第6話 ロルムの黒曜石

 サンフランシスコの倉庫街。

 おそらくは第一次蟲戦前から使われているであろう古い倉庫の一角を、ロルム家が占有していた。

 

 本来ならいくら選王家の当主といえど勝手に他国の施設をどうこうすることは出来ない。既に米本土を離れている本来の家主に大金を払って買い上げたため、ここはロルム家の私有地ということになっているのだった。

 

 深夜、その倉庫の重い鉄扉がモーターで開けられ、一両のトレーラーが中へと入ってくる。

  かなり大型の民生用トレーラーであり、黒いビニールカバーで厳重に梱包された物体を搭載しているのが不気味であった。


 照明の落とされた倉庫内に一気に照明が点され、安定器が劣化しているのか耳障りなジーという音が一斉に響く。


「待ちかねたぞ。この大陸でようやくのご対面か」


 トレーラーの到着からほどなくして倉庫に姿を現わしたリヒャルトは、喜色を隠そうともしなかった。

 服装はこれまでの近衛軍装ではなく、人形に搭乗する時に用いる操士装備パイロツトスーツを着用している。伸縮性と身体防護性能に優れる操士装備は身体にフィットするように作られている。

 そのため、線の細い外見とは裏腹に絞り上げられた無駄のない筋肉が見て取れた。


「これをここへ持ち込むのには苦労しました。なにしろ軍籍登録されていない人形、それもこれだけ大型のものともなりますとな」


 白髪のタムタム人家令、レオネルが肩の痛みに顔をしかめながらトレーラーから降りてくる。


「一刻も早く中身が見たい」


 レオネルは主人の言葉に逸るものを感じレオネルは慌てた。

 こういう時の主人がひどく危険な存在であることを、レオネルは長年仕えてよく知っていた。トレーラーの上で厳重にかけられていたカバーが丁寧に取り外され、中身がどんどん露出していく。


「禁書庫の古文書で存在そのものは知っていた。北米へ出発する前に入手した、とは聞いていたが。よく見つけられたものだ。レオネル、感謝するぞ」


「勿体なきお言葉。ロルム家ゆかりの場所を散々探索しました。結局、ロルムの旧本家屋敷地下深くに封印されておりました。リヒャルト様にお貸ししていただいた紋章印が無ければ、見つけられませんでしたが」


 そう話しながら、レオネルは主人にロルム家の紋章が彫り込まれた金属の印章を返す。

 それを受け取ったリヒャルトの視線はトレーラーの上に横たえられている、漆黒に塗装された大型人形に注がれている。


「これがロルムの黒曜石リタリテ・ロルムか。現代の人形、いやバルドゥ家の深紅の宝剣デミ・ウリエーラと比べてもはるかに大きいな」


 その人形は全長15メートルは超えそうな、異様な人形だった。おそらく駐機姿勢でも 7~8メートル程度にはなるのではないかと思えた。

 この大きさであれば駐機姿勢でも搬送は困難であり、横たえるかたちで搬送されてきたのも当然と言えた。


 人形の平均的な大きさは5~6メートル、8メートルを超えれば大型と言われる。であるから、この人形は規格外の超大型と言えるだろう。

 

 機体重量も、おそらくは軽く10トンを超えるのではないかと思われた。

 現代の人形が小型化しているのは、第一に大きくなれば被弾確率が大きくなるからだ。障壁魔法によってBUGの生体砲弾は防ぐことが出来るが、当たらないに超したことはない。

 

 第二に理力石が出力出来る魔力は限られており、機体の大型化は重量の増加を招くことから稼働時間の低下につながるのだった。

 

 現代の常識から外れた人形の全身は漆黒に塗装されており、装甲部分は驚くほどに薄く見える。 


「古人形に使われている理力石は純度の高い希少品が使われておりますから。現代の人形とは出力が違うのでしょう」


 レオネルは主人の側の定位置で、うやうやしく控えている。


「道理だな。鋼のファ・ラトゥーガなどは量産型の『兵器』として品質を同じようにすることが前提の製品。古人形とは設計思想そのものが異なるということか」


 古人形とは「大転移」前に作成された人形全般を指す言葉だった。

 この地球に転移する以前のルフトバーンの地には今より遙かに濃厚な魔力が満ち満ちており、理力石の生産量やその質も比べようも無いほどに優れていたという。


 その時代に生産された人形は個人専用機としての性格が強く、また貴族が惜しみなく財をつぎ込んで作られたものが大半であるため理力石の出力が桁違いに大きいものが多い。


 半ば伝説化した機体が多いのもそのためである。


「それにしても『知の貴族』の持ち物としては、ずいぶんに実戦的な機体ではないか」

「この機体はロルム家始祖、エルンハイト様が佩用された機体。エルンハイト様は文武両道に秀でた方とされておりますので」

「そうであったな。どうにも始祖というと、晩年の内政安定に尽くした伝記の印象が強いのだがな」


 リヒャルトは黒光りする機体を撫でながら、整った顔に歪んだ笑みを浮かべる。


「ようやく、これで終わりを始める事が出来る。ようやくだ。このときをどれだけ待ち望んできたことか」


リヒャルトは誰に憚ること無く、邪悪に嗤った。

 レオネルは内心でこの男を、自分は諫めるべきではないのか、と自分に問うていた。

 そして、おそらくそれが自分には不可能なことも悟っているのだった。


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