第30話 政治

 十月三十日八時四十五分(米国太平洋時間)  


 巨大輸送機は朝日が差す中、修復が済んだばかりの滑走路へ大きな音を立てながら着陸した。帝國航空宇宙軍の保有する輸送機のうち、もっとも数が多い三十二式輸送機『大鵬』であった。


 元々不整地着陸能力を持つ機体である。応急補修の済んだばかりの滑走路だが、着陸に支障は無いようだった。

 噴進ジェット発動機『冥王星』を四つ装備した機体は、先の対BUG戦争において戦線を支え続けた功労機だ。輸送力は最新鋭の『大鯨』型に負けるものの、頑丈な機体構造かつ前後貫通式で百トン以上もの物資を輸送出来る。


 補給物資や兵員だけでなく、帝國軍が運用する殆どの装甲戦闘車両や装甲歩兵、野戦砲などの重装備も搭載可能である。


 もっとも今降りてくる『大鵬』の積み荷のほとんどは人間であり、それ以外も美術品や工芸品、希少鉱物、貴金属類などが占めている。補給物資や武器弾薬の類いは搭載されていないため、いささか貨物室の面積に比して重量は軽い。

 それが影響しているのか、操縦手の腕が良いのか。素人目には危うくオーバーランかと思われた機体は、きっちりと滑走路端で止まった。

 程なくして、砲撃の難を逃れた車両が接近して給油作業を始める。


 その作業を横目に眺めつつ、GIA一等工作官の佐野瑞紀はラッタルをスニーカーを履いた足で踏みつけながら降りていく。


「ずいぶん派手にやられているわね。まあここも前線なのだから仕方ないか」


 佐野は合衆国人のような大げさな仕草で肩をすくめる。四六時中合衆国人とばかり

付き合っていると、彼らの思考様式に影響されるのだろうと自分でも思う。


「帝國外務省の佐野さんですね。私は王国近衛魔法士団、ラカムル翼隊長です」

 ラカムルと名乗った男は、帝國人が王国人と聞いて思い浮かべる要素を何一つ持っていない男だった。  


 長身かつ流麗な容姿というのが帝國人が持つ王国人の典型的なイメージだった(それは常に真実な訳ではなかったが)。更に言えば近衛魔法士といえば、女性がその多くを占めている組織であることは帝國にも広く知れ渡っている。

 それに反してこの男は短躯にして筋骨隆々、鬼瓦を連想させるいかめしい顔。


――ローマ帝国の百人隊長と言われた方がまだ納得出来るわね。


「帝國外務省の佐野です。急な要請を快く受諾してくださりありがとうございます」

 佐野は失礼な感想を表情には出さず、外交官として仮面の笑顔で慇懃に一礼する。


「早速ですが、備蓄の航空燃料は十分でしょうか。なにしろ飛行型BUGを回避するため、盛大に燃料を消耗してしまいましたので」

 佐野たちの乗る輸送機は、飛行型BUGの出現ポイントと思われるエリアを回避するため、遠回りながら南下するルートをとらざるをえなかったのだ。

――出発時に十分な量の燃料補給さえ出来れば、こんな最前線の飛行場に立ち寄らずに済んだのに。

 佐野は内心ほぞを噛んだが、自分の職分では無い事である。どうしようもないことも理解していた。

 そもそも、前線で十分な航空燃料が調達出来ることが奇跡的であり、我々には運が無かった。それだけの事だった。自分たちは航空宇宙軍にとっては文字通りの「貨物」であって、お客さんでしかないのだから。

「問題ありません。幸い、貯油タンク施設の大半は砲撃を免れましたので。ただし、ハイドラント給油施設のいくつかが損傷していますので、油送管の修理が必要になるかもしれません」

「それは…少しばかり時間がかかるかも知れませんね」

 やはり厄介ごとが起きるのかと暗澹たる気分を味わいつつも、苦労は航宙軍の連中に押しつければ良いと思い直す。

「我々近衛魔法士団には航空機の取り扱いは専門外なので、補給作業自体は帝國軍にお任せとなります。申し訳ありませんが」

「了解しました。私も外務省の人間ですので、作業は航空宇宙軍にお任せするほかありませんね」

 我ながら少しばかり白々しいかなと思う。

 まともな外務省の人間が、戦闘中の最前線に留まっているのは奇妙というほかないからだ。現場の官僚ノンキャリアならまだしも、一等書記官の肩書きはあからさまに怪しい。幸いなことに、実直そうな王国の魔法マジック将校オフィサーはそんなことに意識を割く余裕がないようだった。

「それでは私はこれで。師団長の代理として、部隊を指揮せねばなりませんので」

「師団長に何かあったのですか?」

「戦闘中に負傷されました。BUGの砲撃ですよ。ここは最前線ですからね」

 ラカムルは言いにくそうに顔をしかめる。


――王国側にも聞かれたくない事情があるのね。まあこちらもその辺は似たようなものだけど。


「それは余計なことを聞いてしまいました」

 佐野は顔にすまなさそうな顔を浮かべる。

 その背後で遠雷のような爆発音が響く。

 思わずその方向を振り返ると、発砲炎マズルフラッシュらしきオレンジ色の炎が遠目にも見えた。

 明らかに、戦場音楽というやつだろう。佐野にとっての非日常であり、この王国人にとっては日常であるらしい風景だった。

「失礼、防衛戦闘が始まったようです」

 ラカムルは曖昧な笑みを浮かべつつも、言外にこれ以上の会話を拒否することを宣言する。

「お引き止めして申し訳ありませんでした」

 ラカムルもそれに愛想笑いを返し、足早に走り去って行く。

「ここも戦闘中……ああもう、嫌になる。すべては政治か。戦争は外交の延長とはよく言ったものだわ」

 彼女は足早に機内へと戻りながら、そう一人ごちた。

――さあ、航空宇宙軍の連中のケツを叩かなきゃ。戦闘中の最前線なんかにいつまでもいられないわ。私はさっさとこんな仕事終わらせて、後方のオフィスに戻って書類仕事でもするだから。

 残念ながら、彼女の願望はこの北米戦が終結するまで叶えられることは無かった。

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