第12話 第一軌道降下兵団

 第一軌道降下兵団の装備する装甲歩兵は、すべて武隆改弐乙型で構成されている。基礎的な性能は部隊配備が進みつつある武隆改一型と同様だが、エリート部隊向けに高性能な人工筋肉が採用されているのが特徴だった。


 武装はこれまでの武隆シリーズに採用されている装甲歩兵用武装と変わる訳ではない。ただ、今回主武装は一〇五粍突撃砲から屋内戦闘を想定した八八粍機関砲に換装されている。


 一〇五粍突撃砲は銃身が長いため屋内での取り回しに難があることから、主武装から外されている。貫通力は劣るものの狭い場所での取り回しに優れ、弾薬携行数も多い


 あえて火力を落としてでも、機動性を取るという選択だった。

 エリート部隊として編成された部隊だけあり、各地の帝國軍からエースパイロット級の人材を集めているから練度は高い。

 軌道降下そのものが最近ようやく確立した戦術であるから、降下そのものには不安な点もないではなかった。が、こと対BUG戦闘においては隙を見せていない。


 762大隊が散々苦労した最初の「部屋」確保も素早くクリアし、今は最初の補給を受けているところだった。


「深谷少佐、第二『部屋』の掃討を完了。すべてのBUG幼体を破壊、並びに罠の無いことを確認しました」


 部屋の掃討を任せていた小隊の小隊長から報告が入り、深谷少佐は陽気に答える。

 彼は第一軌道降下兵団所属突入部隊の指揮官であった。部隊の規模としては増強中隊程度とそこまで大きくは無いが、それは数を揃えればいいという訳ではないネスト戦を反映したものだ。


 先陣を切って前人未到のネスト内部へ突入するだけあり、隊員は兵団の中でも選りすぐりの装甲歩兵乗りばかりである。


「予定通りの掃討、まことに結構。このままマザーを殲滅して、久々のネスト攻略一番乗りと行こうじゃないか。」


 誰が見ている訳でもないが、笑みすら浮かべながら彼は操縦桿のスイッチを操作して駐機姿勢を取らせる。


「円形陣を取り、このまま大休止といこう。先を急ぎたいのはやまやまだが、先は長いだろうからな。後続部隊の到着を待つ」


 深谷少佐の指示通り、部隊各機は少佐機を囲む円形の陣形を取りつつ休止状態に入る。

 そのとき、敷設してきたケーブルを通じて通信が入った。ネスト戦では寸断されることも多い有線電話だが、いまのところ地上との連絡に支障は無い。


 音声通話で、予定よりも遅くはなるが補給部隊が到着するこことが報告される。

少数精鋭を旨とするネスト攻略戦とはいえ、まったく補給部隊を置かぬ訳ではない。


 消耗した弾薬は補充せねばならないし、損傷した機体があれば応急修理を行う必要がある。戦闘をすれば腹も減る。長丁場のネスト攻略戦に物資の補給は必要不可欠だ。


 ネスト内部はとても車両の通行が容易とはいえない悪路であるため、輸送は装甲歩兵で行うことが多かった。

 無限軌道式の車両や自律貨車も用いられてはいるが、元々の数が少ないからあまり多くは投入できない。装輪式車両の方が輸送量の確保では有利だが、急勾配や凹凸が連続する「回廊」相手では装甲歩兵の走破性に負けるところがあった。


 そんな訳で、輸送など専門外の装甲歩兵が輸送に用いられることになっている。

 装甲歩兵ネズミ輸送は輸送量は限られてしまうが、大部隊を支える訳ではないから、それで十分でもあった。特に重い燃料を抱える必要が無いぶん、装甲歩兵は有利だった。


「深谷少佐、外周赤外線感知装置鳴子に感あり。移動目標は一体です」


「補給部隊か?それにしては数が少なすぎるが。外周部は念のため警戒しておけ」


 万が一BUGが現れた時のことを考え、深谷少佐は武隆改弐の外部カメラを望遠モードにして周囲を警戒する。


 とはいえ、回廊を通ってくるBUGのサイズではさほどの脅威にもならないだろうと深谷少佐は思っていたが。

 数分の後に姿を現わしたのは、一目で帝國軍の機体ではないと分かる装甲歩兵、いや「人形」だった。


 深谷少佐の印象は少年の頃昆虫図鑑で見た黒後家蜘蛛に似ているな、という印象だった。

 機体は一般的な装甲歩兵に比べて大きい。まだ小型化が進んでいなかった世代の装

甲歩兵である『武越』初期型でもあの機体に比べればいささか小さく見えるだろう。


 機体の大きさに比して、いささか線が細く見える。帝國軍の装甲歩兵、いや王国軍の機体でもあれほどの細身の機体はそうそうないだろう。


 まさに異形の機体だな、と深谷は思った。兵器というよりも、源平時代の壮麗な甲冑を思わせる造作だった。その機体が補給物資の入った貨車を牽引しているのは、妙に間が抜けた光景であった。


「王国軍の『人形か』。こちらに王国軍の支援があるという話は聞いていないが……」


 いささか困惑しながらも、深谷少佐は通信機のスイッチを入れて国際連盟軍の共用周波数に合わせる。


「こちら帝國軍第一軌道降下兵団所属、深谷少佐だ。貴公の所属を伺いたく」

「王国軍近衛魔法士団、兵站部所属。リヒャルト・レダ・ロルム掌千長少佐


 涼やかな声で帰ってきたのは、流ちょうな日本語だった。

 ほう、と驚きの声をもらしてしまった深谷少佐だが、日本語が通じるのは有り難いと思うことにした。


「貴国の部隊が機材の故障で難儀していたのでね、支援を買ってでた、そんなところですな」


「それは有り難い。同盟の友誼に感謝します」


 深谷少佐は素直な謝意を述べる。


「ネスト攻略戦は人類の生存をかけた戦いですからな。貴殿らには背後を気にせず、存分に戦っていただきたいのです。それでは、この物資の受領をお願いしたい」


 日本語が通じる王国人は珍しくないが、ここまで完璧な発音は珍しい。


「了解しました。早速部下にやらせましょう」


「見たところ、休止中といったところですかな。よろしければ、戦況など聞かせていただいても?」 


「了解しました。御礼という訳ではありませんが、直接ご説明しましょう」


 深谷少佐はそう言うと、機体の搭乗席ハッチの開閉スイッチを操作する。

 内心ではいささか面倒に感じていたが、同盟国への気遣いをするのも仕事のうちと割り切ることにした。

 異形の機体から降りてきたのは、帝國人基準で考えても美丈夫と言わざるをえない男だった。深谷少佐の見たところ、年齢は三十代半ばだろうか。


 もっとも、王国人は日本人から見て若作りに見えることが多いと聞くから、実際はどうだか分からないが。

「補給支援、感謝いたします。リヒャルト少佐」


 慇懃に敬礼した深谷少佐に対して答礼したリヒャルトは、白い歯を見せつけるように微笑む。何をやらせても絵になる男なのだと感じ、ちょっとした殺意を覚える。

 生まれてこの方容姿を褒められた試しのない男としては、当然の感情ではあった。


「それくらいにしましょう、フカヤ少佐。戦場での儀礼は最低限でよいのでは」


「では、有り難く。手短に戦況を説明しましょう。我が突入部隊はこれまでここを含めて二つの『部屋』を確保、BUGの撃破数は……」


「そこまででいい。なるほど、ネストの攻略は順調といったところかな」


「一応は。まだ最深部のマザールームまでかなりの距離があるので、油断は出来ませんが」


「帝國人の謙虚さは美徳だね。まだ突入からさほどの時間が経っていない状況で、誇ってよい戦果だと思うがね」


「ありがとうございます」


 素直に礼を言いつつも、彼はこの王国軍少佐が早くこの場を去ってくれることを望んでいた。どこにでも敬して遠避けたい相手というのはいるものだ、と思っている。


「ここで一つ提案なのだが。引き続き、我が人形で貴公らを支援したい。私の乗機である『ロルムの黒曜石』は戦闘能力も高い。お役に立てるかと思いますが」


「お申し出は有り難い。ですが、貴公とて、部隊としての任務がおありでは?」


 深谷少佐はどうやんわりと断るかわずかにためらい、結局常識的なところに落ち着いた。


「問題ありません。一応、私は兵站部に所属しているが、無任所のようなものでしてね。ある程度自由に動ける立場なのです。帝國では考えられないでしょうが、王国にはそういう存在もいる、とご理解いただきたい」


――そう返されてはどうにも断りづらいではないか、畜生。面倒な。同盟国とはなんとやっかいなものなのか。


 心の中で散々悪態をつきながらも、断るに足る理由を探しあぐねていた。結局の所、この王国軍少佐の好きなようにさせるほかないことは、とうの彼にも分かっていた。


「それでは有り難く。ひとまずは引き続き補給物資の輸送にご尽力いただきたい。王国の装甲歩兵……人形にこんなことをさせて申し訳ないが」


 深谷少佐は内心の憂鬱さを表に出さないよう苦慮しながら、平板な声でリヒャルト少佐に告げる。

 その言葉にリヒャルトは完璧な笑顔の仮面を貼り付けて答えた。


「同盟国軍の手助けになるのならば、喜んで」

 きらめくような笑顔に、深谷は言い知れぬストレスを感じて手をきつく握りしめる。


――どこまで気障な男なんだ、こいつは。どうにか後ろ玉を喰らわせられんものか。

 深谷少佐は出来もしない妄想をしながらも、敬礼で答えた。

 


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