第11話 決意

――先ほどから、不意な人物の出現ばかり起きるな。この異空間は。


 ヒルデリアは内心で呆れと諦観が入り交じった感情を抑えつけながら彼女に問い質す。

「ナイアルラと言ったな。だが、あの『記憶』が真実であるのならば、貴様はとうに死んでいる。そのはずではないのか?」


「ええ、私の肉体はとうに滅んでいる。いえ、そのはずだったというべきかしらね。あなた達がネストと呼んでいるもの、それは正確には私たちの亡骸なの」


「ほう、興味深いな。通常生物であれば死体は腐敗し骨となる。これが我々の世界の常識だ。巨人は違うというのか?」


「通常の場合ならば、腐敗は起こるわ。ただ、緑色茸に侵され死んだ巨人の死体は腐敗することもなく、死亡直後の状態で保存される。どういう作用でそうなるのかは、私にも分からない」


「では、私の前にいるあなた――ナイアルラはどうなる。幽霊だとでも言うのか?」


「まあ似たようなものね。人間の言葉で言う魂、我々は精神体と言っているけれど。肉体の死を乗り越えて、精神体のみをこの世界で存在させる魔法。私の父が、この私にかけた呪いよ。父にとっては違うでしょうけれど」


「ネストの正体が巨人の死体、か。そうなると、その数だけ精神体も存在しているのか?」


「いいえ、残念ながら肉体と精神体を分離する魔法は非常に高度な制御を要する魔法。いかに父といえども、自分自身と私に施すのが精一杯だった。いえ、それが父の目的には合致していたといってもいいわね」


「目的というのは……まあだいたい想像はつくがな」


 肩をすくめながら、剣は底意地の悪さが表れた笑顔を浮かべる。元々の悪相がさらに歪むと、悪人以外の何者にも見えない。


「言うまでも無く、あなた方人間族への復讐。一人残らず殲滅することよ。そのためには巨人の死体が必要だった。巨人族の死体は、それ自体が魔力の塊と言って良い。私の父、アアルフンは復讐のために同胞の死体さえ利用したの」


「しかしだ、敵の死体を放置しておいたのか。当時の人間族とやらは」


「もっともな疑問ね。彼らとて、滅ぼした敵の死体など目障りだったでしょう。ただ、彼らの技術では私たち巨人族の死体を処理することは不可能だった。時を経ても腐り落ちることなく、燃やそうとしても叶わず、切り刻むのも不可能。仕方なく私たちの住んでいた台地を禁足地とする事で対処した」


 そう言ったナイアルラは深いため息をついた。流石に自分や親族の死体の事を語るのは精神的にこたえるのだろう。


「父はそれを幸いに、一族の死体をネストの材料や、あなたたちを滅ぼすための『代行者』――あなたたちが言うBUGの製造に使った。私は反対したけれど……父は復讐の鬼になっていたから、聞く耳を持たなかった。」


「つまりは、我々地球人は巨人による人間族、ルフト・バーン王国の復讐戦に巻き込まれた、という事になるのだな」


「……そういうことになるわね、あなた達、地球の人間に取ってみれば他人の戦争に巻き込まれただけ。だけれども、もはや復讐に取り憑かれた父にはその区別はついていない。肉体と精神体を切り離したせいで、憎しみが固定化され、どの世界のであろうと等しく人間は滅ぼすべきとしか考えていない。私はそう考えているわ」


「……ふむ、それは面倒な事になるな。日ル同盟、ひいては人類世界の結束にヒビをいれかねない」


 珍しく深刻そうな顔をした剣は何事かを思案するように、天を見上げる。

「どういう事だ、それは」

 ヒルデリアに問われた剣は、生徒の愚問に答えるように肩をすくめる。


「簡単な事だ。地球人類が滅びかけたのは王国がこの世界に侵入したせいだ。だからその責任は王国に取らせれば良い。……そう考える短絡的な連中は必ずいる。もはや一蓮托生なのだという現実を顧みる事も無く、だ。」


 BUGの出現はルフトバーンのせいだ、という言説は従来から根強く囁かれてきた。ルフト・バーンの出現という異常事態とBUGという異物を重ね合わせ、その排除を訴える過激な連中は後を絶たない。


 帝国においても、王国排除運動を掲げる過激な連中は居る。彼らの主張は広範に支持されることなく、国民の大勢はルフト・バーンとの同盟関係を素直に支持している。


 その帝國においてさえ、ルフト・バーン建国の過去が知れ渡ればどうなるかは分からない。政治には関わらないことを決めている剣にとってさえ、どれほど政治的な面倒が生じるか検討もつかない事は想像出来た。


「……それで、君がそれを教えてくれる理由は何なのだ。かつての思い人への思いだけで、我ら人類に味方する訳でもないだろう」


 剣の臆面もない発言に、ナイアルラは苦笑する。

――人間というのはどうしてこうも千差万別なのかしら。かつての私たちがこれを学んでいれば悲劇は避けられたのかも。

 そんな思いが浮かんでは消える。


「あなた達人間族が嫌いでは無い、というのも勿論あるけど。私はもうそろそろ、きちんと終わりたいの。本来なら私は、あの戦で死ぬはずだった。父が無理矢理、私の精神体をこの空間に縛り付けてしまってから、私は死ぬことも生きることも出来ない状態でここへ囚われている」


「ナイアルラ、貴方の事情は理解した。では具体的には何を望む?」


 しばらく剣とナイアルラの会話を聞いていたヒルデリアは、しびれを切らしたように問い質す。


「まず一つは簡単、私を殺してほしい。いえ、こう言ったほうがいいのかも。私という亡霊を機能停止させてほしい。もちろん、これは全てがおわってからだけれど」


「自決するということは……出来ればやっているだろうな」

 剣の疑問に、ナイアルラは苦笑をもって答える。


「一度死んで、二度目は自らとなるとさすがに躊躇しないというのは嘘になるわね。それ以前に、父は私自身で『自決』が出来ないように魔法的な封印を施していったの。なんとも用意周到なことね。だけど、無関係なあなた達ならできるかもしれない」


「もう一つは、私を機能停止した後に、父を止めてほしい。私を殺すのも、父を止めるのも手段としては同じよ。あなた達も見たでしょう、あの黄金剣を破壊してほしい。あれはこの世界とあなた達の世界――地球とを繋いで影響力を行使し、それと同時に精神体をこの世界にしばりつける機能を果たしている」


「あの黄金剣、高い魔力を感じてはいたが……」


「そして、今回のようにごく近距離であればあなたたちの精神体を一時的にこの世界に招くことも出来る。これはあくまで一時的なもので、私のように半永久的に拘束されることはないけど。ただ、この世界は時の流れが不安定なの。何年も時間が経過することはないでしょうけど、1週間くらいは経過しているかも」


「それは困るな。では我々の身体は向こう側で気を失っている状態ということか」


「そういうことになるわね。おそらくだけど、気絶というより睡眠に近い状態だと思う。呼吸も脈拍も正常、だけど何をしようが目を覚ますことはない」


「我々の身体の方が無事だといいがな。目覚めようにも身体が無いではたまらない」


「それは残念ながら保証出来ない。でも多分、それはないわね。生きている人間であれば、この世界に来ていても精神と肉体の『魔法経路』は生きている。身体に異常があれば、何らかの異常が起きているはずだわ」


「そう願うね。巻き込まれた方としては」


「巻き込まれた……確かにね。私は正直、貴女も招く予定は無かった。人間族の貴人らしき魔力の持ち主を招こうとしたのだけれど。でも結果的には良かったのかもしれないわ。あなた達、地球の人間も今や当事者だから」


「知ったところで、一少佐に過ぎん。とても貴人とは言えないがな」

 そう言い返されたナイアルラは苦笑する。


「どちらにせよ、私はヒルデリアと剣、あなた達に託すほかない。この呪われた復讐の物語を終わらせて。そして新しい平和な世界をつくってほしい」


「どうかな。資源や土地が有限である以上、BUG――『代行者』が存在しなくなっても、人間同士の争いが始まるだけだろうな」


「例え、そうであっても、私や父のような『死に損ない』が始めた物語に囚われているよよりはマシよ」


「そうそう人類同士の戦争など起こさせはしない。私のような一軍人が言えた義理ではないかもしれないが」

 ヒルデリアの固い決意を秘めた瞳に、剣は内心でほうと声を上げる。


――このお姫様、祖先の犯した罪とやらを乗り越える決意を固めたと見える。

まだ言い方は随分と青臭いが、それが剣には随分と好ましいものに見えた。


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