第18話 合流
「坂本中尉、損害を報告しろ」
戦闘が終了するとともに、剣は残り少ない直属の部下である坂本中尉に、報告を求めた。
「マズいですね。まず、鳴神隊と王国軍部隊全機が『落盤』に巻き込まれました。残っているのは私の隊、そして柄田隊。ただ、柄田隊は元々損傷機が多いので……」
「……柄田です。落盤箇所の調査を終えました。あれはダメですね。直上から
「了解した。いくら装甲歩兵の耐衝撃性が高いといっても、機体各部の損傷は免れない。よくても歩行不能、悪ければ搭乗員が重体かそれ以上といったところだろう」
剣の淡々とした口調に文句を言う者はいなかった。
敵地にいる以上、どんなことが起きても不思議ではないことは誰もが思い知っているからだ。
「戦力分離は元から計算に入れていた。救出の方策がない以上、先へ進む。異論はあるか?」
「……致し方ないところかと。さすがに装備も無しにあの下へ降りることは不可能です」
普段は寡黙な柄田中尉が珍しく賛同の意を示す。どうにも歯切れが悪い口調に、人の良さがにじみ出ている。
「捜索部隊を差し向けたいところではある、時間の制約がある。先を急ぐほかない」
「……私も異論はありませんよ。出来ることは限られているってことを、思い出させられたところでしてね」
そう言って賛意を示した坂本中尉ではあったが、その声には苦々しさが満ちている。
「今後、似たような崩落が発生することを前提として動く。何か崩落を探知する案はないか」
「と言われましても。何か棒のようなものでもあれば地面を叩いて進みますか」
「それでも、その役を果たす機体が崩落に巻き込まれる可能性はあるだろうな……仕方ない、なけなしの
「物資輸送手段を失うのは痛いですが、機体をこれ以上失うのはマズい。仕方ありませんな」
坂本中尉の返事は不承不承といった感じではあったが、他に手段など無さそうなのも確かだった。
「柄田中尉、聞いていたな。これより再度前進する。鳴神隊と王国軍のを救出する余裕はない。マザールーム到達を最優先とする」
「了解しました。その判断も致し方ないかと」
柄田中尉は寡黙ではあるが、戦友への思いが強い男だ。本当のところは自ら救援に向かいたいのだろうなと剣は思った。だが、このネストという場所はそうした感情に揺り動かされた短慮を許さない。ここは敵地であり、BUGの内懐であるからだ。
「回廊へ移動するが、その前に損傷した機体を点検し、戦闘への投入が不可能な機体は下げる。坂本、柄田、その選定は任せる。それが済み次第小休止し、その後回廊の先へ移動する」
剣の言葉とともに、坂本と柄田は行動を開始した。
結局、中破以上と判定された機体は四機にも上った。
脚部を損傷し機体移動に不安があるものや、右上腕部が吹き飛び武装の運用に支障がある機体等々。特に柄田中尉が任された部隊は損害が大きかった。
補充兵の割合が多く、彼らは実戦経験が不足していると言わざるを得ない。そういう兵士をできる限り死なせないことに関して、剣は柄田を買っている。
終始寡黙なこの男には、そういう才があるのだった。
逆に言えば、そんな新兵同然の操縦兵を投入せざるを得ない帝国軍の状況は、けして褒められたものではない。そして、死ななくても機体が損傷すれば後方に下げる必要が出てくるのだった。
整備や補給などの支援部隊が随伴できる戦場ならば話は別だが。それが期待できない敵地である以上、後ろへ下げるほかない。
「残った機体は十七。いよいよ大隊を名乗るにもおこがましくなってきたな。軍事的には全滅といっていい」
自嘲めいたことを言いつつも、本人の表情自体は笑顔であった。
ただし、それは笑顔と呼ぶにはいささか戦闘的で凄惨なものではあったが。
「シールド1よりヘッドレス1へ。前方、音響センサーに感あり」
坂本中尉の報告に、大隊各員に緊張感が走る。
これまで進んできた回廊ではBUGの襲撃は無かったから、久々の戦闘かと思われた。
坂本中尉は先頭を進む部下の機体に、BUGに警戒するように通信を入れる。。
部下からは短く了解を示す通信が返信される。そして、部下の機体は突撃砲を腰だめに構えた射撃姿勢を取りつつ微速で前進する。
だが、次の瞬間にはその部下の機体の直前に、一機の『人形』が姿を現わしていた。
「王国軍だ、攻撃するな!」
坂本中尉はあわてて通信を開くと部下に命令する。ただ、その命令は必要がなかったかもしれない。
音もなく急接近してきた王国軍の人形は、あまりに早すぎた。
その部下は中堅に属する経験の兵だから後退して攻撃をかわすことぐらいはできたが、補充兵では反応出来なかっただろう。
それでも、彼の機体の喉元のすぐ近くには長い細身の刀剣が突きつけられていた。よくよく見れば数十センチの距離は空いているのだが、ごくわずかな動作で戦闘不能に追い込める態勢であった。
「王国軍のファ・ラトゥーガ。高機動型だな。以前、あのお姫様の部隊で見たことがある」
機体頭部に搭載されているカメラの映像を拡大させながら、剣はコクピットで呟く。
そして、同時に今回の作戦用周波数で高機動型に呼びかける。
「帝國陸軍、762大隊指揮官剣だ。王国軍、ヒルデリア掌百長の部隊とお見受けする。まずは情報を交換したい、よろしいか」
しばらくの沈黙のあと、少女然とした高い声で返答が返ってくる。
「パルーカ
パルーカと名乗った王国軍少尉の言葉は、王国語混じりの片言な日本語だった。一部妙な表現が混じっているものの、言わんとするところは理解できた。
「了解した。残念ながらヒルデリア掌翼長は落盤に巻き込まれて現在行方不明だ。我々も捜索を……」
「姫様いないそすか。
「よほどあのお姫様は部下に人気があると見える……」
早口に閉口しながらも、剣はそう小声でぼやく。
「だが事実ですよ、王国軍少尉殿」
坂本中尉は憮然としている表情が目に浮かぶ声で、短く断言する。
「我々も、彼女の生存を疑ってはいない。我々の捜索に協力をお願いする」
剣の呼びかけに、ようやくパルーカと名乗った少尉の機体は細剣を鞘に収める。
「
――これまたなんとも……さきほどまでの態度が正反対に変わったな。なんとも妙な部下を抱えているものだな、あの姫様は。
そんなことを考えていると、パルーカの背後から数機のファ・ラトゥーガが姿を現す。
「勝手に先行するな、パルーカ
今度の王国軍将校は、融通の利かなさそうな硬い声の持ち主だった。こちらは聞き取りやすい日本語だった。
「本当だよ、マズルカ中尉。貴方が現状、指揮権を代行していると考えて差し支えないのかな?」
「そういうことになる、帝國陸軍少佐殿。あくまで姫様がお帰りになるまでだがな」
「了解した。では、当面協力して彼女の捜索に当たるとしよう。よろしくお願いする」
「こちらこそ御願いする。だが、マザールーム到達の方が最優先だろう。それが原則では」
微妙な隙間風を感じつつも、剣は了解と答えて通信を切る。
――味方は歓迎だが、この手合いの相手は面倒だな。
内心ではそう思っている。
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