第10話 凍える外で

「嘘、でしょう……」


 強引に屋敷から追い出された私は、玄関の前呆然と佇んでいた。

 着の身着のまま追い出された私の身体を覆うのは、決して丈夫ではない部屋着。

 しかも、私の足は素足だ。

 それは、この国の凍える夜の前では、あまりにも心もとない衣服。


 ……すぐに体が冷え、私の顔から血の気が引いていく。

 こんな薄着で外に放置されていれば、凍死しかねない。


 にもかかわらず、連れてきた使用人は私を一瞥しただけだった。

 すぐに私から目を逸らし、屋敷の中に戻っていってしまう。

 そして、そんな使用人の態度に、私はただ唇を噛み締めることしかできない。


 当主が冷遇している私を、使用人は助けてくれはしないと知っていたからこそ。

 伯爵家に私の味方がいないことなど、今までの日々から知っている。


「……は、早く暖かいところに!!」


 だからといって、このまま呆然としている時間は私にはなかった。

 何とか、体温を奪う風から身を守ろうと、壁に身体を寄せて、座り込む。


「それにしても、どうしてこんなことを」


 一息ついたところで、私の頭に浮かぶのはある疑問が浮かんだ。

 それは両親の態度について。


 今までも私は、散々両親に罰を与えられてきた。

 昔であれば、暴力の伴った折檻だってあった。


 ……けれど、こんな一歩間違えれば、命の危険があるようなことをされたのは、初めてだった。

 そこまで両親が激怒した理由、それは間違いなく私の言葉だろう。


 カインに話を聞きに、侯爵家に行くという。


「一体なぜ、ここまで怒っていたの? 何で侯爵家に行くことを、止めようとしていたの?」


 しかし、その理由が私には理解できなかった。

 もしかしたら、そこにこの状況を打開できる手札があるのかもしれない。

 そう私はさらに思考しようとして。


「……っ! 駄目、身体がどんどん冷えてきてる」


 身体の限界に、思考を中断させられることとなった。

 必死に足を擦りながら、私はどうするべきか考える。

 何とか両親に謝罪して許しをこえば、家に入れてくれるだろう。

 だが、その場合私に無理難題を課してくることは想像に難くない。

 何とか、別の方法を……。


「これは、馬車の音……?」


 ふと、私の耳が何かの音を捉えたのは、その瞬間だった。

 薄着であることの羞恥から、半身を壁に隠しつつ玄関の方へと顔を向けた私は、そこに馬車が止まろうとしていることに気づく。


 ──その馬車の家紋が、侯爵家のものであることにも。


「カインが、来てくれた?」


 寒さを一時的に忘れる程の歓喜が、私の身体に満ちる。

 カインが不貞していたかもしれない、そんな疑いなど私の中から消え去っていた。


「そうよ、お父様はカインに合わせたくなかったんだわ。本当は、カインが私のことを思ってくれているから!」


 そう確信し、私は微笑む。

 カインが味方であると思えただけで、先程までの心細さは私の中から消えていた。

 そんな私の目の前、御者によって馬車の扉が開かれた。


「カイン様、伯爵家に着きました」


「ああ、ありがとう」


 その瞬間、私はその場から飛び出して行こうとして、けれど躊躇った。

 薄着な上、風の強い外にいた私の格好は、あまりにもみっともなかった。

 こんな姿をカインに晒すことを、私は躊躇ってしまったのだ。


「災難なことになりましたね、カイン様」


「ああ、本当だ! くそ、厄介な要求をしてきやがって!」


 その結果、私は幸か不幸か。


 ……全てを知ることとなった。


「あのアバズレ、一度寝たことをたてに、とんだ要求をしてきやがって!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る