第7話 八木中尉

 長野県高遠町の祖父の家に初めて行った時、その古く大きな家屋敷の客間に朱色に塗られた柄と、紺色の覆いのかけられた穂先が印象的な長槍が飾られていた。

 そしてガラスケースに入れられた艶やかな光沢を放つ黒糸威の甲冑も、独特の圧迫感を放っていた。

――我ら八木家は武家の家系。いざ鎌倉とあれば槍を取る。

 いささか時代錯誤なことを言う祖父に八木は面食らいつつ、甲冑や槍の放つ妖しい魅力の虜になっていた。

 日がな一日飽きもせずそれを眺め、甲冑のあちこちにある傷からありし日の合戦を思い描いていたものだ。

 軍人を志したのも、今思えばあの少年の日に見た甲冑と長槍が影響しているのかもしれない。そんなことを八木は考えている。


「八木中尉、先行する車両から爆発音の報告。まだ遠いようですが」

 瞬間、少年時代の夏の日から現実に引き戻される。

 そんなことを考えていたのは、おそらく一分にも満たない時間だが。

――気が緩んでいるのか、あるいは早くも疲労の影響が出ているのか。

「部隊は予定通り散開。対空戦車小隊と機動戦闘車を前に出せ」

「了解、伝達します」

 隣に詰めている軍曹は、無線のスイッチを入れる。


 762大隊が急遽空挺作戦に投入されることが決まったとき、もっとも割を食ったのは八木中尉であった。彼にしてみれば自ら装甲歩兵に乗ることはないにせよ、少なくとも前線のどこかで戦うものだと思っていた。

 しかし、大隊長の剣は空挺という任務の性格から、大隊に随伴する補給や整備などの支援部隊を後方司令部に残していくことを決めていた。

 空挺作戦とは常に積載量の限界というものと戦うものであるからだ。


 通常時ならば戦闘を継続するための補給、整備部隊は必要不可欠の存在であり、大隊ともなれば自前の支援部隊を伴うのが当たり前とされている。

 しかし、航空輸送力に限界があり、またネスト戦という特殊な戦場で戦う以上、それらの部隊を連れて行くのは不可能であった。

 

 剣は降下後の戦闘に不可欠な部隊のみ前線へ送り、支援部隊は降下後に支援部隊として後続部隊に随伴させることとしていた。

 そして、その残存部隊の臨時指揮官を八木中尉が執る事になっていた。

 心中はなんとも複雑ではあったが、軍務じたいに不平がある訳ではない。

  

 とはいえ、後続部隊に加わった彼らの任務が楽である訳でもない。

 今、彼の指揮下にある主な部隊は対空戦車小隊、随伴歩兵小隊、戦闘工兵小隊、輜重中隊といったところだ。

 

 この状況下の大隊付属部隊としては勿体ないくらいだが、主力である装甲歩兵が空挺運用されている以上、使いにくいことこの上ない。

 装甲指揮車の車内で、周囲のカメラ映像を見ながら八木中尉は呻いた。


「ナナフシ型の生体砲弾だ。全車両散開。対砲爆撃態勢を取れ」


 脳裏に染みついているナナフシ型の砲撃を視認した瞬間、彼は無線機に怒鳴る。


「『龍勢』で叩けていないBUGが残っていたということか……」

 

一度無線のスイッチを切り、八木はそう独りごちた。

 1分後、八木は無線のスイッチを入れる。


「各部隊、損害報告を」


 数秒の空電音のあと、各部隊から損害報告が届く。

 随伴歩兵小隊の数名に負傷者が出たものの、大隊の車両に被害が出なかったのは幸運だった。


 他の部隊の車両や装甲歩兵に損害が出たようだが、おそらくナナフシ型は数そのものがそろっていないらしい。全体の損害はさほどでもない様だ。


――やはり大盤振る舞いの砲爆撃による成果はある、ということか。


 空挺降下に先立ち、帝國軍と王国軍は協同で砲爆撃を行っていた。

 地対地誘導弾や長距離魔法攻撃など、これまで決戦用に温存されていた戦力がまとめて投下されているのだ。


 であるからこそ、八木率いる部隊の損害が抑えられている。

 だが、先行している空挺部隊はどうだろう、と八木は思った。


 蟲塞はコンクリートベトンで構築された永久要塞よりもよほど強固な構造物であり、生中な砲爆撃では破壊出来ない。それは人類が未だ再現できない未知の元素により構築されているからだという。


 結局のところこれまでの攻略作戦では、準戦略級反応兵器の使用でしか破壊出来ていないのだ。その例とて、外殻の一部が破壊出来ただけで結局内部の制圧は地上兵力の投入が不可欠だった。

 今回の作戦でも、装甲歩兵によって内部へ侵入することが前提となっている。

 そして制圧完了とともに時限式信管で作動する反応弾を複数設置、起爆させることで破壊する事になっている。


 蟲塞内部には高い戦闘力を持つBUG固体が防衛戦力として控えていることが多く、先行する空挺部隊の損害率も高いものになるだろう。


 その戦闘の指揮を剣大尉自らが装甲歩兵に搭乗して執っていることに、考えるところがない訳では無い。


 いくら空挺作戦とはいえ、大隊指揮官が最前線に出て陣頭指揮を執る必要もあるまいにと思っている。

 本人は出撃前に、


「一応名前こそ大隊だが、実際のところは増強中隊のようなものだ。その中途半端な戦力を投入するからには、俺が前に立たねばならん」


と言い残している。


 確かに、道理ではあった。普段の物言いに反して正攻法を好む剣らしいものも感じている。

しかし、なんとも割り切れないものを感じるのも確かだった。

その思考を中断するように、装甲歩兵が携行する突撃砲の甲高い砲撃音が響く。視界に入り始めた蟲塞の方向から、タランチュラ型BUGの集団が接近してくる。


「対空戦車小隊、前方のタランチュラ型へ水平射撃!」


「了!」


 五四式自走高射機関砲が40ミリ高射機関砲の仰角をほぼ水平にしてから、射撃を開始する。六○式装輪戦闘車の生き残りも射撃を開始した。

 ほかの部隊に比べれば雀の涙ではあるが、目前に敵がいる以上射撃しない訳にもいかない。


 自走高射機関砲の40ミリ砲弾も、比較的装甲の薄いタランチュラ型には効果があるようだ。胴体を瞬時に穴だらけにされて擱座する個体が続出する。

 あくまで他の部隊の添え物のような射撃ではあったが、確実に効果は出ている。


――だが、大型には通用しないだろうな。五四式も、いや六○式の高初速滑空砲弾ですらもそうそう貫通が期待出来るとは思えない。


 先日のガーナー墓地での戦いを思い起こしながら、八木は思った。

 タランチュラ型が反撃とばかりに生体砲弾を背中から発射してくるが、射程が短すぎるためにこちらに損害は無い。


 別の部隊の武隆改が残ったタランチュラ型の掃討を始める。


「撃ち方止め。進撃を再開する」


 あとは味方部隊に任せておけば良いと判断した八木は、射撃の停止を命令する。

 いつ補給が到着するか知れない決戦である以上、砲弾の消耗は避けたいところだった。

 五四式や六○式が射撃を止め、陣形を元のくさび形陣形に戻す。

 足を止めていた輸送トラックがエンジン音を響かせながら、戦闘部隊に追随する。  


――まだここは先ほどの支援砲爆撃の成果で、反撃はさほどではない。だが、おそらく先行した空挺部隊は蟲塞に潜んでいたBUGによる反撃を受けているはずだ。


 頭の中に対蟲塞戦闘の教範を思い描きながら、八木は考えた。

 おそらくはろくでもないことになっているはず。その中であのろくでもない上官に生きていて欲しいのか、それとも靖国へ旅立って欲しいのか。


 そんな益体やくたいもないことを考え、八木はかぶりを振る。


――今は自分自身と指揮する部隊の事だけ考えていればいいのだ。

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