第29話 政治の要請

 C空港まで戻った蒼の戦翼隊と剣中隊を待ち受けたのは、生体砲弾の弾痕が穿たれた滑走路であった。長距離砲型BUGの砲撃によって破壊された滑走路は、土系魔法による修復作業が進められていた。少なからぬ魔法士が動員されているその作業は、休むことなく続けられている。

 砲撃の惨禍は、空港ビルにまで及んでいた。

 師団長との出撃前ブリーフィングの時には、放棄されてから数ヶ月が経過してはいたものの建物自体はしっかりとしていた。それが今や、ガラスというガラスがすべて割れ、コンクリートの破片が飛び散っている。

「ずいぶんと手ひどくやられたものだな」

 駐機姿勢の武隆改複座型のラッタルから降りてきた剣は、その風景に顔をしかめた。

 屋外では負傷した王国兵が、治癒魔法で応急処置をしているのが見えた。手や足を欠損している者も少なくない。

 王国の高位治癒魔法士なら欠損した臓器や手足の再生も可能という記事を雑誌か何かで読んだな、と妙なことを思い出す。


「帝國陸軍、剣京輔大尉です。師団長閣下に直接お会いしたい」

 流暢な王国語で話しかけられた王国兵は、怪訝な顔で応じる。


「分かりません。砲撃の直前まで、管制塔方面におられたとは思いますが…」


「感謝する。それでは失礼する」


「貴様、王国語が使えたのではないか!」


そう言っていつの間にか背後にやってきたヒルデリアは、呆れた顔で腕を組んでいた。

「それなら、最初から使えば良いのだ」


「師団長閣下も、姫殿下も最初からわかりやすい日本語で応じてくれましたからな。それに、私の王国語は日常会話がせいぜい。お恥ずかしながら、軍務に使えたものではありません」

 そう涼しい顔でうそぶく剣に、ヒルデリアは心底呆れた顔で肩をすくめた。

 日本語の習得は王国軍将校の必須技能であり、まともに昇進したければ覚えるほかはない。

 一方、帝國軍でもルフト・バーン語の習得は奨励されてはいる。が、文章読解リィーディングはともかく軍事用語、あるいは魔法用語を含んだ会話となると、将校でも完璧とは言えない。

「何を白々しい。どこで覚えたのだ」

 顔に騙されたと書いてある表情で、ヒルデリアは口を尖らせる。

 それに思わず失笑しそうになりながら、剣は答えた。

「王国人にはそれなりに友人がいるもので、ええ。演習やら留学やらで」

 そう言って韜晦とうかいしてみせる剣に、ヒルデリアは何を言う気にもなれなかった。

「まあいい、師団長に報告に行くぞ」

 ヒルデリアはそう言って、あちこち崩れかかっている建物群を進む。

 管制塔が見えてくるのには数分とかからなかった。 しかし砲撃で損壊した管制塔は、いつ崩壊してもおかしくない状態に見えた。最上部のガラスはすべて吹き飛び、建物自体が目に見えて傾斜している。その建物から負傷した兵士が次から次へと運び出され、負傷者救護用のテントへ収容されている。

「師団長閣下は……」

 問い質そうとしたヒルデリアに、治癒魔法士の腕章を付けた兵士は慌てて敬礼する。魔法士としては珍しい、少年のような顔だちの若い男だった。

「一番手前のテントであります。ただ、会話が可能かどうかは……酷い負傷でしたから」

 そう顔を曇らせた兵士に、ヒルデリアは答礼を返しつつ答える。

「…あの師団長閣下が? 信じられん…だが、我々も早急に報告する必要がある。面会が不可能なら諦めよう」

「分かりました。それでは、ご案内します」

 兵士に案内されたのは、赤十字が印刷された合成繊維製のテントだった。

 うめき声や絶叫が中から響くのを聞き、ヒルデリアは顔をしかめる。簡易ベッドの群の中から、師団長のダッケリを探し当てるのに時間はかからなかった。

 一際大きな身体の彼女には窮屈そうな簡易ベッドに寝かされていた。

「ヴァルドゥの。無事だったようだな」

 ヒルデリアには笑みすら浮かべている彼女が、激痛に苦しんでいるのが分かった。

 近衛魔法士の礼装のような軍服は、あちこちがズタズタに引き裂かれていた。そして、一番痛々しいのは第二関節より先がすっぱりと断ち切られた両足だった。

「ああ、これか。障壁魔法でも防ぎきれなくてな。建物の下敷きになった。退避するには、部下に足を切断させるほか無かった」

 ダッケリは事もなげにそう言うが、よほどの困難に見舞われたのであろうことは、ヒルデにも容易に想像出来た。砲撃を阻止出来なかった自責の念に駆られ、ヒルデリアは思わずうつむいてしまう。

「司令が渾身の障壁魔法で助けていただけなければ、私たちも倒壊する建物にやられていました」


 そう言い添えたのは、治癒魔法士の青年だった。

「いや、元はといえば、私の判断ミスが招いたことだ。長距離砲型BUGの存在を推測していながら、その防御を甘く見ていた」


 ダッケリは天井を見上げながら、目を閉じる。

 おそらくは本人にしか分からない悔恨があるのだろうと、ヒルデリアは思った。

「報告致します。我が蒼の戦翼隊は帝國軍と共同で、長距離砲型BUGの群体を殲滅しました。これを仮称ナナフシ型と命名。その後、別のナナフシ型群体の存在を確認。しかし、部隊の損耗率と索敵に要する時間を勘案した結果、一度退却して師団長の判断を仰ぐ必要があると判断しました」

「良い判断だ。引き時を見誤れば、いたずらに損耗が増える。それを学んだと見える」

 ダッケリの言葉に、ヒルデリアは複雑な顔をする。自らだけで撤退の判断へ到れなかったことを、罵られたほうがマシに思えた。

「質問をよろしいでしょうか。なぜ、このC空港に留まられたのです。砲撃の危険があるのなら、この空港の陣地にこだわらず散開していれば…」

 ヒルデリアの疑問に、ダッケリは珍しくどう答えたものかと思案する顔になる。


「政治の要請だ。正確には、国際連盟軍司令部HQからの命令でな」

 ダッケリは短く答えると、痛みを堪えきれずに短く呻いた。


「次姫殿、貴官も知っておくべきだな。我々は常に軍事的な最善手を選べる訳ではない。戦争とは政治の延長、とは地球の名言だが。至言と言うべきだろうな」


 ダッケリの浮かべた、悔恨とも憤怒ともつかぬ微妙な表情をヒルデリアは忘れることが出来そうに無かった。 

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