第14話 鳴神中尉

 鳴神中尉は、相変わらず最前線の正面で指揮官機が率先垂範とばかりに戦い続けている。この『部屋』という戦場には、彼女の戦闘スタイルを生かせるだけの空間があった。


最初のうちは百五粍突撃砲で応戦していたものの、次第に部屋へなだれ込んでくるBUGの数が増えて交戦距離が縮まってきた。

 その時点で単分子軍刀に武装を切り替えた彼女は、部下に援護を命じつつ敵の密集している中へ斬りこんでいく。


 彼女はよく猪武者のようなイメージで見られがちだが、対BUG戦闘というものをよく理解した指揮官であった。


 BUGはより脅威度の高い――と彼らが判断する――目標に攻撃を集中しがちという習性がある。特に彼女のように格闘戦能力の高い機体であれば、それに攻撃を集中するぶん、他への攻撃がおろそかになりがちなのだった。

 そうであれば、部下は落ち着いて目の前の敵を一体ずつ撃破することに集中すれば良い。


 彼女の部隊で戦死者が出がちなのは、彼女の指揮官適性が最前線への斬り込みに向いているために危険度の高い場所を任されがちなのが原因なのだった。

 もし、彼女が危険度の低い場所での護衛任務を任されたなら、白兵戦などは控えて遠距離での戦闘を指向するだろう。事実、彼女はそうした守勢の戦いも案外に得意としており、過去に満洲で何度も経験している。 


 鳴神の乗る武隆改軽装甲型は斬り伏せた一体の働きアリ型を蹴り飛ばすようにして進路から跳ね飛ばす。そして、すぐに方向転換して部下たちが構成する臨時防御陣地に舞い戻る。

 その最中にも部下たちはのそのそと彼女の機体に追いすがろうとする働きアリ型へ、突撃砲による狙撃を行う。


 突撃砲弾を腹部や頭部に受けた働きアリ型が、強酸性の体液を撒き散らしながら四散する。働きアリ型は鋭い歯と強力な顎、そして前足の鋭い爪と格闘戦能力は高いが、装甲は薄い。装甲歩兵が運用する武装の中で一番貫徹力に優れている突撃砲弾なら、容易に撃破することが可能だ。


 その分、『蟻酸』をまき散らす能力は装甲歩兵のコート材を剥がし、装甲を劣化させるほどの強酸性である。周囲に物が灼ける臭いが漂い、生身では命に関わるほどの毒ガスが発生する。

 装甲歩兵のNBC防護能力がなければ、肺が焼け爛れるであろう外部環境の映像に肝を冷やしたのは一人や二人ではないだろう。


「カタナ1より、ヘッドレス1。我が部隊、新たに損傷機二。一名負傷および機体大破、一名戦死」


 相変わらずノイズが多くのってしまう通信環境だが、距離が近いので最低限の内容は伝わったようだ。


「ヘッドレス1、了解した。そのまま前線を維持しつつ、ポイントN2に下がれ」


 相変わらずどこにも抑揚のない口調で、大隊長の剣が返答を寄越す。

 余計なやりとりが少ない大隊長の簡潔さは鳴神中尉の好むところだった。


「カタナ1、了解。後退する」


 鳴神中尉はコクピットの中で、整った顔に何の表情も浮かべずに通信回線を切り替える。


「カタナ1より中隊各機へ、これよりN2まで後退する。BUGの蟻酸に注意し、なるべく格闘戦は避けよ」


 部下たちの返事を待つこともなく、彼女は機体を後退するエリアへ向ける。

 働きアリ型BUGの群れは、それに呼応するかのように隊列を組みながらゆっくりと、だが確実に後退する装甲歩兵へと迫る。


 後退しながらの射撃はどうしても散発的になる。時折突撃砲弾の直撃を受けて撃破される個体はあれども、より追い詰められた感覚は強くなる。


 鳴神中尉の率いる部隊が予定ポイントまで後退したとき、働きアリ型の大軍の真下で『地面』が突き上がるように盛り上がり、爆発が幾度も発生する。


 ざっと数十体はいただろうBUGの群れは一瞬にして酸をまき散らすだけの物体へ

と解体され、『天井』まで突き上げられる。

 剣が補給物資として苦労して運びこませた五十式対BUG地雷蘆花だった。


――どこで使ってくるかと思えば、こんなところとは。あの性格の悪い指揮官らしい。


 知らず知らずのうちに笑みを浮かべていることに気づき、鳴神は自分自身に驚く。戦場で笑顔を見せることなど、彼女にとってはついぞ無かったことだからだ。


 だが、その笑みは長く続かなかった。

 地雷が原因ではない鳴動が、足下を揺るがせ始めたからだ。戦術補助AIにも制御しきれない揺れに、鳴神は仕方なく地面に片膝を突かせる。


「衝撃に備えろ、何か分からんが、来るぞ」


 なんとも曖昧な指示に自嘲しそうになるが、そうとしか言い様がないのは確かだった。

 BUGの攻撃ならばいくらでも耐えてみせる自信はあるが、『地面』がこうも揺れては対処のしようが無い。


 幸いなのはこのすさまじい揺れに翻弄されているのはBUG側も同じだということだ。

 働きアリ型の何割かはが無様にひっくり返ってもがいており、そのほかの個体もまともに前進出来る個体はないようだった。


「来るっ」

 嫌な予感がひときわ大きくなったとき、地面に急激な亀裂が走る。


――地雷の爆発の影響か?いや、『蘆花』は飛び上がって地表で爆発する跳躍地雷と言われるタイプだ。地表より上ならともかく、地下にまで影響がいくわけがない。


 一瞬、そんなことを考えた鳴神だが、思考しつつも操縦桿とフットペダルを操作して機体を跳躍させている。

 しかし、亀裂の発生の速度はあまりにも速く、彼女の機体の足下から『地面』が消えるのにさほどの時間はかからなかった。


 そして、ネストの中でも有引力は無慈悲に動作する。

 彼女を含む多くの装甲歩兵が、急にぽっかりと空いた地面の底へと呑まれていくのに、さほどの時間はかからなかった。


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