第15話 呪詛
「彼」の意識は、主観時間にして数十年ぶりに覚醒をはじめていた。
この世界に満ちている矮小な知的生物たちの思考回路からすれば、緩慢というほかない思考速度だ。
だがしかし、それは致し方のないところだと言える。
彼の身体は「かつての世界」にいた頃のように魔力に溢れていない。それどころか、往事を知っているものからすれば冗談のように小さな魔力容量しかもたない。
大気中に精霊と魔力が溢れていたあの世界が懐かしい。
この世界は魔法力の観点から見れば、『かつての世界』に比べてあまりにも空疎であった。
彼の魔力容量は本来、この世界の「矮小なるものども」に比べれば、象と蟻ほどに強大である。かつての力を彼が取り戻したとしたら、この世界の国軍単独では彼を押しとどめることは不可能だったろう。
――忌々しい。この『呪い』のせいで、思考すらまともにはままならぬ。
彼は、自由にならない『身体』を恨めしく思いながらも、それでも久方ぶりの目覚め自体は喜んでいた。
――復讐の続きを、せねばならぬ。まだ足りぬ。我らの無念、屈辱に比べればまだ到底、足りぬ。
燃え滾るマグマのような憎悪に身を焦がしながら、彼は吠えるように思考する。
――かつて、我らは自由だった。『かつての世界』の支配者として強大な魔力を行使し、山河を作り替え、近代的な都市を築き、平和な繁栄を謳歌していた。
彼の一族はみな強大な魔力の持ち主でありながら平和を愛する者ばかりだった。
高度に発達した魔法文明のなかで、彼らの多くは労働すらほとんどする必要がないほどであったから、そもそも戦争の火種そのものが存在しなかった。
「矮小なる者ども」のように少ない資源を争って得る必要は無い。水や食料、鉱物資源に至るまで、彼らの魔力を用いればいくらでも生み出すことが出来た。
何かを巡って争う必要がなど、どこにも無かったのである。
ごくまれに起きる他種族との争いも強大な魔力の一端を示すだけで良かった。絶大な魔法の威力に恐れをなしたものたちは自然と頭を垂れて服従してきたからだ。
彼らは慈悲深く、一族以外にもその恩恵を分け与えることに躊躇がなかった。
――そのことが一族の滅びを招くことになるとは。
切っ掛けは別の大陸から権力争いに敗れ、彼らの住む大陸へ逃げてきた『矮小なる者ども』の一種族に慈悲をかけたことだった。
その者たちに土地を与え、あまつさえ限られた容量とはいえ魔力を扱えるように専用の法具さえ作って貸し与えた。矮小なる者どもは最初は我らを神の如く崇め、感謝して友好的な関係を築いた。
だが、その蜜月はたかだか百年も続くことはなかった。
――恩知らずなあの連中が、我らを裏切ったからだ!
そこで、彼の思考は憎悪に支配される。
緩やかで静かな、だが地を灼かんばかりの激しい憎悪は、仮にかつての魔力容量をもっていたなら、大陸の形を変えたほどの破壊となったかもしれない。
だが、今の彼の『身体』はあまりに制約が多い。意識そのものははっきりと活動していても、所詮は抜け殻のようなものだからだ。
この世界の生物種の基準で考えれば、彼は生命としては終焉を迎えているといってもいいかもしれない。しかし、彼は未だ終わりを迎えてはいなかった。
いや、死ぬことが出来ないのだと言うことも出来るかもしれない。
――まずは『代行者』たちをもっと増やさなければ。いくらかは増えたが、まだ『矮小なる者ども』を駆逐するには数が足りない。
そう思考を巡らせていたとき、彼は自らの脅威となるものが近づきつつあるのに気づいた。矮小なる者どもの扱う尖兵でありながら、彼を脅かすほどの魔力と呪詛をもたらすものだ。
――忌々しい、忌々しい、忌々しい。まだ滅びていないとは。二度と、あの屈辱を味わってなるものか。
彼はそう思考を憎悪で荒れ狂わせながら吠える。
その叫びを聞き取れるものはいなかったが。
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