第11話 戦術転移魔法


 戦術転移魔法は、実は近衛魔法士が一番好む魔法かもしれない。


 想像してみれば良い。一方的に攻撃を行った後、瞬時に攻撃可能範囲外へ逃れる術があれば魅惑されない方がおかしいというものだ。敵に大打撃を与えつつ、こちらは無傷というのは古今東西の指揮官にとって理想の一つである。


 無論、であるからといって無条件にいくらでも使用できる魔法でもない。

 転移直後の「転移酔い」は無視出来ない問題であるし、回復に時間のかかる魔力の消耗といった問題も付きまとう。


 しかし、そうした欠点は短距離では限定的な連続使用も可能なレベルに止まる。だからこそ、様々な欠点を抱えつつ短距離の時空跳躍を可能とするこの魔法は多用されている。


 なお余談だが、長距離と短距離の区別はさほど厳密なものではない。

  およそ有視界内(人形に備わっている視界拡張機能の影響を含む)であれば専門の観測魔法士による高精度観測を必要としないため、その辺が境目とされている。


 問題は専門教育を受けた観測魔法士ほどではないにしろ、ある程度の観測魔法と転移魔法を使いこなす人員がそうそういないという事だ。近衛魔法士団といえど、常時運用を可能とする部隊は限られる。


 幸い、人材豊富な蒼の戦翼隊にとってその条件はさほど困難なものではない。

 ヒルデリアはその利点を存分に生かし、ここぞという時に使用すべく訓練を重ねてきた。 


だが、彼女の慎重な性格がここまでその戦術の使用を躊躇わせてきた。


 そのヒルデリアが帝國軍の大隊に提案したのは、少数精鋭の部隊を転移魔法で敵の後方――部屋内部――に潜り込ませ、敵の後方から挟撃するという単純な手であった。

 無論、部屋内部とは敵地であり、BUGに押し潰される危険性をはらんでいる。


 しかし、別の突入口から侵入を開始する部隊の到着を待つか、このまま平押しし続けて「回廊」で戦力を消耗するよりはマシだろう。彼女の提案した内容はそのようなものであった。


 彼女の予想に反して、特段の注文をつけることもなく剣はその案を了承した。

 拍子抜けするような思いではあったが、彼女は面倒が生じなかったことを素直に喜んでおくことにした。


 

 働きアリワーカーアンツ型の鋭い牙を掻い潜り、首を刎ね飛ばしたのは深紫色の「ファ・ラトゥーガ高機動型ハイバーティカだった。小首を傾げるような動作で周囲を観察した彼女は、次の瞬間には別のBUG個体の掃討にかかっている。


 彼女の戦い方は部隊として連携しながら戦うというより、一対多数戦に特化している。 常に複数の相手と戦うため、瞬時に敵の急所を捉えて屠りつつ常に移動しながらの戦闘行動を取ることが多い。


 普通の人間ならば、あまりにリスキーな戦い方だ。

 が、魔力保有量が高く継戦能力に優れ、人形格闘戦のセンスが天才的な彼女はその戦いで赫奕たる戦果を築いている。高機動型の少ない魔力消費量もそれを支えている。


 今日も淡々と、一瞬ごとにBUGを戦闘不能にしていく様は味方ですら寒気を覚える光景に見えた。


 彼女の戦いは部隊行動という観点からすれば有害とも言えるものだが、士気の向上という観点からみればその効果は大きい。事実表だって賛辞を送るものこそ少ないが、思わず感嘆の声を漏らす兵は少なくない。


 ヒルデリアはその戦いを周辺視野に捉えつつ、周囲を見渡す。

 BUGのネストには謎が多く、『部屋』の機能も完全に解明されている訳ではない。

 ただ、この部屋は用途が比較的分かりやすい。

 不透明の液体が入っている円柱が何本も林立しており、呼吸音のような音に合わせて内部の物体が明滅している。おそらく、この『柱』はいわばさなぎであり、培養液のような液体の中にはBUGの幼体が収められているのだろう。ネストの機能でよく知られている、生産工場プラントの一角なのだろう。


 ネストと構造が似ている蟻の巣穴で言えば、幼虫を保管しておく部屋にあたるのだろう。この部屋の中心に近づくにつれてBUGの姿が少なくなるのは、おそらくは戦闘で幼体を傷つけることを避けるためなのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、彼女は有効な魔法の選択肢を考える。空間が限られていることから味方にも被害が及ぶ爆裂系の魔法は避けるべき。となれば、相手の動きを封じる意味での凍結魔法が有効だろう。

 そう決断した彼女は、自身とパルーカ機を含めてわずか八機の僚機に命じる。


「各自、攻撃魔法で『部屋』へ通じる回廊を塞いでいるBUG群に魔法攻撃を開始せよ。なお、爆裂系魔法の使用は堅く禁ずる」


 近衛魔法士であれば状況に応じた攻撃魔法の選択は出来て当たり前だが、個人ごとに得手不得手があるのは避けられない、だから、あえて魔法の種別までは指定しない。


 この石隊小隊規模の手勢では同調魔法はさほどの意味を持たないので、各個魔法射撃が得策だからでもある。


「我が求めに応じよ祖霊 来たりて 我が前に立ち塞がる異形を討ち滅ぼせ 凍結氷剣シークル・アスタラ


 彼女の呪文に呼応して、彼女の人形の両肩付近に何本も氷で出来た剣が浮かび上がる。地吹雪のような粉雪をまとった風が、ネスト内部特有の40度近い高温に晒されて蒸気と化していく。

 それでも、その氷の剣は溶けることなく長弓につがえられた鏑矢の如く、パキパキと急速に水分が凍る音を立てながら空中を突進する。


 雲霞の如く大量に部屋の出入り口に壁となっていた働きアリワーカーアンツ型BUGの細い胴体に次々と突き刺さると、瞬時にその傷口から凍結が始まる。わずか数分で働きアリ型BUGは氷の彫像と化し、わずかな衝撃が加わることでも脆くも砕け散る物体となった。


 彼女の部下たちも同様に魔法攻撃を行っている。やはり爆裂系魔法が使えないなかでの攻撃魔法となると凍結系の魔法が多いようだ。魔力消費の大きい凍結氷剣シークル・アスタラを使うものはいないようだが。


 その魔法攻撃に呼応するように、装甲歩兵用の手榴弾らしきものが投げ込まれる。

 ころころと転がった円球状の物体が爆発し、爆発に巻き込まれた働きアリ型BUGや幼体を収めた円筒が巻き込まれて四散する。


 それと同時に単分子軍刀を抜いた帝国軍の人形――装甲歩兵が突入し、血路を開く。


「作戦は成功、戦果を拡張する。各自各個に攻撃魔法で帝国軍を援護しろ。なお、魔力の消耗はできる限り抑制せよ。先は長いぞ」


 ヒルデリアは突入部隊に指示を下しつつ、自らも攻撃魔法の詠唱に入る。

 さほどの時間もかからずに「部屋」内部の制圧は完了し、両部隊ははじめてネスト内部に橋頭堡を築くことに成功した。


「さて、あとは幼体を破壊しつつ、補給部隊の到着を支援するだけだな」


 「部屋」中枢に鎮座するひときわ大きい円柱を見ながら、ヒルデリアは呟いた。

 その赤黒い円柱は明滅してはいないが、装甲歩兵や人形数体分の大きさを持っている。

今のところ脅威になりそうではないが、後ほど調査する必要はありそうだと思いつつ、彼女はそれを意識の外へ押しやった。

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