第12話 思い出すのは

 それから、私は反射的にその場から走り出していた。

 先程まで感じていた身体を貫くような寒ささえ、私の意識の中にはなかった。

 裸足で、一心不乱に走る私の姿を目にした人々が、何事かを言っているのが分かるが、それさえどうでもよかった。


 ただ、どうしようもない惨めさと、悲しさで胸の中は一杯だった。

 それらから逃げるように、私は走る。

 しかし、どれだけ必死に走っても無駄だった。


 ……全て、自分の一方通行でしかなかったのだ。


 必死に目をそらそうとしても、その考えから目をそらすことはできなかった。

 今までの、カインとの日々が私の頭に蘇る。


 初めてであった時、私の味方となって家族から守ってくれたカイン。

 両親と妹の態度に耐えかねた時、優しく話を聞いてくれたカイン。


 そして、私に思いを伝えてくれたカイン。


 ──その全てが、私の幻想でしかなかったのだ。


 今まで私は、カインの存在があったからこそ、必死に伯爵家で頑張ってこられた。

 いつか、お父様もお母様も私を見てくれると、前に進んでいられた。


 だから、カインという支えがなくなった今、私が崩れるのは早かった。

 一体どこまで走ったか、永遠にも続くとも感じた私の逃避は、足をもつらせたことで終了した。


「……っ!」


 派手に転んだ衝撃に、私は苦悶の声を漏らす。

 けれど、私が転んだ痛みを感じることはなかった。

 それ以上に、身体が冷たくて……私は消耗していた。


「はぁ、はぁ、」


 荒い息を着きながら、私は何とか上体を起こす。

 しかし、もう私に立ち上がる気力など存在しなかった。

 呆然と、真っ暗な道を見つめる。


「そっか、ここは……」


 今さらながら、自分がどこに向かっていたのかに気づいたのは、その瞬間だった。

 二年前まで、何度も馬車で通っていたその道を見ながら、私は呟く。


 無意識のうちに、自分が行こうとしていたその先を。


「学園に続く道だ……」


 その瞬間、私の頭の中に学園での記憶が溢れ出した。


 学園、それは貴族の子息や子女を集め、教育を施す機関だ。

 そこで過ごした日々、それは私にとってかけがえのない記憶だった。


 当時、貧乏伯爵家の出だった私は多くの人に嘲られたし、きつい性格からも、多くの人に反感を買った。

 それに、一年遅れで入ってきたアメリアとの間にも、様々なことがあった。

 それでも、そんな辛い記憶も薄れる程の出会いが、その学園にはあった。


「生徒会のみんな、どうしているかな……?」


 私を含めた六名の生徒会の面々。

 その瞬間、彼らのことが私の脳裏に蘇る。

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