第5話 泥縄

「雷神の槌」作戦といういささか大袈裟な名前が付けられた作戦は、後世の歴史家にとって泥縄そのものと評価せざるを得ないものであった。


 元々が国際連盟加盟国の政治的な妥協としての消極的な合衆国支援が、一気に人類生存圏の危機を打開するための攻勢作戦に切り替わったのだから無理もない。

 その象徴が「X1―BT2」による史上初めての軌道降下作戦であった。


 そして、そのような光景は軌道上に限らず北米各地で発生していた。


 乙作戦プランBとして、一応限定攻勢作戦自体は計画されており、それに基づいた備蓄物資も備蓄されてはいた。

 ただし、それはよほどの好機に恵まれた時に発動されるものとされており、合衆国への政治的配慮を多分に含んだ作戦計画であった。


 ともあれ、国際連盟軍司令部が決意した以上、限定攻勢作戦「雷神の槌」作戦は巨大な戦争機械として動き出していた。



 地上の移動式発射機から、遣米軍集団司令部直属の砲兵部隊が運用する五十五式中距離地対地誘導弾ミサイルりゆうせい」の発射が始まった。


 地上に盛大な噴射煙を撒き散らしながら、一気に黎明の空を切り裂いて数多の嚆矢が駆け上がっていく。

 

 固体燃料を盛大に燃焼させながら音速を超える速度で300キロ向こうのBUG集団めがけて空中を驀進する。

 

 目標上空に到達した「龍勢」は二十個の子爆弾を発射する。

 

 子爆弾はシーカー部に搭載された音響感知装置センサーと赤外線感知装置センサーで周囲を走査しつつ滑空、目標BUGを検知するとまず目標の装甲、そして次は内部へと二段階の攻撃を実施する。

 

 装置が規定通り動作すれば、大型BUGといえど多大な損害を受けるはずだった。言うまでも無く、強力な対地兵器であった。

 

 これまで「龍勢」は北米を脱出するとき、最後まで港湾部を維持するための切り札として温存されてきた。濫費するにはあまりに費用コストが高くつくせいでもある。

 軍隊が常に経済的合理性を無視しえない――予算で動く組織である以上、致し方ないことではあった。



 補充の機体や兵員を加えて再編されたばかりの762独立装甲歩兵大隊は、一応数字上は大隊としての規模を取り戻していた。

 とはいえ、補充人員はあくまで内地基準の教育を一応受けてはいるという程度で、大隊全体としての連携はあまり期待できない。

 それが剣大尉の下した結論であった。


「その部隊が、空挺作戦とはな」


 苦笑せざるを得ない現実に、剣は苦笑する。

 空挺部隊はどの国で運用される部隊でも、基本的に練度が高い精鋭部隊である。


 敵の致命的地点チョークポイントを抑えるために真っ先に投入され、見方の救援部隊が進撃してくるまでの時間、孤立無援の状態でも戦闘能力を維持して耐え凌ぐ必要があるからだ。

 それに加え、航空機からのパラシュート降下そのものが厳しい訓練を通してしか得られない高度な技能である事も、精鋭部隊としての性格を補強する。


 一方、装甲歩兵の空中輸送と早期展開に関する研究は早くから行われており、その途上で装甲歩兵の空挺降下という発想が出てくるのも自然な事と言えた。


 帝國陸軍は同時に空挺降下出来る戦車も研究してはいた。ただ、輸送機に搭載できる容量限界から小型軽量な「空挺戦車」とならざるを得なかった。

 試作された空挺戦車は装甲防御も砲火力も中途半端なものとなり、計画は中止された。


 一方、装甲歩兵は敵弾に耐えうる装甲を実現するために数十トンの重量になる戦車とは異なった。装甲は可動部が多いことから限られているのも影響し、10トンを超える機体はまれである。


 機動兵器としては軽量であることから、空挺との相性が良かった。持ち込める武装は制限されてしまうが、別の輸送機から投下するなりすれば解決出来るから問題はなかった。

 帝国陸軍の主力装甲歩兵である「武隆改」の全備重量は7.5トンであり、三十二式輸送機『大鵬』ならば一個小隊の定数である四機を搭載可能であった。


 そのうえ、王国から安全な空挺降下を実現する「降下装置」がもたらされた事で、精鋭部隊ではなくとも、(一応は)空挺作戦が可能となっている。


 無論、従来と同じく適切な増援が来るまで持ちこたえる必要はある。だからして、本来は空挺専門の精鋭部隊を繰り出すのが理想ではある。


 しかし、最初メキシコ北部の都市モンテレイに出現した移動蟲塞へ第一軌道降下装甲歩兵団1stO.D.A.Cをはじめとした有力な部隊が差し向けられた直後。ほぼ同様の移動蟲塞がラスベガス方面に出現したのである。


 あまりに西海岸に近すぎる出現位置に、国際連盟軍司令部は半ばパニックのような有様となった。さすがに蟲塞がこのまま西海岸に接近すれば、合衆国民を避難させるどころか国際連盟軍の北米脱出すら危うくなりかねない。


 それを危惧した国連軍司令部は、手近で再編成されつつある部隊を先陣として投入することを決めた。戦力の逐次投入を避けるべきであるという批判こそあったが、手をこまねいて頼るべきものが反応兵器だけという事態も悪夢ではあった。


 溺れる者は藁をもつかむという状況だ。問題はその溺れているものが「人類の命運」とでも呼ぶべきものであるということだった。

 一応、帝國や王国が本土に待機している留守部隊を追加投入する準備も整えられつつはある。が、戦略的に有効なタイミングで間に合うかどうかはあやしい。


 まさに泥縄というほかない情景と言えた。



「ミナホ1より、ヘッドレス1。降下予定地点まであと2分で到達する。現在、支援砲撃、および爆撃が行われている模様。陸軍さんもずいぶんと派手にやってるようだぞ、少佐殿」


 航空宇宙軍のパイロットが陽気な声で話しかけてくる。

 どうしてまあ、空の連中というのはこうなのだろう、と剣は思っている。

 空の上を飛び慣れてくると、地上の面倒なあれこれがどうでも良くなるのだろうか。


「ヘッドレス1了解。降下準備よろし。あと、その少佐殿はやめてくれ。ただの戦時昇進だ」


 剣は心底嫌そうにそう答えた。二階級特進の『前払い』のような気がしているのだった。


「戦時昇進だろうが、少佐は少佐だよ、少佐殿。軍隊で階級が上で損をすることはないだろう?」


「俺は嫌だね。佐官なんて冗談じゃない」


「あんた変わってるな……そういや、あんたはオマハの生き残りなんだってな」


「ああ、そうだ」


「なに、俺の弟もオマハにいたのでね。右足を吹っ飛ばされはしたが、なんとか生き残った。あんたに一言礼を言っておきたくてな」


「礼を言われる筋合いはないが、一応は受け取っておこう」


「ヘッドレス1、ありがとう。そして武運を」


 通信が切れると同時に、来栖軍曹が皮肉っぽい声で言う。


「素直に受け取っておけばいいんですよ。本人にしたところで、ただ誰かに言いたいだけなんですから、少佐殿」


 その言葉に、剣は口元をゆがめる。


「嫌だね。嫌われるのは問題ないが、感謝されるいわれはない。僕は僕の戦争をしているだけだからな。あと、少佐殿を止めろ」


 露悪的な物言いに、来栖は声を殺して笑う。

 まったく、この上司にしてこの部下ありという光景ではあった。


「ミナホ1よりヘッドレス1へ。降下地点上空に到達。降下準備よろしいか」


「ヘッドレス1、降下準備よろし」


「了解。後部ハッチ開放」


「各自簡易魔力炉アー・ケナス解放。六十式重力加速度軽減魔法装置ロクマルの魔力供給規定値を確認せよ」


 降下ハッチが開き、風を切る音が機体の集音マイクから響く。

 剣の顔には特段の変化は無かったが、内心で安堵に近い感慨を覚えている。


 攻勢作戦に見合うだけの航空兵力が投射されているとはいえ、BUGの支配する土地の上空を飛んでいることに違いは無い。

 降下前に撃墜されるのは御免蒙る、と思っている。


「ミナホ1よりヘッドレス1へ。降下を開始せよ」

「ヘッドレス1、了解。これより降下を開始する」


 そう答えた剣は無線のチャンネルを切り替え、大隊の部下たちへ通信を開く。


「これより降下を開始する。六○の魔力供給値を再度チェックせよ」

「「了!」」


 部下たちの返事は多少ばらつきはあれど、威勢が良かった。

 結果として負け戦となったオマハ戦の影響は見られない。

 補充兵にも戦闘前の緊張で固まっているものはいないようだ。いやまあ、これは空元気というやつかもしれないのだが。


「降下開始!」


 武隆改の機体が駐機姿勢で固定されているパレットの固定装置が解除され、傾斜のついたレール上を滑り降りていく。

「ミナホ1より、ヘッドレス1へ。幸運を祈る!」


 7.5トンの機体はパレットごと、高度5千メートルの空中に放り出されていく。

ほどなくして、パレットの四隅に設置されたパラシュートが開傘して降下速度が低下する。


「本機の開傘を確認。対空砲火来ます」


 来栖の平板な声に、剣は頷きを返す。

 機体のマイクが生体砲弾の散発的な爆発音を拾う。

 ただし、その音はかなり遠く見当違いの方向へ打ち上げているのではと思えた。


「回避機動など取れんからな。なんともならん。航空支援が機能することを祈るさ」


 液晶画面に表示されている高度計の数字がみるみるうちに下がり、戦術AIの着地予想時間まで1分を切る。

 その時点で武隆改の足下に装着されているのような形状の装置、六十式重力加速度軽減魔法装置ロクマルが自動的に作動し、降下速度が急低下する。

 ロクマルとは発動対象を装備された機体への重力加速度を低減することにより、着地時の衝撃を緩和する装置だった。質の悪い理力石を用いたこの装置は比較的生産性も良く、空挺降下時の機材破損を低減することに特化している事から帝國人の微弱な魔力でも使用出来るのが利点であった。


 重力加速度が急低下した時点で急制動がかかりそうなものだが、その辺は地球の物理法則を無視する魔法の効果なのか。さほどの衝撃はない。


 ただ、高度計の数字の減り方だけが緩やかになり、程なくして着地の衝撃がやってくる。 しかし、その衝撃はパラシュートで空気抵抗が付加されているとはいえ、あまりにも小さなものであった。


「機体各部、自己診断プログラム異常なし。ロクマル動作解除。機体固定装置解除」


 来栖の報告に頷きつつ、剣は再び無線のチャンネルを開く。


「タカセ1より所属装甲歩兵各機。機体各部の状況を報告!」


 降下を済ませた機体から、次々と状況報告が入る。

 なんらかの異常があった機体は5パーセントに満たない数字だった。


「ロクマルの効果ということか。ひとまずは慣れない降下で犠牲が出なかったことを喜ぶべきだろうな」


「こちらシールド1。タカアシガニ型が接近中。移動蟲塞の護衛BUGと思われます」


 シールド1――坂本少尉からの通信に、剣は思わず舌打ちをする。

 やれやれ、降下してすぐに戦闘とはな。

 さすがは蟲塞ネスト、敵も本気ということか。

 接近してくる敵の姿を、カメラ映像越しににらみつけながら、剣は渋い顔をしている。

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