第17話 ゲルデ・カルティア作戦の蹉跌
「
帝國側では「朝市作戦」と呼称されたこの作戦は、優れた作戦計画の常として至極シンプルなものであった。
守勢に回っているオマハ市街地をひとまず帝國陸軍部隊で支え、敵の背後を魔挺作戦により奇襲して挟撃する。
そうして敵の主力を殲滅した後は左右両翼に分断されているBUG群を各個撃破するといったものであった。
作戦は魔挺作戦によってC空港を拠点として確保した後にミズーリ川橋へ向かう敵主力の背後を突く「
そしてそれに呼応し、装甲部隊が橋を突破して対岸へと逆襲。同時に左右両翼のBUG群の背後に装甲歩兵の空挺降下を行い、包囲殲滅を図る「
しかし、ゲルデ作戦は当初から不運に見舞われていた。
まず、転移魔法につきものの空間座標のズレが発生。転移自体は成功だったものの、数百メートルから数キロに渡って各人形の出現地点がズレてしまった。
ズレ自体は魔法原理上発生してもそれほどおかしくはないが、数が多すぎた。
後に転移に使用された理力石の魔力収束度に問題があったことが発覚し、責任問題へと発展するのだが……この時点では不幸な事故でしかない。
不幸はそれだけに留まらなかった。
師団の人形兵が集合に手間取っているところへ、存在しないはずのBUG群「デルタ師団」の出現が重なったのである。
十分な集合が出来ない中に各個で戦闘を行う羽目になった赤銅師団は、思わぬ損害を被ることになった。
七体の人形が中破以上の判定を受けて戦闘不能、3体の人形が小破の判定を受けた。
しかし、実戦慣れしている赤銅師団の将兵は、奇襲が事実上不可能になったことを冷静に受け止めていた。
もちろん、赤銅師団を指揮する、ダッケリ・アルム師団長もそこに含まれている。
「あまり状況は良くないか」
彼女は空港内の管制塔だった建物内で、広げた地図上に魔法で投影した駒を並べていた。
そこに描かれている戦況図では空港北東方面から雪崩れ込んでくる師団級のBUG群に対して、魔法で応急防御陣地を構築した黒の大
数の上では劣勢にもかかわらず、敵の突破を食い止め続けている。元より、ラカムルという男は攻撃よりは、こういう地味な陣地防御戦向きの性格である。
そのことを把握しているダッケリは、迷わず彼の翼隊を投入したのだ。
だが、その勇戦にも限界は存在する。
事実、彼の部隊の阻止線を迂回して、師団主力が臨時師団司令部を置いているこの管制塔に向けて、複数のBUG群が到達しつつある。
師団長である彼女は基本的に人形に乗ることはあまり無い。
彼女の愛機は、種族的特徴である巨体を納めるに足るものだった。が、状況を俯瞰的に見なければならない立場からして戦闘そのものへの加入は禁忌と言える。
だが、現状はその禁忌を犯してでも、優秀な魔法士である彼女自身を駒として投入しなければならない瞬間が近づいているとも言えた。
「ヴァルドウのはどこまで来たか」
「状況を更新します」
地図上に示された駒が情報魔法士によって更新され、先ほどまでの地点からより空港に近い地点で表示される。
「やはり優秀だな、奴は。無理はするなと伝えろ。あまり犠牲を出されては勘定が合わなくなる。作戦目標の達成が難しくなった今、損害は抑えたいとな」
ダッケリから見れば優秀な若者であるからこそ、功を焦る危険があることを知っている。特に彼女は、ダッケリから見れば危ういところが目立って仕方ないのだった。
◆
「巨人の拳を持って我が身を護れ、
ラカムル翼隊長は自ら防御陣地構築魔法を行使する羽目になっていた。正面からBUGの突撃を受け止め続けているのだから、それもある意味当然のことではあると言える。
しかし、彼の愛機である黒色に塗装された「ファ・ラ・トゥーガ
指揮官先頭が形骸化しつつある時代だからこそ、部下たちはその象徴的意味に歓喜しているのだった。
呪文の詠唱とともに、それまで何も無かった場所が急速に隆起し、城壁のように分厚い土壁が作り出される。
BUGの体内で錬成される生体炸薬で形成される生体砲弾をもってしても、この壁を容易に破壊することはできない。
アルマジロ型のBUGがその障害物に体当たりするが、数トンはあるその巨体をもってしても魔法製の土壁はその衝撃を受け止める。
「
その間にもラカムルとその部下たちは土壁作成魔法を行使して、残り三方にも土壁を出現させて巨大なアルマジロ型の数体を土壁の檻に閉じ込める。
「我が魂が求めるは焔竜の息吹、
ラカムルの攻撃魔法、滅爆魔法は爆薬の爆轟現象にも似た強大な爆発と衝撃波を引き起こし、空中に浮かべられていた鋭く先の尖った石礫を爆発のエネルギーが凶器に変える。四方を土壁に囲まれているため爆風と衝撃波の逃げ場は上方にしかない。
強固な装甲に護られているはずのアルマジロ型は、自慢の装甲をズタズタに引き裂かれ、中枢器官の損傷により活動を停止させられていた。
ラカムルは自らの魔法による戦果の確認を部下に任せ、視角拡張魔法によって上空からの俯瞰で戦況の把握を始める。
黒の大翼隊が構築している防衛線は、寡兵にしては健闘していると思える。
しかしながら、BUGの進撃を完全に食い止めることは出来ていない。
転移後の混乱からここまで立て直したラカムルの指揮は賞賛されるべきものではあった。しかし、それは濁流の中で
黒の大翼隊を無視してC空港へと向かうBUG群は、確実に存在していた。
BUGの一般的な特性として人類の活動に引き寄せられるというものがあるが、より規模の大きな師団主力へ引き寄せられるのは当然とも言える。
拡張された視角でそれを見守るしかないラカムルは、内心の苦々しい思いを隠しきれない。
だが、その視界の端で大きくBUG群の動きが乱れていた。
巨体で重装甲のはずのアルマジロ型数体が瞬時に切り刻まれて崩れ落ち、恐怖を感じないはずのBUGの行動が明らかに鈍っている。
近衛の戦闘力が高いといっても、明らかに異常な光景であった。
「あれは…たしか、ヴァルドゥ家の子飼いか。たしかにあれは規格外だな」
いかな近衛魔法士団といえど単機でBUG群を翻弄するなど、あの少女くらいのものだろう。
「あんなものをよく使いこなすな、ヴァルドゥの姫君は。あれはあれで、士気を上げるには良いのだがな」
ラカムルはそう独りごちると、視界拡張を解除して目の前のBUG群に視線を戻す。
本隊を支援するにはまず、この奔流を食い止めなければならないのだ。
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