Episode.16 闘いの傷
僕が一班のみんなの前で「この世界はおかしい」と言った時、みんなは戸惑っていたけど、どうやら僕たちはそれでひとまとまりとなることが出来たと思う。あれからヴィヴィアンさんもそこまで僕に冷たくなくなったし、ジョンさんも同じで、ロジャーさんは変わらず僕を気遣ってくれた。吹雪さんもアイモも、僕を頼りにしてくれた。
僕はその後すぐに、オズワルドさんに会いに行くために外出届を提出したけど、議会に行ってもオズワルドさんは会議に追われていてなかなか会えなかった。どうやら今、議会は真っ二つに割れてしまっているらしい。オズワルドさんを議長から引きずり下ろしたい人たちと、オズワルドさんを支持する党派の人たちでの争いが絶えずに、混乱が起きているらしかった。僕は街に出た時に新聞を買ったけど、モンスターの急襲がいつだったのかと、それから議会での混乱を揶揄する記事、それから経済面ではこの世界に移ってからの人々の目覚ましい活躍などが書かれていた。
街は、明るい。人々は互いに助け合って、「ハルキ様」を頼りに暮らしている。僕の弟の言葉が速報に載ると、広場に居る人たちは新聞売りの少年からこぞってその紙をもぎ取っていく。少年はそれで新しい服や靴を買い、家族にも暖かい服などを買ってやる。人々は速報を読んで、春喜が「東の林に水源がある」と言えば穴を掘って井戸を見出し、「北の果ての木になる実からはこれこれの薬が作れる」と言えばそれを探し当てて、病人を癒やした。
僕はそれらを眼下に眠り続け、時たまタカシの口を通じて導きを与えるだけになった、弟を想う。弟は人間として生きることは出来なくなった。そして、おそらくオズワルドさんが言った通り、神の力を宿し続けるためには人の力では足りないため、春喜は眠り続ける。それは果たして幸せなのだろうか?そして、神を得てもなお闘い続けなければいけない人々の現状は、果たして前より良くなったと言えるのだろうか?
僕は早くオズワルドさんに会って、このことを相談したかった。そして、それは五回目に外出届を提出して、議事堂に行った時に出来た。
前々日にも議事堂に行って面接を申請しておいた僕は、もしくは「お兄様」であるからか、オズワルドさんに会うことが出来た。その時、オズワルドさんはくたびれた様子だった。通されたのは、彼の執務室だった。
「おお、お久しぶりでございますお兄様。お元気でしたか。ご無事で何よりです。なかなかお会い出来ず、申し訳ございませんでした」
軍に僕を送り込んだことを心配してくれていたのか、オズワルドさんはそう言ってあたたかく僕を迎えてくれた。僕は心配の無いこと、上手くいっていることなどを二言三言話し、仕事を中断してソファに来てくれたオズワルドさんに頭を下げた。
「議会の方は、あまり良くないのですか」
「ええ、何しろ本当に必要なところまで手が回らない有様でして…わたくしは日々、疑念を晴らすために申し開きをするのですが、聞く耳持たんと、皆はねつけられてしまって…会議が進みません。「ハルキ様」に不信を抱く者は居ないのでそこは心配は無いのですが、わたくしが出来もしないのに、ハルキ様のご命令と称して悪政を働くつもりであろうとの見方をする者が、いかんせん多すぎるのです…」
僕はそのオズワルドさんの重い責任と行き詰まった立場を思うと、自分の話がしにくかった。でも、迷っていては本当のことを確かめることも出来ない。いつもの通りに出されたお茶を飲み、僕はオズワルドさんの方に身を乗り出す。
「その、春喜のことで、僕は、議会の方とは違う疑念を抱いています」
そう言った時、僕は緊張していた。もしオズワルドさんがこれに興味を示さずに僕の意見を拒否してしまえば、春喜に会えなくなるからだ。そうすれば何もわからない。オズワルドさんはどういうことかと不思議に思ったのか、彼も僕にちょっと近づいた。
「疑念、とは…一体なんのことでしょうか?」
どう言えばこの危機感が伝わるのだろうか?僕は迷っていた。
「僕は…この「春喜が守っている」という世界について、「本当にそれはなされているのだろうか?」と疑問に思うんです。僕たちは軍に所属し、日々、侵入者と闘っています。でも、戦場で兵士の危機を春喜が救った、もしくは…そのために、一人の兵士を犠牲にした…そういう話も、もう聴きました…。だから思うんです。神が僕たちを守りたいならすぐに出来るのに、僕たちは闘わされているのだと…。オズワルドさんは、そのことについてどうお考えになりますか?」
オズワルドさんは一瞬だけ戸惑いを表情に見せたけど、すぐに僕を見つめ直し、かすかに頷いた。
「わたくしも実は、そのことについて長い間、考えております」
そう言ってオズワルドさんは手早くお茶を一口二口飲む。
「不思議なことですが、我々の住んでいるこの一帯には、毒のある植物や動物はおりません。だから初め我々は、ここは神がお与えくださったエデンなのではないかと思ったのです。しかし、外から侵入してくる、我々を脅かす者たちが現れました。それでわたくしは、果たして初めに感じたことを信じていいのかどうか、疑問に思いました…。しかしハルキ様のお言葉は間違いなく我々を豊かにし、救って下さっています。ですから、もし我々が与えられたものがエデンではなく、試練だとしたら、…それはまず、ハルキ様の口から告げられるのだろうと思い、わたくしは過ごしています…」
僕は「やっぱりこの人はもう知っていた」と思って、少し勇気が湧いた。そして、僕ならそれを確かめられるんじゃないかと思って、オズワルドさんにこう言った。
「では、僕を春喜に会わせていただけませんか?僕は春喜の兄です、僕になら話してくれるかもしれません」
「…わかりました。しかし、軍の兵士との面会を全面的にお断りになった以上、ハルキ様がお会いになるかはわかりません。ですが、明日のわたくしの拝謁の際に、ハルキ様に呼びかけてみることに致しましょう」
「よろしくお願いします」
「お兄ちゃん!おかえり!」
「ただいまアイモ!なんだいそれは?」
僕が兵舎に帰ると、門番のところできゃっきゃとはしゃいでいたアイモが、すぐに走り寄ってきた。アイモは手に白い実を持っていた。それは子供の手のひらでやっと掴めるくらいの大きさで、硬くてつるつるしていた。
「さっきアイモが調理室でもらってきたんだ。この子、アンタにも分けてやるってきかなくて」
ヴィヴィアンさんがこちらに向かって歩きながら、少し悔しそうにそう言った。僕はアイモに向かって屈み込む。
「ありがとう、アイモ。じゃあ部屋に戻ろうか」
「うん!」
僕たちは部屋に戻って、刃物の扱いに慣れたジョンさんが皮を剝いてくれて、みんなの分を切り分けた。僕たちはみずみずしくてシャリシャリと歯ざわりの良い果物をたっぷり味わう。
「おいしいね!」
「アイモ、服についちゃうよ、お口拭いてね」
「あ!うん!」
アイモの隣には今日は吹雪さんが座っている。僕たちは部屋を囲むように置かれた椅子に座っていた。
「それでよ、オズワルド様の方はどうだったんだ?話は聞いてもらえたのか?」
ロジャーさんが忙しなく最後の一口を放り込んでからそう言った。そこから僕たちは話し始める。
「はい。明日、春喜と僕が会えるかどうか、確かめてくれるそうです」
「ふーん。うまくいくといいけどな」
「でも軍の人間はどんなに抗議に行きたいって言っても、議会にすら聞いてもらえなかったんだぜ。そうすんなり運ぶとも思えないけどな」
ジョンさんはナイフを隅にある水道で洗っていた。
「それにしても、もしアンタの言う通りだとして、アタシたちはどうすりゃいいんだろうね」
「今の時点ではわかりません。でも、僕が春喜との繋がりを絶たれていない限り、方法はあると思います」
それから数日待ってみたけど、オズワルドさんからの連絡は無く、僕はじれったい気持ちで待ちながら、二度、モンスターの急襲のため出動があった。その時はなんともなく、いつもの通りに僕たちは撃退することが出来た。
でも三度目の時、「それ」は来た。
「ちくしょう!なんだったんだいあいつは!吹雪!こっちも早く!ロジャーの息が止まってる!」
「わかってる!少し待って!ジョンの血がまだ止まらないの!」
「痛いよお、お兄ちゃん…」
「大丈夫、大丈夫だよアイモ…」
僕はアイモを励まそうとそう言ってから、力が尽きてその場に倒れ込んだ。
僕たちは兵舎に付属の病院で寝かされ、「治癒」のギフトを持った吹雪さんや他の兵士に見守られ、数日を過ごした。それで回復して僕たちは病院を出ることが出来たけど、ジョンさんとロジャーさんは胸や腹、足に大きな傷跡を残し、アイモにはもっと大きな傷が残った。
僕たちがあの日戦場でかちあったモンスターは、今までとは段違いに強かった。凄まじい巨体、鋭い牙、速い足。そして何より、そのモンスターは再生能力を持っていた。僕はあまりに大きすぎるそのモンスターに焦点を合わせられず、僕が消したモンスターの腕や足は、すぐに生えてきた。
結果として僕以外の攻撃はその再生能力に阻まれてしまい、通じなかった。なんとかみんなをまとめて持ち上げて、安全な場所に放り投げてくれたアイモのおかげで、モンスターが両腕を振るった時、全員が致命傷を避けられた。アイモもとっさに自分の額に手を当てて自分を吹き飛ばし、難を逃れた。
アイモに空中に押し上げてもらい、空からモンスターの体中全部を消し去るまで狙っていなければ、絶対にみんな生きては帰れなかっただろう。そして、そのためにアイモは、消えかけていたモンスターの鉤爪の先で腕を裂かれ、その場に倒れたんだ。
アイモは自分の大きな傷や、自分の周りに居た全員が危機的状況に追い込まれたのを目の当たりにして、ショックで口が利けなくなってしまった。毎日アイモはベッドに座り、膝を抱えている。横たわって体を休めることも出来ないほど追い込まれているのか、「少し休まないと」とヴィヴィアンさんや吹雪さんが慰めても、下を向いたまま、誰の目も見なかった。
「どうしよう…」
「吹雪、泣くんじゃないよ。アタシたちがアイモを支えてやらなけりゃ」
その日僕たちは、僕とロジャーさんの部屋に集まっていた。吹雪さんは泣き出して、それをヴィヴィアンさんが慰める。僕たちは黙り込んでいた。
「アイモを元の家に返すように、兵長に直談判してやる。元はといやあ、あの冷血漢がアイモをここに受け入れちまったからこうなったんだ。責任はあいつにある」
ロジャーさんはそう言って立ち上がり掛けた。そこをジョンさんが引き止める。
「待てよ。今騒ぎを起こしたらアイモは混乱するだけかもしれない。まずは良くなってからの話だ」
「そんな悠長なこと言ってられるかよ!ここに居る限り良くなんてなれるはずねえ!あいつを子供のままで居させてやれるのが一番いいに決まってんだろうが!」
「二人とも、言い争いはやめて下さい。少しだけ落ち着いて、まずはみんなで一通り意見を出してからにしましょう」
僕がなんとかなだめると、ロジャーさんとジョンさんは腰を下ろしてくれた。ロジャーさんはあまり納得がいってなかったようだけど。
「アイモは…闘いたがっている。それはそうだったんでしょう。でも、やっぱり彼にはそんなことは無理だったんです。それでも彼は、力を持っている限りは闘いを絶対に諦めようとはしない。その終わりに何が待っているのかは、みなさんも心配していると思います。多分、あまり僕たちの予想をはずれないでしょう…」
僕がそう言うと、吹雪さんはまた泣き出した。
「ちくしょう…どうしたらいいんだ!それじゃあアイモはこのまま…」
ロジャーさんはそう叫んで、思い切り頭を掻きむしる。その時、僕たちの部屋の扉が控えめな音でコンコンとノックされた。ヴィヴィアンさんが扉を開けに立とうとすると、ひとりでに扉は開く。現れたのは、兵長だった。
「兵長?どうしたんですかい?」
「アイモが居なくなった。門番が彼を引き留めようとしたが、何も言わずに門を出てしまった。後を追っても、見失ったらしい。君たちは探しに出てくれ。私は監視者の方にも命令を出す」
「なんだって!?」
僕たちはどよめき、いっぺんに部屋から飛び出した。
Continue.
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