一人でこの世界を統べることとした…。その可能性は否定出来ません。しかし、貴方様は先の闘いで、偉業とも言うべきことをなされた…本当に、その勲功に対してのハルキ様からの褒美であるだけなら、よいのですが…」
「そんな…では僕は、軍から引き離されて、春喜とも会えないのですか…?」
僕は途方に暮れる思いだった。オズワルドさんは額に手を当てて困り果てたように首を振る。
「ハルキ様がお会いにならないと決めた者は、あの門を開けることが出来ないのです…そして今まで、ハルキ様の仰ることに背けば、いつもよからぬことになったのは確かです…」
「よからぬことって…」
オズワルドさんは言うのを躊躇していたけど、僕はもう一度、「どうなったのですか?」と聞いた。
「ハルキ様がお怒りになって言い聞かせても背いた者は、たいてい悲惨な死を遂げています…ちょうど昨日、馬車に轢かれて一人が死にました…。貴方様もお会いになりました、副議長のアイヴァン・ガルビンです…」
「えっ…」
もしかして、「お兄様を議長に」と言っていた、あの人だろうか。いや、あの人に違いない。僕はその時、凍るような寒気がして、「恐ろしいことが起き始めている」と感じた。オズワルドさんは前を向いて顔を上げ、僕を見つめる。
「この世界は、ハルキ様のお力無しには維持出来ないでしょう。しかし、ハルキ様の中の神になんらかの目的があったとして、我々はその答えを求めることは出来ないようです。しかし我々が考えるようにこれが“試練”であるとするなら、必ず方法はあるはずです」
僕はそれを聴きながら、「本当にそんなものがあるのだろうか」と感じていた。僕はそのまま、何も見えない闇に放り込まれた気分で応接間を出て、兵舎へと帰って行った。
Continue.
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