Episode.12 招かれざる客







僕は「ギフト」を春喜から、いや、神から授けられた。それから僕たちは宮殿を離れ、僕はオズワルドさんの家に案内された。


オズワルドさんの家はあまり豪勢な造りではなく、質素な漆喰のような壁で出来ていた。僕が真っすぐ案内された居間には大きめの暖炉があって、居間の椅子は、ふかふかした布張りの一人掛けのソファが二つだった。それから、途中通り過ぎた廊下には客間らしい大きなホールの扉があり、居間の向こう側には、寝室と手洗いがあるらしかった。


僕たちは暖炉に暖かく炎が燃え立っているのを感じて、僕は炎を見つめていた。炎が生きているようにゆらめくのを見ていると、さっきまでの異様な興奮は少しずつ治まっていく気がした。



弟は、人ではなくなっていた。いいや、僕の弟は人間だ。でも、弟の中には「神」が居た。そしてその神はなにごとかを喋り、僕に力を与えた。



「神の仰せられたことは、おそらくこんなような意味合いだとわたくしは思います」


オズワルドさんがそう言ったので、僕は暖炉からオズワルドさんの顔に目を向けた。その顔はとても神妙に、前に居る僕を見つめていた。


「あなたが授かったギフトは、“右手をかざしたものを自在に異次元へと送る能力”だ、ということでしょう…」


僕も、「やっぱりそうか」と思って、慎重に頷く。そうするとオズワルドさんも頷いて、少し考え込むように目を閉じた。ややあって目を開け、彼はこう言った。


「あなたはこれから軍へと赴き、おそらくヴィヴィアンたちの隊に入ることになると思います。あなたにあるギフトが、現在の最強の力と言えるでしょう」





僕は住む家も無かったので、そのまますぐに軍の兵舎へとオズワルドさんと一緒に歩いて行った。オズワルドさんは、門番らしき人に、「兵長は居ますか」と声を掛けていた。


僕とオズワルドさんが門番さんに案内されたのは「兵長室」と書かれた簡素な札のついた扉の前で、ノックをするとすぐに「入れ」という声が聴こえてきた。それは、思っていたより手厳しそうな、冷たい声だった。


扉を開けると、事務机の前に背の高い男の人が座っていた。彼は蛇のように釣り合がった目元と、薄い唇、それから尖った鼻をしていて、細長い顔の上で髪を左右に分けて、ぴっちりと撫でつけていた。


彼は用心深そうな目で僕たちを見つめて、黙って事務机の前にあるソファに手のひらを向けた。僕たちはローテーブルを囲うように置かれたソファのうち、兵長に向き合える手前のソファに腰掛けた。


「君が…“お兄様”か。私は兵長の、ミハイル・イワーヌイチだ」


そう言った兵長は、それまでの人と違い、冷たい侮蔑を向けるような目で僕を見つめた。


「この方は早々に、もうギフトを授かりました」


オズワルドさんはなるべく好意的な微笑みを作ろうとしていたようだけど、どこか緊張しているようにも見えた。僕は兵長に向かって頭を下げたけど、なんだか怖くて、目を逸らすことが出来なかった。


兵長は椅子の上で足を組み換え、テーブルに預けていた腕も同じようにして僕を見つめていたけど、「ふむ」と、納得したような声を出した。そしてずるそうな笑みを浮かべて、「どんなものだ」と僕たちに聞いた。オズワルドさんは僕を見て、頷く。


僕は「自分が言うのか、この人と話すのか」と思ってちょっと怖がっていたけど、「神と話すよりもよっぽど怖くない」とも思えた。僕は少しうつむけていた顔を上げて、明らかに僕を初めから疎ましそうに見ている兵長を見つめる。


「異次元へ、対象を消し去る能力です」


そう言うと兵長は少しだけ驚きに目を見開いたけど、すぐにそばにあったインク瓶を持って立ち上がり、それを僕たちの前にあるローテーブルに置いた。


「…やってみろ」


するとオズワルドさんは、「平常時はギフトは作動しませんし…」と慌てて言い添えた。でも兵長は首を振る。


「“神の意志”なのだろう?それなら、今がその必要な時だと分かってくれるはずだ。さあ。やれ」


そう言って腕を組み、兵長は僕を見下すように見下ろしてその場に立っていた。僕はなぜここまで自分がこの人に嫌われているのか分からなかったけど、とにかくやらなくちゃ、どうやらここには居られないらしいし、仕方なく右手をかざした。


右手をかざす。本当にそれだけでいいのだろうかと僕は思っていた。でも、それだけでよかった。


目の前に今まであったインク瓶はぽかっと居なくなって、瓶の底に付いていた僅かなインクの痕だけがテーブルの上に残った。僕はもう一度びっくりして、自分でも息を呑んだ。本当に、こんなことがあるんだ。そう思うと、なおのことあの「神」を信じないわけにはいかなかった。


兵長も少し驚いたけど、僕の力など意に介していなかったように踵を返して事務机の椅子へと戻ると、思い切り目を細めて僕をしばらくじっと見つめた。


「…よろしい。では、君は今日から第一班の任に就いてもらう。訓練はあるが、実戦での危険を訓練で拭い去れるわけではない。くれぐれも、死ぬな」


そう言った後、兵長は、すうう…、と大きく息を吸う。


「それから、私の命令は絶対だ!わかったな!起立!気をつけ!敬礼!」


「は、はい!」


僕は容赦のない兵長の叫び声に慌てて立ち上がり、上を向いて右手をこめかみに当てた。それを見て、兵長はまたあの冷たい目をしていた。





それから兵長に連れられて第一班に案内してもらうことになったけど、僕が兵長の後から部屋を出ようとした時、オズワルドさんが急に僕の肩を引いた。なんだろうと思って振り返ると、オズワルドさんは緊張した面持ちでこちらを見つめていて、小声でこう囁いた。


「軍には、貴方や、ハルキ様をよく思わない者が多く居ます。お気を付けを」


僕はその時にはその意味が分からなかったけど、「第一班」に案内されてから、いやというほどそれをぶつけられることになる。




僕と兵長は、今朝僕が訪れた、ライオンの紋章のある扉の前に着き、兵長はノックもせずに扉をバタンと開けた。今朝会ったばかりのヴィヴィアンさんやロジャーさんが、びっくりしてこちらを向く。


「第一班集合せよ!新しく配属された者を連れて来た!ご存じのお兄様だ!いろいろと教えてやるように!私は仕事があるのでこれで失礼する!」


そう言って兵長は僕の背中を思い切り叩き、部屋の真ん中に向かってつんのめっていった僕を残して、元のように扉を閉じた。


「わっ、わっ…」


僕はバランスを取り、背中を起こしながら部屋の中を見回そうとする。いつの間にかヴィヴィアンさんたちは一列に並んで、敬礼していた手を下ろしているところだった。でも、ロジャーさんと吹雪さん以外は、兵長と同じ軽蔑の眼差しで僕を見ている。今朝もベッドの上に居た男の子は、急に大きな声がしたのでびっくりしたのか、布団を引き寄せてちっちゃくなっていた。


僕は背中を屈めたまま部屋の中を窺っていたけど、ロジャーさんが近寄って来てくれた。


「よお大将。そう暗い顔すんなよ。こいつらの紹介は後にして、そろそろ飯の時間だぜ」


「あ、は、はい…」


ロジャーさんは相変わらず優しくて大きな人で、緊張して行き場の無かった僕を、まずは食堂に案内してくれた。そして僕たちは一緒に夕食を食べた。


目の前には、ミートソーススパゲッティがあった。でも、ソースに使っている肉は、牛や豚とも、鶏肉とも違う、どこか獣臭い味がした。それに、トマトもこの世界には無いのか、トマトよりずっと甘くて、どろっとしたソースだった。けど、胡椒のような辛味のある調味料が肉の臭みを消してくれていて、それが甘辛いソースと絡まると、大いに食欲をそそる味だった。


「美味しいですね、これ」


僕がそう言うと、ロジャーさんはうきうきと体を揺らしてから、僕に顔を近づけてこう言った。


「今朝、俺が「焼いた」奴だ。たっぷり味わえ」


「ええっ!?」


僕がびっくりして大きな声を出したので、ロジャーさんは面白そうに笑い転げた。


「まあ、ここじゃあそういうこともあるってだけさ。普段は牧場の牛や豚を食べてる。まあ今日の奴はちいっと見た目が似てたからな。調理係もやる気を出したのさ」


「そうだったんですかあ」


僕たちはそんなふうに話しながら、僕は新鮮なことに驚かされ続けて食事を終えた。


ロジャーさんは食堂を出てから、僕を振り返りながら喋り続ける。


「まあ、寝る部屋は俺と同室になるだろう。俺は今ちょうど一人なんだ。この間まで二人部屋だったんだけどな。まあ何もないけど、トランプと酒ならあるぜ。残念ながら、俺の気に入りのウイスキーじゃねえんだけどな」


「そうなんですか。じゃあ、よろしくお願いします」


僕たちはロジャーさんの部屋の前まで来たけど、扉の前にはヴィヴィアンさんが立っていた。


「ヴィヴィアン…」


ロジャーさんは少し戸惑っていた。そして、その後ろに居た僕は、ヴィヴィアンさんにギロリと睨まれる。なぜだ?なぜ僕はこの人たちに何もしていないのに、こんなに嫌われているんだ?


「ロジャー」


ロジャーさんは名前を呼ばれ、ヴィヴィアンさんから目を背けた。


「アンタ…シャーロットのこと、忘れたわけじゃないよね?」


ヴィヴィアンさんがそう言うと、明らかにロジャーさんの横顔は一瞬うろたえたように見えたけど、すぐに前を向いて、「どいてくれ、ヴィヴィアン」とだけ言った。すると、ヴィヴィアンさんは火が付いたように怒鳴り始める。


「シャーロットを殺した奴の兄なんかと同室なんて!恥ずかしくないのかいアンタ!そんな奴、ぶん殴って叩き出しちまえばいいんだよ!」


「…黙れ…黙れ黙れ黙れ!」


「何さ!言いたいだけ言わせてもらうよ!シャーロットが死んだ時…!」


「ヴィヴィアン!それ以上言ったら俺はお前を許さないぞ!」


甲高い叫びはぴたりと止み、ヴィヴィアンさんはしばらく食い入るように僕とロジャーさんを睨みつけていたけど、最後には悔しそうにその場から駆けだしていった。



「ロジャーさん…今のお話は…」


「中に入ったら、聞かせるさ」



僕たちはそのまま、扉を開けて、部屋に入った。部屋のネームプレートには、「Roger Griffiths・Charlotte waters」と書かれていた。






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