第10話 部隊交代(スイッチング)

「カタナ1よ……ヘッド……ス1へ。こちらの損耗率十三パーセ……。…均残弾数二十パーセ……を切りました。『部屋』突入前ですが、部隊交代スイツチングしま……」


 ノイズが酷い通信状況に顔をしかめながらも、剣は鳴神中尉の報告に即断する。


「兵員を死なせるな。ネスト戦の損害はある程度許容せねばならんが、俺は無駄死には好かない。兵の死には意味があるべきだ。……装歩擲弾グレネードを使え。残数を気にしてケチるなよ」


 剣は来栖にそう答えながら、複座型の液晶画面を睨んでいる。事前に覚悟はしていたが、やはり反応兵器の影響はネスト内にはほぼ影響がなかった。


 航空宇宙軍が実施したなけなしの六十六式地下貫通爆弾玄翁による爆撃も、ある程度の貫通は認められたものの成功とは言いがたかった。そもそもカタログ値通りに貫通出来たところで、最深部までネストを完全に破壊することは不可能ではあったが。


 来栖は無線回線を開くと、ノイズで聞き取りにくい無線状況に閉口しながらも剣の命令を伝達させる。


 今のところ部隊がそれほど広がっていないから大隊全部隊への連絡が一応可能だが、おそらくこの先の最初の部屋を制圧してからはそうもいかないだろう。


 内部構造を把握する前に部隊を分けるのは危険だが、かといって戦闘正面が極端に狭いネスト内で大部隊をまとめたまま居るのも危険だった。


 最悪の場合、内部の構造如何においては挟撃される危険もあるからだ。

 事実、過去の戦闘では戦力の集中運用にこだわったがために全滅寸前までいったケースもある。


「やはり損耗率が高いな。これだけ狭いと面倒だ」


 そう言う剣の顔はいつも通りの仏頂面だが、来栖は顔の筋肉のこわばりや声のトーンで苛立ちを感じていた。この面倒極まりない上司と付き合うために覚えてしまった、彼の微細な感情の動きを感知する能力である。


坂本中尉シールド1、カタナ1に代わって前へ出ろ。スイッチングには危険が伴う。くれぐれも押し込まれないように留意せよ」


「シールド1了解」


 短い交信ののち、シールド1こと坂本中尉が率いる第二中隊の装甲歩兵が移動を始める駆動音が響いてくる。

 辛うじて武隆改の赤外線センサーが、装甲歩兵の排熱を捉えているのが、モニター上に表示されている。


 どんなに大部隊であろうと、長い縦隊に配置せざるを得ないのがネスト戦の辛いところだった。突入口を複数作ることによって相手にも戦力の分散を強いたいところだったが、国際連盟軍にそれを可能とする戦力的な余裕はないのが実情だった。


「第二中隊、戦闘を開始したようです」


 剣は頷くと、あらためて戦況図を眺める。現代戦とは思えぬ戦況だな、と思う。

 まるで戦国時代の攻城戦だ。敵も味方も投入出来る戦力が限られており、やたらと時間がかかる。射界が限られることから支援射撃も難しく、貼り付けている戦闘員の気力と体力が消耗していくのも地味に痛い。

 『部屋』を確保するまで、後方と呼べる場所が存在しないからだ。


 そして、部隊を指揮する立場で言えば戦況把握が難しいのも問題だった。通信状況が劣悪なために途切れがちなカメラ映像、音声通信、あとは赤外線センサーくらいしか状況把握の助けになるものはない。

 有線通信ケーブルもあるにはあるが寸断されることがあまりに多く、現についさっき生体砲弾の破片か何かで不通になっている。


 かと言って、ネストの外に身を置くのも剣にすれば論外だった。

 ただでさえ戦況把握が難しい状況で、ネスト外で大隊の指揮を執るなど論外と考えている。また、一応大隊と名前はついているが、その実体は平時においては論外な戦力の切り貼りでどうにか名目上大隊を名乗っているに過ぎない、という部隊の事情もあった。 だからこそ大隊司令部は八木に任せきっているのだ。


 そして、実のところ手持ち無沙汰でもあった。詳細な戦況把握が難しいとなれば、細かいあれこれは戦闘正面に出ている指揮官の独断専行に任せるほかない。元より、剣にはマイクロ・マネージメントの愚を犯すつもりもない。


 第二中隊の戦闘加入から、あっという間に数十分が経過する。時折ノイズ混じりの報告が入るが、どれも戦況が芳しいとは言えなかった。

 焦れる剣だが、今のところは待つほかない。


――指揮官は待つのも仕事のうちだが、状況が見えないというのは辛いものだな。


 その時、やたらと音声が明瞭な通信が入る。 国際連盟軍で使用する、国際周波数の無線通信だった。

「こちら王国軍近衛魔法士団。これより貴軍の援護を開始する」


 聞き覚えのある声に、思わず剣は苦笑する。

 この清涼感のある高い声は、聞き覚えがあるどころではない。事前に別の突入経路から侵入する部隊があるとは聞かされていたものの、また彼女たちと共闘することになるとは想定外だった。


――いや、そうでもないのか。この北米でまともに動かせそうな部隊など、ずいぶんと数が減ってしまっている。彼女の部隊なら、一応は予備兵力も残していたと記憶しているからな。

「こちら帝國陸軍第七六二装甲歩兵大隊、援護を感謝する」


その返答に、向こうでも面食らっているらしい様子が、声にならぬ声で分かった。その様子に剣は妙なおかしみを覚えている。


――むくつけき軍隊などに居らずに、声楽でもやっていれば飯が食えるだろうに。


 剣は心中そう思ったが、プライドの高いあのお姫様はそんな事を言えば怒るに決まっている。皮肉を言うタイミングでもないし、支援とやらがどこんまで有効かは不明だが、有り難いことには変わりない。


「どうやらよほど縁があるらしいな。あの姫様とは……」

無線のスイッチを一時的にオフにした剣は、そんなつぶやきを漏らす。来栖は剣のどこか弾んだ声に、機嫌が上向いていることを悟る。


――あのお姫様、よほど揶揄からかいがいがあると思われているわね。ご愁傷さま。


「帝國軍、剣少佐だ。ネスト戦につき戦闘正面が狭すぎる。戦闘加入、および支援攻撃は魔法戦闘といえど困難を極めると思うが?」


「王国軍、ヒルデリア掌百長。承知している。だが、こうした戦場では失礼ながら我ら人形兵の方が向いている。お役に立てると思うが」


「了解した。これからこちらの戦況を伝える。その上で支援の内容を検討していただきたい」


 剣はそう通信で答えつつ、狡猾そうな顔で微笑する。


――あの義理堅い姫様の支援とやら、せいぜい期待させてもらうとするか。

 内心でそう思いながら、剣は支援の内容を脳内で詰め始める。

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