第6話 集まる視線
いつもと同じ通学路。いつもと同じ道。
世界は何ら変わっていないはずなのに、昨日の一歩と今日の一歩は明らかに違う。
なんというか……明らかに重い。まるで足に鉛でも仕込んでるみたいだ。
……覚悟はしていたが。
(周りの視線が…………)
真白のお隣で一緒に歩いている
しかし、その完璧さ故に周りの生徒……特に男子たちからは俺に対する「誰だテメェ」「俺たちの真白さんに馴れ馴れしくするなや」とでも言わんばかりの視線(という名の死線)が全方位から突き刺さっている。
針のむしろという言葉を体感することになろうとは、夢にも思わなかった。
「流石ですね、灰露くん」
「何が」
「いつもより歩く速度が落ちてるのは、私の歩幅に合わせてくれているんでしょう?」
「…………」
完璧な笑顔で見当違いなこと言いやがって。いや、もはや何も言うまい。言ったところでどうしようもないことだからだ。
(うわー。今すぐサボりてぇー……ダメかな。ダメか……)
いっそのこと今日は授業をバックレてやろうかと思ったが、そんなことをして特別推薦の件がパァになって困るのは俺だ。家計に負担をかけないためにも頑張らねば。
「そろそろですね……灰露くん」
「何だよ」
「手を繋ぎましょう。こう、指を絡める感じの」
「はァ? なんでわざわざそんなことする必要がある。いいだろ別に、一緒に歩いてるだけで」
「手を繋いだ方が、より効果的にアピール出来ると思うんです。出来れば恥ずかしそうに、照れくさそうに。スムーズに繋ぐのではなく、躊躇いがちに。初々しいカップル感が出るようにお願いしますね」
「初々しいカップルは間違ってもそんな打算的な感じで手を繋がないと思うけどな」
よくもまあ、顔に笑顔を張り付けたままスラスラとこんな言葉が出せるもんだ。
「……それは『仕事』か?」
「『仕事』です」
「……ならいいよ。別に。こっちだって推薦がかかってるから」
「では
「はいはい」
凄い。話せば話すほど恋人としての初々しさとは真逆の方向に突っ走っていく。
こんなにも恋人役に向いていない彼女も珍しいのではないのだろうか。
とはいえ仕事は仕事。いくら冷めようとなんだろうとやらなきゃならない。
周りの視線を感じながら通学路を歩きつつ、心の中で三、二、一と数えると、
「――――っ」
カウントゼロ。まさにピッタリちょうどのタイミングで、隣を歩く少女の指が触れた。
来ると分かっていたものが来ただけなのに、俺の心臓は不意打ちでも喰らったかのように跳ね上がる。
それどころか、全身が石になったかのように固まって、指先一つ動けなくなって。
「灰露くん……?」
俺が握り返してこないので不安になったのだろう。
真白が視線を送ってきた。
「お、おお……」
少しずつ石化を解き、ゆっくりと彼女の指に応える。
ぎこちない。石というより、関節が錆びついたロボットみたいな動きで、俺はようやく彼女の手を握ってやることが出来た。
(なんだこれ。なんか……柔らかい……)
感じたことのない柔らかさと温かさに、身体はますます錆びついていく。しかし、それでいて心臓は鼓動がやかましくなっていく。俺の身体はかつてないほどのアンバランスな状態となっていて、このままだとオーバーロードして木端微塵に吹き飛んでしまうのではないかと思うほど。
「ふふっ……なるほど。灰露くんなりに、ぎこちなさを演出してくれてるんですね?」
「…………ああ、そうだよ。そうに決まってるだろ」
「意外と演技派だったんですね。……私はまだまだです。演技だと分かってるのに……貴方とこうして手を繋いでいると、胸がドキドキしてしまいますから」
はにかむ真白を見て、俺は無理やり首を逆の方向に捻った。それ以上、隣を歩く
☆
俺と真白は幸か不幸か(俺にとっては間違いなく不幸だが)同じクラスであるため、教室に入ってからもクラスメイトたちの視線が一気に集中した。いや、教室なので余計に逃げ場がない分、余計に負担がかかる。
流石に教室に入ると分かれて各々の席につく。ここでようやく一息つけると思ったが、
「どうなってんだよ灰露ぉ――――!」
「お前、いつから真白さんとあんな関係になってんだ!?」
「全部吐いてもらうぞちくしょう――――!」
質問の嵐である。分かってはいたことだが、これにいちいち全部答えていくときりがない。無数の視線が突き刺さるストレスもあって、とてもじゃないが一つ一つに応えていく気力は無かった。
「まあ、待てお前ら。夜音が困ってるじゃないか」
殺到するクラスメイトたちを諫めたのは、登校してきた京介だった。
京介はさりげなく俺に視線を向けると、「任せろ」と言わんばかりにウインクしてみせた。
「お前らの疑問はもっともだが、これじゃあまるで尋問だ。そんなに余裕がないと、女子にモテねぇぞ?」
「うう……む。それもそうか……」
「……確かに。大事件だったとはいえ、焦りすぎたな」
「モテなくなるのは嫌だからな」
流石は京介。こうも簡単に暴徒共を鎮圧させるとは。
持つべきものは中学時代からの友人だ。俺の味方はお前だけだよ。
「だが安心しろお前ら。夜音と仲の良い大親友のオレが、地獄の果てまで追いかけてでも、事の真相を聞き出しといてやる」
「「「頼んだぞ虎居!」」」
前言撤回。コイツは敵だ。
「ふう……暴徒共は巣に帰ったか。よし、夜音。『仲の良い大親友』のオレに、なんでも話してくれ」
「お前はいつからそんなに気持ち悪い言葉を吐くようになった」
「ついさっきからだ」
でしょうね。普段なら絶対に口にしませんからね。
「……で、実際のところはどうなんだ? 中々に面白い話が聞けそうだが」
確かに面白い話かもしれない。告白かと思ったら勘違いで、しかも頼まれたのは恋人のフリ。京介が聞いたら腹を抱えて笑い転げるかもしれない。いっそ笑い死んでくれれば口封じをする手間も省けるんだけど。
……ま、本当のことを話せば特別推薦の話が消えるかもしれんからな。
ここは予定通りの
「実はあのあと、真白から告白されてな。付き合うことになった」
「可哀そうに……彼女が欲し過ぎるあまり、とうとう幻覚を見るようになったんだな」
すまん真白。嘘をつくにしても俺の信用性がなさ過ぎた。
「えー? それじゃあ、真白さんと灰露くんって……」
「はい。えっと……昨日から、お付き合いすることになったんです」
「どっちから告白したの!?」
「私の方から告白して……了承を頂きました」
女子の方はきゃーきゃーと盛り上がっており、
「……なるほど。神様って本当にいるんだな。よもやこんなところで神の奇跡を目の当たりにすることになるとは……」
「そこまでか!? 俺に彼女が出来るのはそこまで絶望的なことだったのか!?」
「絶望的とは思ってないぞ。ただ天地がひっくり返ることは覚悟してただけだ。それがどうだ。窓の外を見てみろ、今日も日本は天変地異が起こることもなく平和そのものじゃないか。……あ、お前のオススメの神ってどれ? Tier1だけ教えてくれ」
「別に神頼みもしてねぇよ!」
こいつは俺を何だと思ってるんだ。
「……しかし、意外だな。お前が『人形姫』と付き合うとは」
「そうか? 俺だって人並に彼女が欲しいとは思ってたぞ」
「いや。他の女子ならともかく……真白桜月とは思わなかった」
京介は本当に意外そうに、俺と真白を交互に見やる。
「お前は真白のことを嫌い……とまでは言わんが、避けてると思ってたからな」
「それは…………」
……そうだ。俺は真白桜月のことが、苦手だった。
あの完璧さは俺の心を穿ち、塞いでいたはずの蓋に亀裂を入れる。
「…………いつまでも、避けてられないだろ」
それは、無意識のうちに零れていた。
嘘か本音か。自分ですら分からないような言葉。
過ぎるのは一人の顔。一つの言葉。いつまでも俺の心に居座っている……あの日、あの時。
「ふーん? まあ、何にせよ。これから大変なのは間違いないだろうな。何しろ相手は『内部生』だしな。『内部生』と『外部生』のカップルも大半が破局してるらしい」
「ちなみに原因は?」
「色々あるが、大きいのは周りの空気だろうな。恋人とはいっても、友達付き合いは同じカテゴリーの奴が多いだろうし……そうしてるうちに、いつの間にか『内部生と外部生の恋愛は厳禁』みたいな暗黙の了解も出来てるみたいだ」
いつも思うんだが、こいつは一体どこからこんな情報を仕入れてくるんだろうか。
まだ入学して二ヶ月ぐらいなのになんでここまで詳しいんだ。
「だからお前らのは、いわゆる禁断の恋ってやつだな。わー羨ましー」
「喧嘩売ってんのかこの野郎」
「幸せな奴には多少の不幸を振りまくぐらいが丁度いいんだよ」
本当のことを言うと偽の恋人に過ぎないし、どちらかというと不幸寄りなんだよなぁ……。でもそれを説明したところでこいつは嬉々として不幸を振りまいてきそうだ。
(こりゃあ、想像以上に大変な
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